- 作者: Richard Dawkins
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第3章はこれまでなされた「神の実在」の議論への反論だ.
まず最初は13世紀のトマスアキナスの5つの証明.ドーキンスはいきなり,この証明は何も証明していない.まったく空疎だ.と手厳しい.ちょっと詳しく紹介してみよう.
アキナスの議論
1. すべての動きは最初に誰かが動き始めなければならない.最初の動きは神しかない.
2. すべての物事には原因がある.最初の原因は神しかない.
3. すべての物理的実体の存在にははじめがあったに違いない.それを起こしたのは神だ
ドーキンスのコメント
すべて無限退行を止めるのは神だと言っている.神はその退行の例外だというのだ.それを認めるとしてもしかしその存在が,神と言われているような特徴(全知全能など)を持つ理由にはならない.
アキナスの議論
4. 何かの程度を測るときには最大のものと比較する.善の最大のものがあるはずで,それは神だ.
ドーキンスのコメント
これが議論だろうか?じゃ,最も小さいものも神なのか?
5つ目のアキナスの議論は生物のデザインだ.これについてドーキンスは(当然ながら)自然選択が答えになるとしている.
この議論の脇でドーキンスは神が全能で全知であることはあり得ないという議論を紹介している.
もし全知なら,神は自分が将来どのように歴史に介入するか知っているはずで,ということは介入について予定を変更することができない(つまり全能ではない)
思わず紹介せずにはいられなかったのだろう.
つづいてラッセルも一時納得したというアンセルムの「神の実在」の証明
たとえ無神論者でも何か全能のものを考えることができる.存在していないと言うことは全能でないことになる.だから全能ものは存在しているのだ,そしてそれが神だ.
ドーキンスのコメント
言葉遊びで勝てたからといってそれが真実と思ってはならないことはラッセルが一番よく知っていたはずなのに.
ラッセルは後に,頭の中で考えただけのことを実在すると呼べるかどうかがこの議論の分かれ目だと言っている.私はそもそもデータなしに実在を論じられるということに疑いがあると思う.
カントの反論
「存在が非存在より完全だ」という議論に誤りがある
ガスキングの反論(アンセルムの議論が正しいならこれも反駁できない)
世界の創造は創造しうるもっともすごい成果だ.
この成果のメリットはその成果物の質と創造者の能力だ
創造者の能力が劣るほどその成果は素晴らしい
最も高いハンディキャップはそもそも創造者がいないことだ.
もし創造主が存在するなら,我々はさらに偉大な非存在の創造者を想像することができる.
非存在の創造主のほうがよりすごい以上,存在する創造主はそれ以上偉大なものが想像できない存在ではない.
つまり神は非存在だ.
また数学や科学の目くらましにより神を証明したとする試みも多いとして紹介している.この手のものはネットでいくらでも見つかるそうだ.
面白かったのはオイラーとディドローの論争でオイラーが最後に「 (a+bn)/n=x だから神は存在する」とやったらディドローはしっぽを巻いた話というのがある.
またデヴィッド・ミルズは宗教側スポークスマンとのインタビューで,「質量とエネルギー保存の法則は永遠の命と神の実在を示唆していませんか」と問われ,それは「私たちが死ぬときその原子が不滅だから私たちは死なないと言っているのと同じだ」と解答したという.
ドーキンスのこうした議論への結論は,要するに「神の存在」のような大きな問題は単なる言葉遊びで解決できるわけがないのだということだ.これはまったくもってもっともだ.
さらに続いて世の中にある美は神でなければ説明できないという議論について
これは私でもまったく意味のない議論としか思えない.もちろんドーキンスはもっと厳しく切り込む.曰く「神がいようといまいとシェイクスピアやベートーベンは素晴らしい.それらは神の実在を証明しているのではなく,シェイクスピアやベートーベンの実在を証明しているにすぎない.」
さらに多くの芸術が宗教のテーマを持つことについても,当時の時代背景では当然だっただろうと指摘しつつ読者に「ミケランジェロの科学をテーマにした博物館の壁画を見たり,ベートーベンの中世代交響曲を聴いてみたくはないだろうか」と問いかけている.
そして最後にこのような議論は,単に芸術家の才能をねたんでいるだけかもしれないと皮肉っている.「どうして私ができないことをあの芸術家たちはできるのか,それをやったのは彼等ではなく神に違いない」というわけだ.
第3章 神の存在の議論
(1)トマス・アキナスの証明
(2)存在論(演繹論)
(3)美の議論