読書中 「Genes in Conflict」 第5章 その2

Genes in Conflict: The Biology of Selfish Genetic Elements

Genes in Conflict: The Biology of Selfish Genetic Elements



今日は個体内,細胞内のミトコンドリア淘汰.
ミトコンドリアは変異速度が速いので,個体内,細胞内で複製を巡って淘汰が起こる.いろいろな状況が議論されていて面白かった.
核遺伝子が呼吸の必要性に応じてミトコンドリアの数をコントロールしようとすると,より効率的でないミトコンドリアが増えてしまうとか,二枚貝の2系列ミトコンドリアの話とかが特に興味深い.


第5章 利己的なミトコンドリアDNA  その2


2. 個体内のミトコンドリア淘汰


(1) イースト菌における小さな変異


パンの発酵に使われるイーストでは利己的なミトコンドリアが見つかっている.この種においては(同型の配偶子であり)ミトコンドリアは接合子の両方の親系統から遺伝する.配偶子はミトコンドリアゲノムのコピーを25-50ほど持ち,10-20の核封入体(nucleoid)と呼ばれるDNAタンパクのクラスターを作る.
もしミトコンドリアゲノムが不完全なら,その株は呼吸できないが,発酵によるエネルギーは得られるため,小さなコロニーになる.そしてそのような不完全なミトコンドリアを持つコロニーが驚くほど頻繁に現れる.(細胞分裂の1%)
この場合同じように呼吸ができなくなる突然変異の中では,(呼吸機能が損なわれる前にすでに何らかの変異を起こしているのだろうから,)ミトコンドリアが分裂時に有利になるものの頻度が高いだろう.これはこの小コロニーと通常コロニーの掛け合わせを,ミトコンドリアが一種類になるまで繰り返すことにより調べることができる.調べてみると実際に多くの変異は分裂時の有利さを持っていた.特に強いものは95%の子孫で小コロニーのミトコンドリアが残った.そのようなミトコンドリアゲノムは通常のゲノムの半分を失っており,oriと呼ばれる繰り返し領域を持ち,DNAの複製を促進するcis-acting機能を持つらしい.
自然界ではインブリーディングも多く,またコストが大きいためか,この変異体は広まらない.しかし理論的なoriの最適繰り返し数は興味深い問題だ.


(2) 個体内淘汰と単親系統遺伝の進化


イーストで見られたような利己的ミトコンドリアは個体間競争では不利になる.これを抑えることができる核遺伝子を持つ個体は集団で広がるだろう.
イーストにおいても核封入体を形成させて,親タイプによる素早い分離がなされることにより,(つまり両親からのゲノムを混ぜ合わることをさけて)個体内コンフリクトを減少させている.

これよりずっといい方法は片方の親からしミトコンドリアが伝達しないようにすることである.これが真核生物の通常のやり方だ.一般に卵の方が遙かに大きく,純粋にチャンスからいっても母由来が圧倒的に多数になるが,さらに防御メカニズム(哺乳類では精子ミトコンドリアは劣化作用を受けるマーカーを備えている)を発達させており,卵からしミトコンドリアは伝達しない.
仮に精子ミトコンドリアがより劣化しやすいため卵からのミトコンドリアがより有利だとしても,一般に精子と卵の大きさの差は1,000から100,000のオーダーであり,これだけで十分だと思われる.精子ミトコンドリアがより劣化しやすいということが卵からしか伝達しないようにするメカニズムの淘汰圧になるとは思えない.(利己的なミトコンドリアを防ぐという目的としか考えられない)
(なおヒトにおいて父系統のミトコンドリアを受け継いでいることが知られている唯一の例は,筋肉のミトコンドリアが父経由であり,それは有害な変異を持っていた.)

ウニでは父由来ミトコンドリアは卵の中で破壊される.ミツバチでも受精の時は多くの精子ミトコンドリアが入り込み,全体の1/4を占めるまでになる.しかしその後劣化して消え去る.
Ascidaeダニでは父由来ミトコンドリアは卵に中に入る前にchorion膜のところで取り除かれる.
単細胞藻類のChlamydomonas rheinhardtiiでは接合する配偶子は同型だが,マイナス型の配偶子からのミトコンドリアだけが受け継がれる.プラス型由来のミトコンドリアは受精後破壊される.藻類Derbesia tenussimaではオスの配偶子の方が小型で,配偶子内のミトコンドリアは機能しているが,DNAは配偶子形成の際破壊されている.粘菌Physarum polycephalum では核染色体の遺伝子座MatAにある対立遺伝子の直線的な順位により,ミトコンドリアの伝達が決められている.多くの植物でも花粉形成の際,ミトコンドリアは取り除かれるか,劣化させられる.ただしセコイアとバナナではミトコンドリアは父系で伝達される.この父系伝達はおそらく母系のミトコンドリアが破壊されて起こると思われるが,メカニズムはわかっていない.

多くの種で見られるミトコンドリアの単親伝達は単にミトコンドリアの数を調整しているのではなく,片方の親からの伝達を防ぐという明確な排除メカニズムになっており,これは核遺伝子による利己的ミトコンドリアの抑制と考えられる.
特に興味深いのは片方の親の核遺伝子は自分たちのミトコンドリアが伝わらないようにしていることだ.(このようなことを理論的に否定している学者もいるが,事実は起こりうることを示している)
理論的に難しいのは,核遺伝子によるこのようなメカニズムの淘汰圧が保たれるには,ミトコンドリアの利己性に集団内変異が必要であるにもかかわらず,単純なモデルでは利己的ミトコンドリアは固定するか絶滅してしまい,変異を保つようなモデルをくむのは簡単ではないということだ.
これに対する考え方は(1)利己的ミトコンドリアは固定するには有害すぎるのだが,しかししばしば生じる.この生成頻度が高ければ集団内多型と同等の効果がある.(2)利己的ミトコンドリアはそれほど極端ではなく,次世代に伝わる頻度を少し変える程度のもので,かつ利己性による有害効果は頻度の増加に対して線形より大きく増加する.の二通りである.
いずれもきちんとしたモデリングが待たれる.

これに対してミトコンドリアはどうしているのか.破壊に対する対抗戦略の明確な事例は観察されていない.種間雑種マウスの方が通常マウスより父親由来のミトコンドリアの漏れが多いことはこの例かと思われたが,よく調べると核遺伝子によるメカニズムが雑種に起因して一部うまく働かないためとわかった.
また伝達される側のミトコンドリアが,別親からの伝達の阻止を助けている例も見つかっていない.
ウニでは受精直後の卵で,父系ミトコンドリアが小さめの母系ミトコンドリアに取り巻かれ,接触後に分解する例が知られている.しかし母系ミトコンドリアのタンパク質もほとんどは核遺伝子により作られているので,これで十分な観察例とはいえない.

単親系のミトコンドリア伝達が利己的なミトコンドリア抑制のために進化したというアイデアは,2値の性システム(オス・メス,+・-,a・α)の進化の理由に拡張されつつある.2値の性システムは単親系の伝達のために存在しているのだろう.
この考え方を支持する事実は,繊毛虫とマッシュルームで見られる.これらは接合して核遺伝子を交換するだけなので,ミトコンドリアの伝達問題が生じない.そしてこれらの生物の性システムは2値ではなく,30以上だったりする.
しかしこれに反する事例もある.粘菌は真性粘菌(多核の単細胞性粘菌)も細胞性粘菌(単核,単細胞の粘菌アメーバの集合体)も多値の性システムを持っており,そしてどちらも融合による受精を行う.
また子嚢菌は2値の性システム(a・α)を持つが,ミトコンドリアの伝達とは関連がない.どちらからも伝達を受けたり,接合型(mating type)は2値だが,どちらのタイプもオスにもメスにもなり,ミトコンドリアはメス伝達だったりする.子嚢菌の2値システムはフェロモンの生産とレセプターに関連している.自分の作り出したフェロモンに自分のレセプターが凝結しない仕組みらしい.繊毛虫やマッシュルームはこのようなフェロモンを配偶相手を誘惑するために分散させないことも,この現象に関連があるだろう.(繊毛虫ではフェロモンは細胞膜に付着したまま,マッシュルームは受精後のみ活性を持つ)

ミトコンドリア破壊と精子が(卵に比べて)小さいこととの関連も議論されている.しかし配偶子の大きさと数の最適化にかかる淘汰圧に比べて,ほとんど無視できるほど小さい淘汰圧しかないと思われる.


(3) 単親系統遺伝という環境下での個体内淘汰


仮に単親系統の伝達が完璧で,すべてのミトコンドリアが母系伝達だとしても,その中での個体内淘汰,そして利己的なミトコンドリアの頻度増加の可能性はある.
ミトコンドリアの複製様式は緩和的であり変異が起こりやすい.いったん卵形成の時に一様になるとしても,その後の淘汰は変異のスピードを上げるように働くだろう.有害な変異については古典的な突然変異-自然淘汰平衡式が成り立つ
q=Uc/S
Ucは(個体内淘汰を含む)実効突然変異率,Sは有害変異に対しての個体間淘汰係数.これはUc<Sの時に成り立ち,Uc>Sの時には突然変異が固定する.

原理的には個体内淘汰は有害ミトコンドリア変異を増加させ,核遺伝子にはこれを抑えるように淘汰圧がかかる.この方法は二つあり,突然変異を減少させるか,細胞内の個体内の淘汰環境を個体間のそれと同じように調整するかである.

まず突然変異の抑制については少し事例がある.
哺乳類で核遺伝子にコードされており,ミトコンドリアの複製に関わるDNAポリメラーゼγは,ポリメラーゼ中ではもっともエラー率が小さい.試験管内では他のポリメラーゼに対して複製が遅いがエラーが少ない.実際の体内では酸素ラジカルに近いためエラーは核より大きくなっている.植物では実際にミトコンドリアの方が複製エラーが小さい.

2番目に今日の真核生物はミトコンドリアの複製や破壊を行っており,その淘汰環境を支配下に置いている.
より酸素呼吸の必要に応じてミトコンドリアの数を調整するようなことが考えられる.よりATPが必要ならミトコンドリアを増やすわけである.しかし長期的には,ATPが豊富にあるときにミトコンドリアの複製を抑えるという戦略は,より効率の悪いミトコンドリアをより複製することにつながってしまう.
マウスでは2つのタイプのミトコンドリアが,組織によって有利不利になる現象が発見されている.

ミトコンドリア疾患のあるヒトは,通常ミトコンドリアが多型になっており,組織特異的な淘汰パターンを示す.一般的には有害なミトコンドリア細胞分裂が少ない骨格筋や神経で増える.これは分裂の少ない細胞では細胞内淘汰がより重要になり,ATP効率の悪いミトコンドリアがより複製され,そして細胞間淘汰では効率のよいミトコンドリアが複製されるためと思われる.

またヒトの培養細胞のデータでは,ミトコンドリアのゲノムサイズが小さい方への細胞内淘汰があることが示されている.おそらくゲノムの小さい方が複製効率がよいためだと思われる.そしてゲノムサイズにかかわらず,1細胞内のミトコンドリアDNA量は一定である.これは核遺伝子によるミトコンドリアの調整は(ミトコンドリア数でなく)ミトコンドリアDNAによっていることを示しており,ゲノムの小さいミトコンドリアがより複製されることになる.

ミトコンドリアの進化においてはメスの生殖ラインでの淘汰が最も重要である.ここに関する個体内淘汰の研究例は少ない.生殖系列でのミトコンドリアのターンオーバー率をその他の組織と比較すると興味深いだろう.
ヒトではミトコンドリア疾患のうち,点突然変異のものは次世代に伝わりうるのに対して,消失によるものは次世代に伝わらないことが知られており,何らかの生殖ラインでの淘汰を示している.
ショウジョウバエの中には父親からのミトコンドリア伝達の漏れ(leakage)があるものが知られている.このような漏れがあると生殖系列での淘汰圧がより重要になると思われる.


(4) DUI (doubly uniparental inheritance) : 貝類における母-娘,父-息子のミトコンドリアDNA伝達


イガイ類などの二枚貝類の中には,ミトコンドリアが父-息子,母-娘という伝達形式をとるものがいる.メスのミトコンドリアは母由来のもののみで,オスのミトコンドリアの生殖系列ではほとんどが父由来のものになっている.このため種内で2系列のミトコンドリアが分離して存在しており,実際にDNA配列は離れている.
受精時にはどちらも父由来の大きなミトコンドリアを5,母由来の小さなミトコンドリアを何万と持って始まる.成長すると70%以上のメスは全く父由来のミトコンドリアを失う.残りのメスも限られた小さな組織中に父由来ミトコンドリアを持つのみで,生殖系列に持つ例は知られていない.オスでは生殖系列は父由来のものが卓越し,体組織では逆になっている.成熟後の生殖系列では母由来ミトコンドリアは探知できない.

メスでは5つの父由来ミトコンドリはランダムにいろいろな組織に分散していく,オスではミトコンドリアは受精後すぐ凝集し,生殖系列に渡る.

オス系列のミトコンドリアはより早く(分子的に)進化する.オスの体内では母系のミトコンドリアが呼吸作用を担っているので,その機能的な要求が淘汰圧に与える影響が父系ミトコンドリアには小さいためと思われる.また父系ミトコンドリア精子競争から強い方向性の淘汰圧を受ける.(精子競争は核遺伝子に精子タンパクや卵レセプターに関して強い方向性淘汰圧を与えていることで知られている)

母系ミトコンドリアがまれに父系ミトコンドリアに侵入することが知られている貝類もある.またこれは種間でも生じうる.

これはどうして進化したのか,なぜ二枚貝なのか.
ミトコンドリアの性により相反する効果(ある性では有利に,別の性では不利になるもの)についてよく考えてみよう.もしそのような効果が二枚貝の生殖系列に関してあるのなら,DUIが進化するだろう.二枚貝では性の異型性は生殖系列でのみ知られている.最初は漏れだった父由来ミトコンドリア伝達が精子競争でそのオスの適応度をあげるのなら,そのような漏れが性特異的に,より起こるように進化するだろう.そしてそのようなミトコンドリアは体組織では不利なら,生殖系列のみに受け渡されるようになるだろう.

Mytilus類は,ATPase-8を欠き,メチオニンのtRNAを余計に持っているという点で動物界で特異的である.DUIはより組み替え率を上げ,進化速度を速めるのでこのためかもしれない.((私見)ここは理由が無くよくわからない)また2系列のミトコンドリアのコンフリクトによるゲノム変化率の上昇のためなのかもしれない.

性決定はどのようになされているのか.ミトコンドリアが性を決めているのかもしれない.しかしこの場合には性比の50:50は維持されなくなるだろう.実際に最近の証拠によると性比は母の核遺伝子によりコントロールされている.