「Missing the Revolution」 第6章 行動生態学と社会科学 その1


Missing The Revolution: Darwinism For Social Scientists

Missing The Revolution: Darwinism For Social Scientists


第6章はリー・クロンクによる人間行動生態学(HBE)の紹介.人間行動生態学は,動物の行動生態学で開発されたいろいろなリサーチ手法をそのままヒトに当てはめようとして始まった学問だというのが私のこれまでの理解だ.しかしそれは行動戦略が直接に適応だとして考えることができるということが前提になる.私の理解では,ヒトについてはそれはかなりナイーブな前提であり,理論的な枠組みとしては進化心理学の方がより良く,ただよりフィールドでの観察事例が豊富であり,そのデータは貴重だということになる.(これらの理解は中尾央先生のいくつかの学会発表に多くを負っている.私の感想はhttp://d.hatena.ne.jp/shorebird/20070906など)リー・クロンクはどう裁いているだろうか.リー・クロンク自身は人類学出身の人類行動生態学者ということになるから,かなりHBEよりの解説になっていることが予想される.


まず本章は行動生態学の成立の事情から説いている.


1.人間行動生態学の発展


行動生態学進化心理学はハミルトン,ウィリアムズ,トリヴァースらによる同じ理論的な基礎から始まった.
これらの遺伝子中心的な見方は,まず動物行動のリサーチをうみ,それはヒトへの応用に向かった.初期の貢献はリチャード・アレキサンダーやE. O. ウィルソンによってなされた.
そしてこのような研究アプローチをヒトの民族文化データに応用しようという動きが生じた.その開拓者はハーツング(富の相続),ディッカマン(母親による子殺し,イスラムの女性隔離)ということになる.これにスミス,ウィンターハドラー,ホークス,ヒル,オコネル,シャノン,フリン,メランコン,アイアンズたちがフィールドワークを持って続いた.HBEの主流は民族文化のフィールドワーカーなのだ.クロンクはまさにこの系譜の中に位置するということになるのだろう.

最後に学問名称について,このようなアプローチについて名前が必要になり,社会生物学論争の影響もあり紆余曲折のすえ「行動生態学」ということに落ち着いたと簡単に解説されている.
ここまではまずは導入だ.


2.人間行動生態学の方法論


クロンクはまず,HBEは理論的基礎だけでなく,方法論も行動生態学と共有していると強調している.
例としてあげられているのはモニク・ボーゲルホフ・マルダーによるキプシグ(西ケニアの民族)の研究,誰と結婚するかの意思決定をリサーチしたものだ.(特にある男の二人目以降の妻になるとき)
この場合リソース防衛するオスについてのポリジニーにかかる鳥の研究が応用された.オスがテリトリー防衛し,そのリソースがばらついているときに,メスにとっては貧しいオスの第一夫人になるか,裕福なオスの第二夫人になるかを適応度が最大になるように選択している.テリトリーの善し悪しを牛の所有数に変えると,キプシグのデータはこれにうまく当てはまった.
クロンクは,行動生態学における理論をヒトのデータに当てはめるというのはHBEによくあるリサーチ方法だといっている.このようなリサーチが典型的だということだろう.

さらに他の動物には無いようなこともリサーチは行われるとして,結納,嫁資などの分析を例に挙げている.要するに何らかの前提を置いて,個人の選択が直接適応度最大化を達成するプログラムになっているというかどうかを調べるということになる.


次にクロンクは注意点を挙げている.まずヒトに当てはめる際の注意.

まずは方法論的集団主義と方法論的個人主義の二分法だ.要するに個人主体か社会全体で考えるのかということだ.そしてHBEは基本的に個人主義だとしている.これはハミルトン革命をうけた行動生態学の流れをくむなら当然だろう.これに対するのはデュルケームらは集団主義の考え方になるだろうということになる.

クロンクは,さらにHBEの研究者のなかには文化の集団的な性質に興味を持つものたちもいると指摘している.クロンク自身もこのような創発的な性質にも興味があるようだ.さらにバーコフらは統合的な見方を探っているということだ.もっともこれらが行動生態学の議論と一体どう統合されるのだろうか.クロンクはここでは何も語っていないが,なかなか困難なように思う.詳しく知りたければ参考文献(That Complex Whole: Culture and the Evolution of Human Behavior 下の関連書籍にある)を読めということらしい.




関連書籍


クロンクの著書,下の2点は編者として名を連ねているようだ.

From Mukogodo to Maasai: Ethnicity and Cultural Change In Kenya (Case Studies in Anthropology)

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That Complex Whole: Culture And The Evolution Of Human Behavior

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Through the Looking Glass: Readings in Anthropology

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Adaptation and Human Behavior: An Anthropological Perspective (Evolutionary Foundations of Human Behavior Series)

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