本書は古生物学者スティーブ・ブルサッテによる哺乳類を語る一冊.ブルサッテは当初恐竜学者としてキャリアをスタートさせており,2019年に恐竜の進化史を描いた「恐竜の世界史」を書いている.その後リサーチの焦点は化石哺乳類にも広がり,2022年に哺乳類の進化史を描いた本書を出したということになる.本書では哺乳類の歴史を,単弓類の双弓類との分岐から現在までの歴史として語っており,少し前に刊行されたエルサ・パンチローリの「哺乳類前史」*1が基本的に白亜紀末までの歴史を扱っているのに比べて,より広いスコープを与えてくれる.
原題は「The Rise and Reign of the Mammals: A New History, from the Shadow of the Dinosaurs to Us」で.これは前書の「恐竜の世界史」の原題が「The Rise and Fall of the Dinosaurs: The Untold Story of a Lost World*2」だったのを踏まえているものになる.
序章 我らが哺乳類一族
冒頭では白亜紀絶滅直後の哺乳類の様子の想像場面が語られ,そこからニューメキシコ州の暁新世の地層の発掘場面が描かれ.そして哺乳類が恐竜絶滅後わずか2〜300万年で大型化し,分散し,多様化して複雑な生態系を築き始めたことが指摘される.現在哺乳類の歴史は猛烈なペースで解明されつつあり,著者は本書ではそれを語っていきたいと抱負を語っている.
第1章 哺乳類の祖先
第1章では双弓類との分岐,盤竜類,獣弓類の歴史が語られる.
単弓類と双弓類の分岐が石炭紀に生じたことが化石とDNAデータからの分岐年代推定により確かめられていることが語られ,ノバスコシアの310百万年前の化石に現れた単弓類アーケオチリス,エキネルペトンの姿が描かれる.
続いて石炭紀雨林崩壊により四肢動物の多様性が大幅に減少したこと,その中でペルム紀に入ると盤竜類が大繁栄したことが解説され*3,ディメトロドン,エダフォサウルス,カセア類が描かれる.
そしてペルム紀が中期まで進むと熱帯域で乾燥化が進み盤竜類の多様性が減少し,獣弓類が現れる.南アフリカのカルー盆地での発掘史とそこから出土する獣弓類についての学説史*4が語られ,ディキノドン類*5,ディノケサウルス類,ゴルゴノプス類が描かれている.これらは中型の肉食の盤竜類を共通祖先として進化したと考えられている.また獣弓類の成長速度と代謝機能が「温血」に近づいていただろうこと(骨組織,体毛などから層推測されている),同時に四肢の柔軟性も増していたことが解説されている.
第2章 哺乳類が出来上がるまで
第2章は(獣弓類から生まれた)キノドン類,そして初期哺乳類の物語.
ペルム紀末(252百万年前)の大絶滅イベント(パンゲア超大陸北縁の超巨大火山帯(メガボルケーノ)の噴火によるものとされている)で,地球全体の植生が変わり,多様化が進んでいた獣弓類が大きく減少した.ゴルゴノプス類は絶滅,ディキノドン類はかろうじて絶滅を免れたが衰退,そしてキノドン類のみが体サイズの小ささにより*6大量絶滅を生き延び(大絶滅直後トリクソナドンとリストロサウルスが「災害種」として短い繁栄期を迎えている),その後多様化して繁栄した.
ここでキノドン研究を切り開いたヴァルター・キューネの逸話が披露され,様々なキノドン類が描写される.彼らは三畳紀のパンゲア超大陸において,大型化したワニや恐竜と異なるニッチに進出した.小型化・夜行化・温血化し,嗅覚に頼るようになり,顎の筋肉や骨格が変化し,咬合の強化と効率化が進み,四肢が直立し,背骨が複数の区画に分かれ,二次口蓋が発達した.これにより移動しながら呼吸したり,呼吸しながら摂食したりできるようになった(これらの特徴の適応上の意味,化石証拠が詳しく解説されている).
続いて哺乳類の定義問題に踏み込む.20世紀半ばの古生物学者は顎関節の形状*7で定義したが,現在は現生哺乳類の共通祖先以降の単系統グループ(クラウングループ)と定義するのが一般的だそうだ(ただし本書では難解になるのを避けて前者の定義を用いるとある*8).
ここで三畳紀後期にキノドン類から派生した初期哺乳類の顎の特徴が詳しく解説されている.初期哺乳類は顎を新たな接点で強固な連結を持たせることになり,(古い接点であった)方形骨と関節骨が退縮して顎から切り放される.これにより咬合の精度が上がり,強く噛めるようになり,さらに複雑な歯の咬合面を持ち咀嚼が可能になった(二生歯性も獲得した).また大きな頭蓋腔を持ち,新皮質を発達させた.(ここでモルガヌコドンを始めとした何種もの初期哺乳類が解説されている)彼らは小型の昆虫食者として始まり,恐竜やワニ類の物陰ですさまじく多様化し超大陸中に拡散した.
第3章 哺乳類と恐竜
第3章は,ジュラ紀の哺乳類,そして耳の進化の物語.
パンゲアが分裂をはじめ三畳紀末の大絶滅が生じる.ここで獣弓類から起源した哺乳類の姉妹グループであるディキノドン類が絶滅する.恐竜と哺乳類が生き残り,恐竜は大型化,多様化し,哺乳類は小型のまま多様化し,様々な生態様式を試した.(著者がジュラ紀の哺乳類化石に魅了されたエピソードもたっぷり語られている)
そして絶滅後の大規模適応放散を遂げた動物群としてジュラ紀燕遼動物群のドコドン類とハラミヤ類が詳しく解説されている.ドコドン類は幅広い戦略を試し,モグラやビーバーに似た動物を作り出した.ハラミヤ類は滑空する動物だった.著者は哺乳類は小型のままでいることにかけて恐竜より優れていたのであり,恐竜の小型化を阻んでいたのだとコメントしている.
ここからキノドン類から始まった顎の適応が(方形骨と関節骨が槌骨,砧骨になり)耳小骨の存在を可能にし,高周波を良く聞き取ることができ,鼓室胞や岩様部がノイズキャンセラーとして機能する哺乳類の耳が進化したことが詳しく解説されている*9.
第4章 哺乳類の革命
第4章は白亜紀の哺乳類,そして歯の進化の物語.
冒頭はポーランドの中生代哺乳類研究者ゾフィア・キエラン=ヤウォロフスカの物語.1960年代のモンゴル発掘の苦労からその後の衰えることのなかった研究への情熱が語られている*10.
モンゴルの中生代哺乳類化石は白亜紀終盤(8400〜6600万年前)のもので,パンゲアは完全に分裂し,現代の諸大陸の配置が姿を現した時代だ.この時代に最も繁栄していた哺乳類は多丘歯類になる.多丘歯類はドコドン,ハラミヤ類の衰退後の白亜紀になって大きく適応放散したグループ*11で,レゴブロックのような多咬頭の臼歯を持つことにより卓越した咀嚼能力を獲得し,多彩な食物,特に植物をうまくを食べることができた.彼らは被子植物の大繁栄(白亜紀陸生革命)の中で,北方の諸大陸に拡散し繁栄を享受した.ここではモンゴルやルーマニアの多丘歯類がいくつか紹介されている.
白亜紀陸生革命は,また被子植物と共進化した多様な昆虫類を繁栄させた.そしてそれを食べるための特徴,特に臼歯にトリボスフェニック(臼歯に3つの咬頭と隆起があってかみ合う構造)を持つ新しい哺乳類,獣類(有胎盤類(真獣類)と有袋類(後獣類)を含むグループ)も北方諸大陸で適応放散した.(多丘歯類が前臼歯で切断し,臼歯ですり潰していたのに対し)獣類のトリボスフェニックはすり潰しながら切断できる.ここでトリボスフェニックの進化が詳しく解説されている.著者は小型の昆虫食への適応が,昆虫の多様化とともに極めて有効なツールになったことを強調している.なお分子的には真獣類と後獣類の分岐はジュラ紀に遡ることが示されているが,繁殖戦略の分化ははるか後代の出来事で,初期の獣類の化石がどちらに属するのかを見極めるのが極めて難しいこともコメントされている.
では白亜紀の南方大陸では何が起こっていたのか.これらの謎を解く化石は1970年代以降に産出するようになる.著者はここでオーストラリアのカモノハシ発見報告とそれが英国生物学界に巻き起こした騒動のエピソードに少し触れたあと,単孔類の起源を語る.
オーストラリアで産出した白亜紀前期のステロポドンが咬頭の間の畝状の特徴*12から単孔類とされたあと,南方諸大陸から様々なジュラ紀や白亜紀前期のトリボスフェニックを示す歯を持つ哺乳類の化石が発見された.これらを哺乳類の歯の形状の大規模データベースを元に解析すると,すべてステロポドンとクラスターを形成し,獣類とは別の系統であることを示した.これは単孔類を含むグループ(南楔歯類)が獣類と独立にトリボスフェニックを進化させていたことを意味する.そして南楔歯類と獣類の分岐(つまり単孔類と獣類の分岐)は古く,多丘歯類などは獣類を含む系統の絶滅群に当たる*13.さらに南方諸大陸の中生代哺乳類には南楔楔歯類以外にもいくつかの絶滅群(ドリオレステス類,ゴンドワナテリウム類など*14)が見つかっている.著者は最近産出したいくつかの南方諸大陸の中生代哺乳類を紹介しつつ,今後も様々な化石が発見されることを期待している.
つまり白亜紀の哺乳類としては,北方諸大陸には昆虫食の真獣類,後獣類,植物食の多丘歯類が分布し,テチス海を挟んで南方諸大陸には昆虫食の南楔歯類.長い吻を持つ別の昆虫食のドリオレステス類,植物食のゴンドワナテリウム類が分布していたということになる.
第5章 恐竜は滅び,哺乳類は生き残る
第5章では白亜紀末の大絶滅とその直後,暁新世の哺乳類が語られる.
冒頭ではニューメキシコの白亜紀末大絶滅後の暁新世の地層での哺乳類化石の発掘エピソードが語られる.ここで産出するのは多丘歯類,真獣類,後獣類のみで,非常に多様化していた.
ここで白亜紀末の小惑星衝突による大絶滅とその前後のモンタナの陸生脊椎動物相の変化が語られる.絶滅前は大型動物では恐竜が卓越し,哺乳類は後獣類や多丘歯類が優勢だった.大絶滅直後は雑食性の小さな哺乳類が極く少数生き残る(産出は7種のみで多丘歯類のメソドゥマ,後獣類のティラコドン,真獣類のプロケルベルスが「災害種」として個体数が多い).暁新世初頭には多様化,大型化が生じて種数が増え,真獣類,多丘歯類が優勢になった.
ここで話はニューメキシコに戻り,その化石産地の最初の発見者コープ(あの恐竜発掘抗争で有名なコープその人)のエピソードを語ったあと,暁新世初頭の動物相が詳しく説明される.多丘歯類,エクトコヌス(植物食),エオコノドン(肉食)などの顆節類,ウォートマニア(高冠歯を発達させた塊茎食)などの紐歯類(真獣類の絶滅群),パントラムダ(大型の葉食者)などの汎歯類が紹介されている.顆節類,紐歯類,汎歯類はいずれも真獣類に属している.この時期に真獣類は大型化し,おそらく胎盤を有していただろうと説明されている.恐竜は鳥類だけが生き残り,小型化した.
第6章 哺乳類,現代化する
第6章は始新世の哺乳類,そして哺乳類の現代的なグループの出現が扱われる.
冒頭は始新世中葉(4800万年前)のメッセル化石の物語.そこでは,ウマ,齧歯類,霊長類,コウモリなどの哺乳類化石が産出する.哺乳類は暁新世よりさらに多様化し,大半は真獣類で,多丘歯類は姿を消した.そして産出する真獣類,すなわち有胎盤類において,顆節類,紐歯類,汎歯類などは姿を消し,我々が見知った現生の分類群に属するものが現れる.
現生有胎盤類の系統関係は,収斂に阻まれ長らく謎だったが,2000年代にDNA解析により,異節類(ナマケモノ,アリクイ,アルマジロ),アフリカ獣類(ゾウ,マナティ,ハイラックス),真主齧類(ウサギ,齧歯類,霊長類),ローラシア獣類(コウモリ,食肉類,奇蹄類,鯨偶蹄類)の主要4グループで形成されることが明らかになった.そして主要4グループの中の多くの系統の分岐が白亜紀か暁新世初頭にまで遡ることもわかった.著者たちはこの系統樹に顆節類,紐歯類,汎歯類がどのように組み込まれるのかを調べている.
ここから暁新世と始新世の間に何が起こったかが解説される.それは暁新世/始新世境界温暖化極大期(PETM)と呼ばれる5600万年前のパンゲア分裂最終段階の火山噴出による温暖化事件だ.わずか20万年ほどの温暖期に哺乳類群集は一変し,北方大陸では霊長類,偶蹄類,奇蹄類が現れた(PETM三傑と呼ばれる).顆節類,紐歯類,汎歯類などがこのイベントで絶滅したわけではないが,劣勢になり,しばらくして姿を消した.ここで代表的なこの当時の哺乳類(ブロントテリウム,カリコテリウム,パラミスなど)や,温暖期の小型化,その後の大型化などが解説されている.
では南方では何が生じたのか.著者はダーウィンがビーグル号航海で発見したトクソドン,マクラウケニアなどのいわゆる「ダーウィンの南米有蹄類」を紹介する.このダーウィンの有蹄類は暁新世から更新世まで6000万年以上南米に生息し,その系統関係は長らく謎だった.しかし2015年に化石からのタンパク質やDNAにより,その大部分が奇蹄類と近縁であることが明らかになった.祖先はおそらく北米の顆節類などの「原始的有胎盤類」で,暁新世に南米に移入し,その後南米アメリカが切り離されて,独自の進化をたどったと見られる*15.
異節類はこれとは別に系統樹の根元近くで分岐した有胎盤類で,やはり白亜紀か暁新世に南米に渡り,その後独自の進化をたどった.また北では絶滅した後獣類も南で息を吹き返し,有袋類となった.この一部は特大の牙を持つネコに似た肉食の砕歯類となった.これは剣歯虎との収斂進化といえる.南米には齧歯類と霊長類がアフリカから漂着し,やはり独自の進化をたどっている.
アフリカも始新世に島大陸となり,ゾウなどのアフリカ獣類と,アジアから移住した霊長類と齧歯類からなる独自の有胎盤類相を持った.
第7章 極端な哺乳類たち
第7章からは現生哺乳類の進化史の解説が主となる.第7章で取り上げられるのは,それぞれ特殊な進化を遂げたゾウ,コウモリ,クジラだ.
冒頭でシロナガスクジラの巨大さをアピールした後にゾウの話になる.ゾウはアフリカ獣類に属し,パンゲアの南半分のゴンドワナから白亜紀に分離したアフリカで進化した.アフリカは(途中で北方からの渡来は若干あったものの)2000万年前まで孤立しており,アフリカ獣類は様々に多様化した.ハイラックスは大きさも食性も多様だった.海牛類は海に進出して世界中に拡散し,アルシノイテリウムの様な絶滅群も多く生息した.そしてゾウについて,巨大化の経緯*16,陸生哺乳類が恐竜ほど大きくなれなかった理由*17,歯の特殊化,高い知性などが解説されている.
次はコウモリ.羽ばたき飛行の進化*18,飛翔能力を得て有胎盤類としてはじめて汎世界的な分布を持つまでに拡散し多様化したこと,エコロケーションの進化が語られる.
最後はクジラ.エジプトの始新世の地層にある「クジラの谷」をまず語り,まずそこで見つかるバシロサウルスとドルドンが解説される.1990年代にDNA解析からクジラが偶蹄類の一員であることがわかり,2000年代に以降形態を含む様々な化石が発見される.ここで化石種とそれぞれの水中適応の移行段階の様子が詳しく紹介されている*19.始新世のバシロサウルスの段階で水中への移行は完了し,漸新世が始まるころにクジラはハクジラ類とヒゲクジラ類に分岐し,次の進化段階に入る.ハクジラ類は捕食者として特殊化し,鋭い歯,エコロケーション能力,大きな脳を進化させた*20.ヒゲクジラは歯を失い,ヒゲを進化させて濾過食を行うようになり,巨大化した.
第8章 哺乳類と気候変動
第8章で扱われるのは,草食獣と肉食獣の進化だ.
まず中新世1200万年前のイエローストーンのメガボルケーノで埋もれた動物たちの化石が取り上げられる.そこではサイ,ラクダ,ウマの化石が出土する.始新世は温暖な時代だったが,3400万年前に漸新世が始まり,漸新世(3400〜2300万年前),中新世(2300〜500万年前)を通じて地球は寒冷だった.そして北方諸大陸には大規模な草原が生まれ,哺乳類はそれに適応する.ケイ酸を含む草を食べるために高冠歯が独立にいくつかの系統で進化し,ウマやラクダやサイが生まれた.有蹄類は走りの達人になり,ウサギや齧歯類は跳ねたり地面の穴に潜ったりするようになった.そしてそれらを食べる捕食獣も進化する.多型や体格が様々なクマ,ネコ,イヌが現れた*21.ここで著者はウマの進化を詳しく語っている.
では南方諸大陸ではどうだったか.オーストラリアは漸新世と中新世において(極く少数の単孔類とコウモリを除き)有袋類の世界になる.白亜紀に北方で繁栄していた後獣類は白亜紀末の大絶滅の際に一部が南米に逃れ,ダーウィンの有蹄類や異節類とともに有袋類として南米哺乳類相を形成した.その後有胎盤類,有袋類ともに南極,そしてオーストラリアに渡るが,有胎盤類はそこで地盤を築けずに,有袋類のみがオーストラリアに定着し,大規模な適応放散を起こす.この放散は5500万年前に始まり,中新世で最高潮に達している*22.オーストラリアの中新世は草原よりも森林の世界で,ウォンバットの祖先は樹上性草食獣だったが,500万年前の鮮新世には一段と寒冷化が進み草原が広がり,現在のウォンバットやカンガルーのような草食獣が進化した.
第9章 氷河時代の哺乳類
第9章は氷河時代,つまり更新世の哺乳類が描かれる.
冒頭では北アメリカのメガロニクス(巨大ナマケモノ)の化石と「アメリカ大陸の動物は弱々しいか」をめぐるビュフォンとジェファーソンの論争のエピソードが描かれる.
地球の寒冷化は始新世/漸新世境界から始まり,鮮新世の300万年ごろを境にさらに寒冷化が進み,260万年前に更新世に入る.更新世に入る直前の270万年前に南北アメリカがつながり,哺乳類のアメリカ大陸間大交差が生じた.島大陸で過ごしてきた南米哺乳類にとって状況は厳しく,極く一部の有袋類(オポッサム)と異節類(ナマケモノ,アルマジロ)が北米に進出したにすぎなかった.逆に北米の哺乳類(ラクダ,バク,シカ,ウマ,ピューマ,クマ,オオカミなど)は南米の雨林や草原を制圧して在来の動物を駆逐した.ダーウィンの有蹄類は絶滅した.
更新世において北方諸大陸では北米からヨーロッパまで巨大な氷河が形成され,寒冷化と乾燥化が進んだ.氷河のすぐ南に形成されたマンモスステップ地帯では,哺乳類が大型化し,毛深く進化した*23.その南の温暖地域にも大型化した哺乳類が生息した*24.南方諸大陸でも寒冷化と乾燥化が進み哺乳類は大型化した*25.哺乳類はメガファウナ(巨大動物相)を形成したのだ.
ここで氷河時代の哺乳類を代表する動物としてマンモスと剣歯虎が詳しく解説されている.マンモスは洞窟壁画や氷付けのミイラからのDNA分析により様々なことがわかっている.多彩な色を持つ最長90センチにもなる剛毛に覆われ,アフリカゾウよりアジアゾウに近縁だった.その祖先は500万年前にアフリカからアジアに拡散し,150万年前に北米に渡った集団からコロンビアマンモスが進化し,別に100万年前に北米に進出した集団からケナガマンモスが進化した(この他,この2種のニッチの違い,牙の役割,社会性などについても詳しく解説されている).
剣歯虎もロサンゼルスのタールピット出土のスミロドン化石から様々な情報が得られている.剣歯虎は1500万年前に原始的なネコ類から分岐しており,現生のトラと近縁であるわけではない.剣歯虎は中新世にヨーロッパとアジアで繁栄し,何十もの種に分岐した.スミロドンはその最後の生き残りになる.鮮新世に北アメリカに進出し,スミロドン・ファタリス(北米とアンデスの西側に分布)とスミロドン・ポプラトル(南米東部に分布)に分岐した.待ち伏せ型の捕食者で犬歯を獲物ののど笛に突き立て,失血死させた(この他,成長の仕方,社会性などについても解説されている).
剣歯虎もマンモスも1万年前ごろに突然激減した(剣歯虎はその時点で絶滅し,ケナガマンモスはウランゲリ島に小集団が生き残ったがそれも4000年前ごろ絶滅した).現存する真のメガファウナ動物と呼べるのは,サイ,バイソン,ヘラジカなど数種類に過ぎない.著者は,この世界の動物相には穴が開いているのだとコメントしている.
第10章 ヒトという哺乳類
第10章のテーマは霊長類の進化だ.
冒頭は暁新世初頭から出土したプルガトリウスと名付けられた小さな歯の化石が,咬頭形状*26から最古の霊長類であることが同定されたエピソードが語られている.プリガトリウスはプレジアダピス類に属する*27.プレジアダピス類は歯の形状から植物食であり,関節面の可動性から樹上生活者であっただろう.
分子的には霊長類と齧歯類の分岐は白亜紀と考えられている.大量絶滅後の暁新世にはプレジアダピス類はプルガトリウスに端を発する多様化を遂げた.知られているだけで150種以上に分岐し,北方諸大陸に拡散した.暁新世の化石をたどると,プレジアダピス類はまず樹上に進出し,その後植物食や果実食に移行し,脳を大型化させた*28.
始新世が始まり温暖期に入ると一部のプレジアダピス類は樹上移動能力と認知機能をいっそう向上させ,現存霊長類の共通祖先を含むクラウングループとしての霊長類となった.それまで対向性の指は後肢だけだったが,前肢の指も対向性になり,足指が長くなり,足首の固定性が高まり,跳躍や着地能力が向上した.脳も大型化し,視覚野が拡大した.この新たな霊長類は始新世に多様化し,拡散した.まずキツネザルが分岐し,続いて南米に渡った集団が新世界ザルとなった.
漸新世に入り寒冷化が進むとヨーロッパの霊長類は激減し,北アメリカの霊長類は絶滅した.アジアの霊長類も打撃を受けたが,熱帯域に一部が生き残った.そしてアフリカが真の跳躍の舞台となった.アフリカの霊長類から旧世界ザルと類人猿が進化した.
一旦アルディピテクスの発掘エピソードが語られたあと,類人猿の進化が語られる.類人猿は樹上生活への適応として長い腕と可動域の大きな肩を進化させ,アジアからアフリカに分布し,中新世に繁栄し,ヨーロッパに再進出した.鮮新世に入り寒冷化と乾燥化がさらに進行すると,アフリカで草原が広がる.そしてホミニンが草原に進出した.草原への進出の要は直立二足歩行であっただろう.アルディピテクスは木登りも歩行も行った.そしてほぼ地上だけで生活するアウストラロピテクスが現れる.この時期のホミニンの系統樹には様々な枝があり,鮮新世中期のアフリカでは様々な食性の多数の種が共存していた.一部は肉食を行うようになり,そのカロリーが脳の大型に役立った.280万年前にホモ属が現れる.初期のホモ属には多くの種があったようだが,そこからエレクトゥスが現れ,広く拡散した*29.その後もホモ属はアフリカで進化を続けホモ・サピエンスが現れる*30.
サピエンスは,人口増加,技術と認知の革新を起こし,世界に拡散した*31.そして最強の侵略種となり,メガファウナの大半を絶滅させた*32.さらにサピエンスは人為淘汰によりいくつかの哺乳類を家畜として育種するようにもなった.
終章 未来の哺乳類
終章としてエピローグがおかれている.著者はシカゴ郊外の動物園でライオンを眺めながら,哺乳類の未来に思いをはせる.そして現在ヒトが大量絶滅を引き起こしつつあること,現状の温暖化が続けば数世紀で始新世のような状態になるだろうことを指摘し,しかし未来は我々の選択により変えられるとして本書を終えている.
以上が本書の内容になる.双弓類と単弓類の分岐から現生哺乳類までの進化史がコンパクトにまとめられ,ところどころに著名な古生物研究者のエピソードや,(化石を元にして再現された)過去の哺乳類たちの生きて活動している創作ストーリーが挿入され,楽しく読める.私としては,パンチローリの「哺乳類前肢」の補完,かつ新生代の哺乳類進化史の追加としてとても勉強になった一冊になる.
関連書籍
原書
ブルサッテの恐竜史
同邦訳.私の書評はhttps://shorebird.hatenablog.com/entry/2019/12/21/193808
双弓類との分岐から白亜紀末までの哺乳類にいたる歴史を描いたパンチローリの哺乳類史
同邦訳.私の書評はhttps://shorebird.hatenablog.com/entry/2023/01/23/162307
*1:この原書「Beasts Before Us: The Untold Story of Mammal Origins and Evolution」も本書原書より少し前の刊行になっている.
*2:本書の邦題を「哺乳類の興隆史」にするのであれば,前書の邦題も「恐竜の興亡史」にしておけば美しかったのにと思わざるを得ない
*3:ここで用語も整理されている.かつてディメトロドンなどの動物は「哺乳類型爬虫類」とされていたが,この呼称は時代遅れであり,現在分類学では盤竜類などのこれらの動物は「ステム哺乳類」と呼ばれること.ステム哺乳類とは単弓類系統で現在の哺乳類に至る進化系統の途上に連なる(なお哺乳類とは呼べない)絶滅種グループをさす.
*4:ロバート・オーウェン,エドワード・ドリンカー・コープ,ロバート・ブルームが登場し,獣弓類という分類,それが盤竜類と哺乳類をつなぐグループであることなどが明らかにされていく
*5:極く初期に記載されたので,一時獣弓類の分類のゴミ箱化されてしまったが,2011年にカンメラーが整理したという経緯が語られている
*6:巣穴に籠もって環境変動をやり過ごしやすいこと,成長や代謝が速く繁殖サイクルを短くできることなどのメリットがあるとされている
*7:下顎の歯骨と頭骨上部の鱗状骨が形成した新しい顎関節
*8:クラウングループによる定義を用いるなら(著者も論文ではこれを使うそうだ)クラウングループの外にいるほぼ哺乳類は「基盤的哺乳類」とか「非哺乳類型哺乳類型」と呼ぶことになる.
*9:なお化石からは顎と耳が分離する進化が哺乳類のいくつかの系統で独立に生じていることが明らかになっている
*10:ゾフィアと第2章に登場したキューネは中生代哺乳類研究の大立て者らしく,パンチローニの「哺乳類前史」でも詳しく取り上げられている
*11:多丘歯類は臼歯の形状からみてハラミヤ類が起源かもしれないとされている
*12:現生の単孔類の成体は歯を持たないが,カモノハシは幼体の時に一時期歯を持つ
*13:分岐時期はジュラ紀中期かそれ以前と説明されている.分岐順序は<モルガヌコドン<ドコドン<単孔類<多丘歯類<後獣類,真獣類>>>>>となる
*14:残念ながらこれらの動物群の系統的な位置づけについては解説されていない
*15:なお顆節類,奇蹄類,ダーウィンの有蹄類の系統関係については詳しく解説されていない.この記述から見ると奇蹄類は北米の顆節類から分岐した可能性が高い有蹄類である可能性が高く,そうであればダーウィンの有蹄類と姉妹関係にあることになる.片方で奇蹄類はローラシア獣類に含まれることから,顆節類もダーウィンの有蹄類もローラシア獣類ということになるだろう.著者は顆節類の系統関係を現在リサーチしているので,断定を避けて深く触れていないのだろう
*16:エリテリウム,フォスファチリウム,ダオウイテリウム,ヌミドテリウム,パレオマストドン,デイノテリウム,パレオロクソドン,パラケラテリウム(史上最大のゾウ)が紹介されている
*17:著者は肺と気嚢の機能差が大きいと考えている
*18:コウモリの飛行の進化がどのように生じたのかについては,進化的な変容を示す化石が得られておらず,ほとんど何もわかっていないそうだ.ただ初期のコウモリ類(オニコニクテリス)は指に鋭いかぎ爪を持ち短くずんぐりしており,樹上性の滑空動物からの進化が推測されると説明されている
*19:インドヒウス,パキケトゥス,アンブロケトゥス,ロドケトゥス,ペロゴケトゥス,バシロサウルスが登場し,形態的には二重滑車構,鼓室胞,長い吻,鋭い歯,背骨の運動方向,下顎の脂肪塊(水中音の捕捉に関連),大型化,尾びれ,首の短縮,鼻孔の後方移動などが解説されている
*20:始新世/漸新世のコティロカラ,エコベナトルなどの最古のハクジラにこれらの特徴が生じている.中新世のリビアタンは最大の捕食動物となった.
*21:ボロファグス,アンフィキオン,エンテロドン,ダエオドンなどを紹介しながら,T, レックス以降もっとも恐ろしい肉食獣は何かが論じられている.著者はエンテロドン推しのようだ
*22:ニンバドン,フクロオオカミ,ニンバキヌス,ティラコレオ,エカルデタ,マレオデクテス,ティンコドンタなどの様々な化石有袋類が紹介されている
*23:ケナガマンモス,ケサイ,バイソン,ホラアナライオンなどが紹介されている
*24:大型ビーバー,剣歯虎,ダイアウルフなどが紹介されている.
*25:オーストラリアの大型ウォンバット,ディプロトドン,フクロライオン,南米のグリプトドン,トクソドン,アフリカのペロロビス(巨大ウシ),ルシンゴリクス(巨大ヌー)が紹介されている
*26:昆虫食のための鋭い咬頭ではなく,少し丸みを帯び,果実食への適応が見られる
*27:プレジアダピス類を霊長類に含めるのか,ステム霊長類と扱うのかの議論が紹介されている.後者は現生種の共通祖先以降のクラウングループを霊長類とする立場で,哺乳類とは何かという議論とパラレルになるようだ
*28:脳を大型化させたから樹上生活できたのではなく,果実食になり栄養状態が良くなって脳を大型化できるようになったのだろうとコメントされている
*29:ルゾネンシス,フロレシエンシスが紹介されている
*30:著者はサピエンスの進化はアフリカの片隅で起こったわけではなく,モザイク状にアフリカ全土で進行したのではないかという立場をとっている
*31:ネアンデルタール,デニソワとの混血についても解説されている
*32:地理的な違い,どのような形でなされたのかの議論(電撃戦仮説の是非)についても詳しく解説がある





