HBES-J 2006 参加日誌


12/2-3に駒場でひらかれた人間行動進化学研究会に参加した.当日は天気もよく,駒場イチョウが美しく色づいて落葉の真っ最中.キャンパスの中央の銀杏通りは休日とあって人通りも少なく黄金の絨毯の上にはらはらと舞い散る銀杏が印象的であった.

初日最初の招待講演はDavid Sprague博士による「生活史に見るヒトの特異性」.Sprague博士は2年ほど前に京大出版会から「サルの生涯,ヒトの生涯」という著書を出されていて,最近長谷川眞理子先生が注目しているヒトの生活史戦略の専門家である.前著はなかなかコンパクトにまとまっていて哺乳類の生活史についてなかなか面白い話満載であった.若者期についてこだわった学説史があったり,ヒトの生活史については近代以降の変化について割と進化心理的な説明に傾いていたりしていた本であった.


サルの生涯、ヒトの生涯―人生計画の生物学 (生態学ライブラリー)

サルの生涯、ヒトの生涯―人生計画の生物学 (生態学ライブラリー)



講演は流暢な日本語でなされた.
まず生活史戦略というのは生命維持と成長と繁殖のトレードオフ戦略だということからはじまり,個別の問題をヒトに当てはめると,たとえば思春期スパートとか結婚,妊娠の年齢・間隔などの問題設定になる.思春期スパートについてはまだあまり良い仮説はないとのことであった.
続いて哺乳類について初産年齢と体重の相関グラフ,繁殖率と体重の相関グラフが示され,コウモリが非常に生活史的に特殊化したグループであり,このようなデータの差異にはコウモリが入っているかどうかを常にチェックすべきだとコメント.ヒトと他の大型類人猿との差についてはデータ表で説明.初産年齢が若く,最終繁殖年齢はほぼ同じ.妊娠間隔は短く,老年期は特異的に延びている.また生まれる子供の体重も大きいことがヒトの特徴である.
続いて生存曲線が,明治時代と昭和・平成の日本人,狩猟採集民族とチンパンジーが比較される.ちょっと驚くべきことに明治時代のデータと狩猟採集民のそれでは,少なくとも生存曲線上は大きな差はない.
次に年齢と成長率のグラフから思春期スパートの話題.グラフの始点は普通生誕時からだが,胎児成長のどの時点で出産されるかによりグラフ形状は影響を受けること.類人猿の身長データはとるのが非常に難しいこと,特に野生のものはまず不可能であること,チンパンジーでこれがあるかないとかの議論があったが,現在ではないという説が有力になっていることが説明された.
次は若者期,子供期の存在について.ヒトは離乳後,自分で食物をとれない時期があり,これが大きな特徴になっている.また離乳食というものの存在が最近話題になっている.歯の生え方のパターンも異なり,乳歯で食べられるものは何かという議論もなされている.

次はエネルギー収支の生活史.ヒトの特徴はまず子供期に大きなマイナスがあり,その後(子供を養うようになり)大きなプラス時期がある.食物を分配すると言われるチンパンジーであっても食物分配はあくまで嫌々ながらという感じであり,養うという状況はまったくヒト特異的である.最近は生涯にわたる投資効率について(エネルギー,知識,モノ資源別に)経済学者と共著論文が増えている.(これは経済学者の方が投資効率に用いられる数学が得意だからということだった)
最後に近代ヨーロッパ以降の少子化の問題が取り上げられた.ここでは逆に生活史戦略の専門家としての博士から,進化心理学者向けに質問がなされ,ヒトはどのように豊かさを感じているのか,子供の質と量についてどう考えるのか(教育願望は本当にあるのか)が問題として提示された.
質問セッションでは長谷川眞理子先生から,ヒトの意思決定の仕組みについて,言語と認知能力が発達したために過去の投資総量などを記憶できるようになり,それが逆に瞬間リターン以外を考慮してしまい,コンコルドの誤りなどを犯すようになったのではないかというコメントがあった.
認知能力がある面でプラスに働き,別の面でマイナスに働くという説明だが,なぜこのプラスの局面とマイナスの局面が分離できないのかについてまでのつっこんだ話にはならなかった.


ここでポスターセッションに.配偶者選択における親の影響があるのかを,本人とその親,そしてパートナーの写真をコントロールとあわせて提示して,本当に異性親とパートナーが似ているかを調べたもの(残念ながら有意には似ていなかった),男性・女性がそれぞれより男性的な顔とより女性的な顔のどちらをより好むかをモーフィングを用いてリサーチしたものがあり,興味深かった.女性とともに男性も短期的配偶戦略の場合により女性的な顔立ちを好むとの結果が出ており,これは意外.魅力として変わるとは思えないので,短期的に相手を選ぶときに女性的な顔の女性よりも男性的な顔の女性の方がうまく誘いやすいと感じるのだろうか?またイントロダクションでは米国と日本で女性から見た男性はより男性的な顔を選ぶ米国と,より女性的な顔を選ぶ日本との差が示されていたが,これが日本女性がより長期配偶戦略をとる割合が高いためか,それ以外の文化的な要因にあるのかについては個人的に興味深い.
そのほか一方的最後通牒ゲームや独裁者ゲームの結果を示したものが複数発表されていた.なかなか結果の解釈は微妙で(このようなゲームごときで借りを作りたくないと思わせる設定になっているか等)深く調べると面白そうだ.


2番目の招待講演は遺伝学者の高畑尚之先生による「生物の進化と病気」
遺伝学者らしく,これまでの数十億年の生命の歴史と,ステージごとに,現在の病気の遠因となったことが生じたことを説明された.ちょっと面白かったのは今や生命の歴史において全球凍結に言及するのがスタンダードになっているようで,22億年前の凍結時に真核生物が進化し,6-8億年前の凍結で脊椎動物が進化したという説明であった.6億年前の脊椎動物のような多細胞生物の進化にはコラーゲンのような細胞接着分子の進化が重要だった,4億年前のあごの進化は獲得免疫とと同時期だ,陸上進出と血圧の上昇とイオンポンプ,鎌形赤血球はなぜマラリア耐性があるかのメカニズムは実はよくわかっていないなどの話題が次々と振られた.


続いて口頭発表の第一セッション
最初は自己の闘争能力認知が何に相関しているかというもの.
基本的にボディサイズと正の相関があるとの発表だった.自己の闘争能力認知にはセルフサービングバイアスがないというところは興味深かったが,後の質問時に長谷川眞理子先生から,これは若い男性が暴力沙汰を起こしにくくなった日本人のデータで,おそらく文化的に相当異なっているのではと指摘があった.

2番目は色が白いことはなんの適応かというもの
イントロで,まず自然淘汰説として,熱効率とビタミンDトレードオフで決まるという説が昔から有力だったが,2000のハーディングの論文では高緯度で肌が白いことは中立的だとされ,(後の質問でも本当かとされたが,要するにアイスランドでもたった1時間日光に当たればビタミンは問題ないということからそう主張されているということだった)性淘汰説も提唱されていると状況を整理.
リサーチしてみたが,特に初潮の前後で肌の白さに有意な変化は検出できなかったというもの.

3番目はセロトニントランスポーター多型とストレス反応性.
これはなかなか興味深い発表で,時間が20分しかなかったのが惜しまれる.
まずセロトニントランスポーターには遺伝的な多型があり,この多型によりストレス反応に有意の差が検出できるというもの.s/l の対立遺伝子で,ssだと報酬と罰に対して感受性が高く,また鬱などによりなりやすいという.これまでは感受性が高いことは鬱になりやすいので不利だという文脈でとらえられることが多かったが,それは有利にもなりうるだろう,それは文化的な環境によるものかもしれないというインプリケーションが興味深かった.この対立遺伝子についてまず多型が保たれていること,遺伝子頻度に日米で差があること,日米でハーディワインベルグ平衡から逆にずれていること,それぞれどのようにしてそうなっているのか非常に興味深い.


2日目は口頭発表の第二セッションから
協力行動の進化理論で,D. S. ウィルソンとソーバーによるマルチレベル淘汰モデルでは,それぞれ協力者と裏切り者の比率が異なるデームが継続的に作られないとうまく働かない.この構造を作るメカニズムとして損している協力者が外に飛び出すという移住モデルを作るとある程度うまく構造ができるという発表.今まで誰もこのようなことを示していなかったのだろうか.なかなか面白い指摘だった.

2番目は間接互恵性のモデルを,n人ゲームに拡張してみた場合のシミュレーションの発表.いろいろな戦略のダイナミクスが説明されていた.

3番目は同じく間接互恵性の文脈で,強力と罰について単純に2値関数でなく,連続関数としてみた場合にどのような挙動になるかのシミュレーション.連続関数にするとエラーやミューテーションの影響がなだらかに小さくなることが示されていた.


第三セッション
最初はチンパンジーを使った相互利他行為の実験.昨年の発表でとなりのおりにえさが出るためにコインを入れる2頭のチンパンジーはかなり安定してコインを入れあうことが示されていたが,これを1枚づつ入れるのではなく,最初に500枚与えてどうなるかを示したもの.すると最初は適当に入れあっているが,何日かするとよりコインを入れる個体とそうでない個体が出てきて利他行為がなくなってしまうという.その際よりコインを入れた個体はそうでない相手に対して威嚇行為をしたりして怒っている様子であるという.この後1枚交互コイン設定に戻すとまた利他行為が続くというからなかなか興味深かった.

続いてより低所得の層は個人貯蓄ができないためより集団的な助け合いを思考するのではないかという発表.
続いて宝探しゲームで,自らコストを払って宝探しをするか,ただ乗りをするかを調べた発表.


最後に双子研究を用いて,ヒトの社会的な態度(市民権指向,保守など),言語能力の相関を複数の環境要因と相加的遺伝要因について分析したもの.ヒトは自分のパーソナリティを一種の”内的環境”として認知して自分の行動を調整しているのではないかというモデルに基づいて解析したもの.(これは要するにいわゆる条件付き戦略と同じだと思われるのだがどうだろうか)リサーチ自体はなかなか複雑な状況をうまく解析しており面白かった.特に市民権指向的な態度は,個々の質問票レベルでは遺伝要素と弱い相関があるのだが,いったん要素としてまとめた後はほとんど相加的な遺伝要素と相関しないという結果が出ていて興味深かった.要するに保守かそうでないかは(他のほとんどの態度と同じく)一定程度遺伝するのだが,民主主義がいいと思うかどうかは遺伝しないということだ.また言語能力は市民権指向的態度と相関しており,より言語能力があるほど民主主義が自分にとり有利になるからそうなるのかもしれないと示唆されていた(これは話としてちょっとできすぎかも).また保守主義的な態度と言語能力については言語能力があるほど,そもそもあった遺伝的な傾向をより表出させるという結果が出ており,これもなかなか面白い結果だった.


最後にアナウンス.来年の研究会は葉山にある総研大で開催予定.HBES日本大会は2008/6に京都で開催予定.さらに本研究会は正式に学会にする予定とのことだった.いずれも楽しみだ.