ターチンは格差拡大,マタイ原理の原因について単純化したモデルを提示した.一旦単純化モデルの知見をまとめたのち,続いて富者と貧者の間に広大なギャップが生じる現象の説明に進む.そこでは中世英国で2家系の運命が分かれていくシミュレーションを取り上げ,最低消費水準が閾値になってポジティブフィードバックが働くという要因があることが主張されている.
第10章 マタイ原理 なぜ豊かなものはより豊かになり,貧しきものはより貧しくなるのか その3
- この2家族の軌跡は仮想的なものだ.しかし1300年ごろの英国農村部における貧富の階層化はリアルな史実だ.村人の3%は富裕階層で,20%は30エーカー程度の土地持ち農民で,通常年には余剰収入があった.30%は15エーカー内外の土地を持ち,何とかぎりぎりでやっていた.そして残りのほぼ半分の村人はそれ以下の資産しか持たなかった.
そもそもターチンは富者と貧者の間の広大なギャップを説明したいということだったはずだが,この部分では史実としてギャップがあるのかどうかについては曖昧なままだ.ギャップの有無はおいておくと,不平等の程度がかなり大きいというのは史実ということになる.
- 興味深いことにマタイ効果は貴族層の中でも働く.14世紀初頭の英国最大の金持ちはランカスター伯トーマスだった.彼の年収は11万ポンドで,熟練煉瓦工の5000倍だった.さらに伯が持っていたような巨大資産は英国でかつてないものだった.100年前の最大年収はチェスター城主ロジャー・ド・レイシーの800ポンドに過ぎなかったし,500ポンドを超える年収の持つ貴族は極く稀だった.しかし1300年ごろには6人の伯爵の年収が3000ポンドを超えていた.これはインフレを織り込んでも富裕貴族の年収が何倍にもなったことを意味する.そして熟練煉瓦工の年収でどれだけパンが買えたかを計算すると,同じ100年で平民の暮らしは貧しくなっていた.富者はますます富み,貧者はますます貧していたのだ.
- 1200年ごろの英国はどう見ても平等主義的な社会ではない.中世の人々は富者と貧者の格差には気付いていたが,しかしそれは神の意思だと受容していた.平民と領主はある種の社会的平衡でもある調和関係にあったのだ.しかし14世紀初めに貧富の格差が極端に拡大し,この社会的合意は危うくなった.
- そして富の配分は貴族と平民の間だけでなく,貴族の中でも非常に不平等になった.ランカスター伯が極端に富裕になる中,多くの田舎のジェントリーはかつての生活水準を保つのに汲々としていた.階級内の格差拡大は社会秩序の基礎を掘り崩す.無産階級となった農民はかつての仲間が自分を見下しているのに気付く.落ちぶれたジェントリーはうまくやっている貴族がさらに贅沢になっているのを横目で見る.これはアンフェアだ.そして貴族に成り上がろうとする富裕平民と貴族から滑り落ちそうになっているジェントリー間の摩擦も激しくなる.これらは内戦をより激しくし,長く続けさせる要因となった.不平等の拡大は社会の団結を掘り崩すのだ.
マタイ効果が貴族層でも働くことについてここで直接的なポジティブフィードバック機構の説明がないのはいかにも物足りない.おそらくターチンとしては貴族には貴族の最低限の(体面を保つための)必要消費水準があるのであり,それがポジティブフィードバックを生むということがいいたいのだろう.そしてその視点はちょっと面白い.