読書中 「Moral Minds」 第2章 その4

Moral Minds: How Nature Designed Our Universal Sense of Right and Wrong

Moral Minds: How Nature Designed Our Universal Sense of Right and Wrong


第6節は社会規範が何故守られるのかというところから.
社会規範とはどの行動が許されるかの複雑なルールだ.

ハウザーはこれも人は無意識に瞬間的に判断していると説明する.
ここからは興味深いところで,いったん社会規範が定まると人の心にどう影響するかを描いている.社会規範はは理性的には従うべきでないと考えていてもなかなか破れない規範になる.そしていったん破られると違反を記憶させ,その結果を是正しようとする数々の感情を生起させる.自分が破ったときは罪の意識を持つ.誰かが破るのを見ると怒ったり羨望を感じたりする.関係者には恥の感情が生じる.

また現象的には,この社会規範は(法律のように)誰かが意図的につくらなくとも,社会において創発する性質を持つことも指摘している.


ここから話は最後通牒ゲームの変形に映って,罰がなければ人はより利己的になることを示す.取引ゲームをやっているときには人は罰を用心して戦略を変えることを示す実験がいくつか紹介される.ある意味当たり前という感想だ.

興味深いのはブッシュマンの研究において,彼等は互いに批判的でありあまりほめたりしないという観察例の解説だ.ほめてしまうとその人が平等から抜け出て罰が必要になると考えられているそうだ.また最初の罰はあざけりで,これをされたときには自分で自分をあざけって平衡を保つという.ハウザーはこれを評して罰を低いコストで行っているとしている.確かに暴力よりは良いかもしれないが,これってかなり窮屈な社会じゃないだろうか.なかなか狩猟採集民の生活も厳しい.


第7節では法律が題材だ.


利他者にマークを付けて明示するという制度はマークがフェイクされて崩壊するだろう.では欺瞞者にマークを付ければどうなるのか.実際にアメリカではこのクルードな制度が結構あるそうだ.ハウザーによると社会が小さいときにはこれは効果的に欺瞞者の行動を変える効果が期待できるという.飲酒運転者にバンパーステッカーを貼らせたり,万引き者に大きなプラカードを持たせて店内を歩かせたり性犯罪者を登録するシステムがそれだという.なかなかストレートな制度だ.とにかくアメリカ的という感じがする.
ハウザーはこれを報復の原則から来ているのだと説明している.
現代ではこれは時代遅れと見なされるが,私たちの心理に直感的に報復の心理があって,それがストレートに表面に出てきたものだと解説している.まさにそういう印象だ.


現代の刑罰システムはどうか.
ハウザーは,刑罰システムの効率性は人々がそれを信頼できるかどうかにかかっており,人々の直感から離れすぎると問題を生むといっている.

本当に良い方法はないのかもしれない.しかし人々の直感に注意を払うことは問題対処のスタートだ.法の強制の多くの側面は報復にある.悪いことをしたら罰を受けなければならないと考えるのだ.報復主義者は罰を与えることは義務と考える.(他の論者はそれはオプションだと考える.)その動機は明らかに,予防(威嚇)ではない.
そして刑罰の重さについて,報復主義者は犯罪の重大さに応じてと答える.これは人の心理のコアにあうのだろう.

このハウザーの刑事政策的な説明には説得力があると思う.日本ではまだまだ刑事政策は教育刑アプリオリによいものだというイデオロギー的な考え方が主体であり,報復主義は頭から否定されているのではないだろうか.


もっとも,ハウザーは報復主義だけではうまくいかないことも認めている.異なる犯罪類型の重さは本来比べられないし,犯罪の予防(威嚇)も重要な問題だ.また複雑な現代社会ではむき出しの報復主義も問題があるだろうという.テクニカルな脱税のような経済犯罪に報復主義は対処できないだろうという.もっともだ.経済犯罪については「犯罪は引き合わない」という原則が最も重要だろう.



第2章は筋の追いにくい著述の連続だった.結局ハウザーは何が言いたかったのだろう.前半部分は公正感にはユニバーサルと,文化的なパラメーターがあるという主張だった.その後は各論だったのだろうか.




第2章 すべてにとっての正義


(6)罰か消滅か


(7)衝突