War and Peace and War:The Rise and Fall of Empires その91

 
ターチンによるローマ帝国衰亡論.まずはギボンによるローマ帝国衰亡論が,議論を混乱に導いたのだとし,そもそも凋落が始まった時点をどう定義するかの問題があることを指摘した.続いて原因論の問題を扱う.
 

第11章 車輪の中の車輪 ローマ帝国のいくつもの凋落 その2

 

  • ではどのようにして,そしてなぜローマ帝国が衰亡したのかという問題をどう考えたらいいのだろうか.歴史の一般理論があったなら,決定的な出来事と偶然の出来事を区別できるかもしれない.しかしそのようなガイドはなく,私たちは「相関」に頼らざるを得ない.
  • 例えば,ローマはキリスト教を4世紀に導入し,崩壊は5世紀に起こった.キリスト教はローマ衰亡の原因なのか.ギボンはそう考えた.しかしもしそうなら同じようなことが多数生じているはずだ.しかしそのような仮説を裏づけるほかの例はない.フランクもビザンチンもキリスト教を受け入れたが直後に崩壊したわけではない.それは彼らのアサビーヤを強化し,帝国の拡大に資したのだ.なぜ同じ宗教がローマとビザンチンで別の効果を生んだと考えなければならないのだろう.
  • ローマでは多くの物事が進行しており,意欲ある理論家はその中から都合の良いものをチェリーピックできる.キリスト教,ブルジョワの没落,帝国の官僚化,鉛中毒など.そこから何らかの相関を見つけて理論を構築することはたやすい.しかしそれではとても満足できないだろう.何十,あるいは何百ものそのような理論が提唱されてきた.これは科学のやり方ではない.

 
というわけで,まず適当にチェリーピックした項目と相関に頼る方法を記って捨てる.ここからターチンの方法論が主張される.なおこのターチンの記述ではギボンがキリスト教のみを原因とあげているように読めてしまうが,ギボンの主張は基本的には多要因説で,自然災害,蛮族の侵入,キリスト教,資源乱用,内部抗争が相まって滅んだと言う議論になっている.
 

  • よい科学的方法は節約的(parsimonious)だ.それはどのようなデータを採用し,どのようなデータを無視するかについて容赦がない.例えば惑星軌道の理論は火星の色や土星に輪があるかどうかを考慮しない.多くの天文学的データから惑星の太陽からの距離などの極く一部のデータのみを用いるのだ.ではなぜ色は無視し,太陽からの距離は採用するのか.それはニュートンの運動の法則から導かれる.
  • もし私たちが歴史を科学的に扱おうとするなら,同じようにすべきだ.もちろん人の社会は複雑で,法則に惑星軌道法則レベルの正確性は望めない.

 
つまりターチンは個別の項目から探るのではなく,まず一般理論を持つべきであり,原因論はその一般理論に添って扱うべきだと主張していることになる.その一般理論が何らかの正当性を持つならそれは望ましい態度というべきだろう.ここからターチンはこれまで本書で繰り広げてきた「帝国の興隆と凋落の一般理論」を概説する.
 

  • 私たちは今や帝国の興隆と凋落の一般理論を持っている.最重要な変数は社会のアサビーヤだ.社会間の競争はアサビーヤを高め,社会内の競争はアサビーヤを下げる.第一部でみたようにメタエスニックフロンティアはアサビーヤを鍛造する坩堝になる.そして高まったアサビーヤは領域の拡大を生む.そしてフロンティアは中心から離れ,アサビーヤを生み出す力は失われる.このようにして成功は後の凋落を育てることになる.平和は戦争をもたらし,戦争は平和をもたらすのだ.非線形ダイナミクスの言語で言うなら,興隆と凋落の現象はネガティブフィードバックループで記述できるということになる.
  • アサビーヤの低下は線形過程ではない.すでに述べてきたように帝国は統合フェイズと分解フェイズが交代する長いセキュラーサイクルを経て崩壊する.社会内の競争は統合フェイズでは減り,分解フェイズで増える.アサビーヤはこの分解フェイズで打撃を受けるのだ.通常,一回の分解フェイズでアサビーヤがなくなってしまうことはない.典型的には帝国が整合的に行動する能力を失うのには2〜3回のセキュラーサイクルを経る必要がある.
  • しかしながら,この描写ですら,単純化しすぎている.分解フェイズは悪いことばかりではない.なぜなら人々は不安定と不安全を嫌うので,分解フェイズは世代ごとの波を持つことになるからだ.革命家たちの子供世代は無秩序を何としても避けようとする.しかし孫世代は間違いをもう一度繰り返す.この結果分解フェイズは2〜3回の「父と子のサイクル」を持つ.
  • この結果.帝国の興隆と凋落のダイナミズムは3重の車輪のメカニズムのようなものになる.アサビーヤの上昇と低下(アサビーヤサイクル)は最も遅い過程で,一回りするのに何世紀,多くの場合一千年以上かかる.セキュラーサイクルはもう少し短い.典型的な帝国は2〜3回,場合によっては4回のセキュラーサイクルを経験する.最後にセキュラーサイクルの分解フェイズは2〜3回の政治的的不安定・内戦と短い平和が繰り返される父と子のサイクルを持つことになる.各サイクルの周期は,典型的には1千年,2〜3百年,40〜60年となる.
  • これらは概数であり,どのサイクルも精密な周期を持つわけではない.人の社会は複雑であり,外的要因も周期を早めたり遅めたりする.さらにより重要なのは様々なプロセスの相互作用は非線形性を持ち,それが不規則な挙動,カオスを作ることだ.数学者たちは2つの周期的な力が相互作用するとカオス的な挙動をみせることがあることを示している.最後に近隣社会との相互作用がある.そしてこれはもう1つの不規則性の原因となる.前章で14世紀のフランスの凋落が英国の凋落を1世紀も遅らせたことを見てきた.だから私が「サイクル」という時には厳密な周期性を意味しているわけではない.

 
これがターチンのクリオダイナミクスの「一般理論」ということになる.ここからターチンはローマ帝国衰亡を語る.
 

  • ここまで私たちはローマ帝国が凋落した原因を特定するのがなぜ難しいかをみてきた.そしてクリオダイナミクスは3つのサイクルを用いて過去の帝国の複雑な力学的な挙動を説明できる.ここから古代ローマ帝国を見ていこう.