- 作者: William A. Searcy,Stephen Nowicki
- 出版社/メーカー: Princeton University Press
- 発売日: 2005/09/04
- メディア: ペーパーバック
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第5節は「個体に向けられた懐疑」と称して,ハンディキャップコストなしで信号が正直になる現象を取り上げている.メイナード=スミスの「Animal Signals」ではハンディキャップコストなしで信号が正直になるケースとして以下の4カテゴリーを上げて一括して説明しているが,本署ではここで取り扱われる.
メイナード=スミスとハーパーのハンディキャップコストなしで信号が正直になるケースの整理
- 発信者と受信者で利害が一致する
- フェイクできないインデックス
- 名声が重要になるケース
- 嘘つきに罰が課される可能性があるケース
この5節で取り扱われるのはだまされた受信者が個別の発信者を今後信用しなくなるという現象だ.上記の整理ではこれは「罰」というカテゴリーにはいるのだろう.
まず本書ではコストフリーの信号として,発信者と受信者の利害が一致するケースをあげる.これはメイナード=スミスのSPSゲームでもあきらかだ.
次に発信者と受信者の間で状況の望ましさの順位が一致するとコストの小さな正直な信号が生まれるとするシルクたち (Silk et al. 2000)の研究が紹介される.さらにシルクたちによるとこの条件は,発信者と受信者が繰り返しインタラクションを行い,受信者が過去をおぼえていれば緩和できるという.
このモデルが紹介されている.
これは霊長類の優位個体が劣位個体に近寄り同盟のお誘いコールをするところをモデル化している.コールは正直(真に友好的)かだまし(近寄らせてから攻撃する)のどちらかである.劣位個体はその場にいて友好を受けるか逃げるかを選ぶ.
(発信者の利得,受信者の利得) 正直 だまし とどまる 友好確立(I, i) 攻撃を受ける(E, e) 逃げる 回避(D, d) 回避(D, d) 一回限りの対戦では発信者がI>D>E, 受信者が i>d>e (どちらも平和を望み,攻撃は望まない)と双方の選好順位が一致していなければ正直な信号は進化しない.
もし繰り返し対戦できるなら発信者がE>I>D, 受信者が i>d>e (優位個体にとってはだまして攻撃できるときが一番良い,もっともありそうな状況,この場合一回限り対戦では発信者はだまし信号を送り,信号システムは進化しない)でも可能になる.劣位個体がだましをおぼえて二度とこの発信者を信用しなくなるとすると,だまし発信者は初回にEを得るが,その後はIより低いDを受け続けることになる.もし対戦数が多いなら正直な優位個体の方が利得(つねにI)が大きくなる.これは嘘つきが信用されないというコストを払うために信号が安定すると解釈できる.
続いてはっきりとした「罰」の状況を考える.これは強力に信号を正直にするが,誰が罰のコストを負担するかという問題が生じることで有名だ.本書ではこの問題には触れずにそのような例はシジュウカラのフードコールでは観察されていないと述べるにとどまっている.これはちょっと不満が残る部分だ.
最後にヴェルヴェットモンキーとニワトリで個体に向けた懐疑が観察された例を紹介して第5節は終わっている.
第6節には利害が重なっているときの信号のまとめがある.
利害が重なっているときの信号として,3つのカテゴリーを考察した.エサねだり,警戒,フード.
すべてのカテゴリーで受信者は反応し,信号はおおむね正直だった.コストについてのデータはやや不明確だ.ねだりについてはコストがありそうだが,その他についてはコストフリーに近い.ねだりの場合も多くの場合にはコストは低そうだ.
モデルは良く適合している.血縁者間のねだり信号には特に良く適合している.また定性的には正直信号とだまし信号の混在(信号は必要性を反映しているが,ライバルがいると誇張される)も説明できている.
コストについては期待されているよりも小さいという問題がある.おそらくねだり信号の信頼性は,コストというより,信号強度とそれによる受信者の反応から得られる利益との関係によって保たれていることが多いのだろう.
警戒信号に拡張すると,モデルからは,血縁間で利害のコンフリクトがなければコストフリーの信号が進化すると予測できる.警戒コールでは発信者受信者とも利益を得ることが特に血縁者間では多いだろう.
もっとも捕食者がいないときに受信者に反応させると発信者が利益を得るような状況下ではだましの信号が進化しやすい.
フードコールでは嘘つき個体へ向けた懐疑というコストが重要になるようだ.
なかなか込み入っているのでまとめがあるのは大変助かる.要するに利害が一致しているときの信号は正直になりやすいので明確なハンディキャップコスト以外の説明が多く見られるということなのだろう.
第2章 利害が重複しているときの信号
(5)個体に向けられた懐疑
(6)結論