読了 「The Evolution of Animal Communication」

The Evolution Of Animal Communication: Reliability And Deception In Signaling Systems (MONOGRAPHS IN BEHAVIOR AND ECOLOGY)

The Evolution Of Animal Communication: Reliability And Deception In Signaling Systems (MONOGRAPHS IN BEHAVIOR AND ECOLOGY)


最後の第6章はこれまでのまとめと結論を述べている.


<信号理論の問題意識と歴史>
信号理論のジレンマとドーキンス,クレブス,そしてザハヴィ,グラフェンに至る歴史がもう一度復習される.
そしてグラフェンの理論枠組みから以下の3点が予測され,それの野外における実証が本書のテーマなのだ.

  1. 受信者は信号に反応する.
  2. 信号は受信者の反応を正当化するに足るほどには正直だ.
  3. 信号を行うにはその信頼性を保つだけのコストが必要だ.

<予測の実証>
ここからこの予想に関するここまでの実証例が示される.


1.受信者は信号に反応する.
この意味のもっとも強力な証拠としてサーシィたちがあげているのが地位のバッジだ.受信者はこれに注目すべき理由を特に持たないように思えるが,実際にこのマークを操作すると地位に影響する.確かにこのような利害が相反している状況で,なぜ黒帯の広いシジュウカラのオスがそれで有利になるのかとても不思議に感じるのでこの証拠は強力だと思える.


2.信号は受信者の反応を正当化するに足るほどには正直だ
まずこれの実証は難しいとされる.そもそも信号が何を表しているのかが明確でない場合が多いからだ.これももっともだ.
サーシィたちによるもっとも良い証拠は雛のエサねだりだ.エサの供給と信号強度の相関が得られており,少なくとも短期的な必要性の信頼性の証拠がある.


3.信号を行うにはその信頼性を保つだけのコストが必要だ.
これに対するサーシィたちの最初のリマークは,実際に調べてみるとコストが大したことがないことが多いというものだ.
サーシィたちによるもっとも良い証拠はこれも雛のエサねだりだ.
しかしエナジーコストは小さいし,被捕食コストは地上性と樹上性で異なっている.(そしてその違いに応じて信頼性が異なっている証拠はない)さらに口内のカロチノイド色素にはコストがかかっていないように見える.全体として証拠は半々だというところだろう.


本書ではエサねだり信号はより必要性の高い雛がより強い信号を出すモデルのみが取り上げられている.しかしエサねだりを兄弟の競争と捉え,より強い雛が(親はより生存確率の高い雛から優先的に給餌するとして)自分の優秀性を信号として出しているというモデルも時折見かける.この場合にはカロチノイド色素は性淘汰信号と同じように免疫系のコストと考えて良いことになるだろう.このあたりについては本書では議論されていないが,興味深いと思う.そもそも同じカロチノイド色素が性淘汰信号の時には優秀性を示す信号になり,エサねだりの時はエサの必要性の信号になりうると考えるのは難しいようにも思う.


本書では次にモデルは弱いオスにとってのコストの方が高いことを仮定しているが,それは示せているのかという問題点を取り上げている.サーシィたちの結論は「実際にほとんどの信号についてこの仮定が当てはまるのかどうかわれわれは知らないのだ.確かに信号がエナジー状況を示していて,コストがエナジーコストであるような一部の場合にはこれは充当されるだろう.しかしコストが被捕食リスクであるような場合にはこの仮定が満たされているかどうかはそれほど明らかではない.もちろん満たしている場合もあるだろうがすべてそうだとは限らない.」というものだ.


<ハンディキャップ以外の説明>
ハンディキャップ以外の説明がここでまとめられている.


1.利害の一致
まず発信者と受信者の利害が一致する場合にはハンディキャップなしで信号は正直になる.
血縁者間の警戒コールやフードコールがこの例だとされている.


2.発信者によって利益が異なる場合
ハンディキャップ以外の説明の2番目は,コストではなく,利益が発信者によって異なる場合だ.信号にコストはあるのだが,発信者のレベルに応じて信号から得られる利益が異なる場合だ.これはグラフェン数理モデルに含まれている.


本書では冒頭にジョンストンのモデル図のみ示されていて詳しく説明されていないが,私の理解では w_1/w_2 が  q に関して増加関数となれば,グラフェン数理モデルの仮定を満たしている.これは w_{13}>0 w_{23}>0 または  w_{13}=0 w_{23}>0 または  w_{13}>0 w_{23}=0 であればよい. w_{13}>0 w_{23}=0 というのが,信号による利益は一定で,コストが質の悪いオスの方が高い場合であり,  w_{13}=0 w_{23}>0 というのが逆にコストは一定で,利益が質の良いオスにとっての方が大きい場合ということになる.


サーシィたちは雛のエサねだりはこれにマッチする例だとしている.
そして性淘汰信号ではより質の高いオスの方がメスに選ばれる利益が大きいというのはあまり考えられず,一般的に当てはまらないだろうとしている.
なお,メイナード=スミスとハーパーはこれについて項目立ててはふれていない.


3.「制限」説
何らかの制限によって正直な信号しか発信できないという説.
メイナード=スミスとハーパーの「インデックス」説がこれにあたるが,サーシィたちは批判的だ.結局発生コストまで考えるとハンディキャップコストに含めて考えて問題がないだろうとしている.私も賛成だ.区別して考える実益についてメイナード=スミスたちは示せていないと思う.


4.個別に向けた懐疑(名声,あるいは罰される可能性)
受信者は過去の信号者と信号をおぼえていて,その後の行動を調整する.これは信号の信頼性を高める.発信者にとって将来的に信号を信用してもらえる利益が,目の前のだましの利益より高ければ正直な信号を行う方が得になるからだ.
メイナード=スミスとハーパーはここを「名声」と「罰される可能性」の2項目に分けている.


サーシィたちは個別に向けられる懐疑による将来的な損失が「コスト」と考えられるのであればハンディキャップコストの1つと考えることができるだろうと指摘している.もっともこれはハンディキャップ原則が提唱された本来の状況(それがばかげているほど派手なのはそれにコストがあることを表している)から相当離れているので,新しい原則と呼んでよいように思うとしている.これによりうまく説明できる候補としてはニワトリのフードコールと霊長類の同盟コールをあげている.


<だまし>
まず歴史
動物の信号は協力的なものであると考えられていたため疑われてきたこともある.これは適応が個体淘汰中心に生じるという理解が進み,だましはあり得るという考えに変わってきた.
アンクイスト,グラフェン,メイナードスミスの初期の信号モデルでは,信号は統一的に正直になる形になっていた.これはモデルの信号の次元が単純化されていたことによる.ここを複雑にして,後のだましが共存できるモデルが作られた.
初期のモデルの例としてジョンストンとグラフェンのSPSモデル,ゴドフライのモデルがある.


また発信者にクラスを設けることによりそれぞれが異なる戦略をとるモデルもある.
この例としてはコッコの年齢という要素を入れて性淘汰信号にだましが入るモデル,ブラフが唯一の利益戦略になるほど弱い雄はブラフ戦略をとることを示したモデルなどがある.

だましのまとめ

モデルが発信者の状況を示す次元,信号の特徴の次元について複雑になれば,だましが入りやすいというのが一般的な傾向だ.そしてこの次元の複雑さは野外の状況では自然だ.だから私たちは野外では多くのだましがあるのだろうと考えている.微妙な誇張は確かめにくいが,よりリサーチが望まれる.だまし信号は少ない方が通常だが,それに限られるわけではない.正直な信号を無視するコストが非常に高ければだましの方が多くても受信者は「平均して」反応した方が得になるからだ.

定義として,私たちはまず信号とその意味を相関などによって確立しなければならない.そうして始めてだましを定義できる.そしてもっと基本的な意味としてだましは信頼性があって始めて成立する.信頼性があればこそ受信者が反応するからだ.これは理論だけでなく観察においても重要だ.だましが動物界にあるなら,それは信頼性とともにあるのだ.


以上で本書は完結している.
理論もきっちり抑えた上で,実証研究も豊富に紹介されており,大変面白かったし,グラフェンの原論文を読むきっかけにもなって楽しかった.行動生態学のきっちりした良い本だと思う.