「Missing the Revolution」 第8章 進化心理学と犯罪行動 その2


Missing The Revolution: Darwinism For Social Scientists

Missing The Revolution: Darwinism For Social Scientists



第8章のアンソニー・ウォルシュによる進化心理学と犯罪を扱った章.前回は進化生物学も環境を重視していることを示す例として協力行動と「だまし」のニッチを解説しているところまで.


ではこのだましに対してヒトはどう適応しているのか.ウォルシュはだまし検知としての感情の理解を解説する.
友情,誇り,義務,喜び,怒り,拒否,不安,罪,罰などはこの文脈で考えると理解が深まるという主張だ.これは確かに犯罪学や刑事政策の上では重要な論点になるだろう.
ウォルシュは,このような感情は短期的な合理的な計算を上書きして協力を促進する働きがあると議論し,正義,復讐,罰などはコミットメントとして将来の被だまし抑制として理解できるものだ.つまりだましがあるから正義と罰があるということになる.


だましではないむき出しの暴力はどうなのかがウォルシュの次の議論だ.
まず動物の世界でも地位を巡る暴力的な争いが観察されるとする.当然ヒトにおいてもリソースや配偶を巡る争いではリスクをかけても争う価値がある場合があるということになるだろうう.
ウォルシュはデータとしては,ヒトにおいては地位と繁殖成功が相関していると指摘し,暴力は男性が特にそれに向けてデザインされている可能性があると示唆している.このあたりは暴力の性差としてよく進化心理学で議論されるところだ.


ウォルシュは殺人については,EEAで殺人が多かったことが知られていると示唆している.一夫多妻的で父の投資が少ない世界ではより暴力的な争いが多くなるだろうと議論し,ヤノマモ族の例をいろいろと紹介している.
ウォルシュは,通常高い地位には繁殖価があり,この地位を得るためのコントロールされた攻撃性は適応形質だろうと議論しながらも,単にリソースのためにヒトを殺すことは適応とは考えられないとしている.通常のヒトの抗争はまれにしかむき出しの暴力の形はとらないといっている.
まれにしかむき出しの暴力という手段がとられないことと,それが適応でないことは(条件依存的戦略と議論している前提では)イコールではないと思われる.このあたりは政治的な配慮がちょっと顔をのぞかせているのかもしれない.


ウォルシュは続けて,条件依存的戦略としての適応の議論に近い主張を行っている.
まず暴力は地位の階層性が崩壊したときや社会の規制が無くなったときによく見られるとし,そういう場合に失うもののない若い男性が特に暴力的になりやすいと議論している.男性は地位を求め,コストと見返りによってその方法が調整される.
リスペクトを求める心理もEEAにおける適応で,地位を求める心理から理解できるとしている.これに続けて,本書ではもはやおなじみの名誉の文化と殺人のリサーチを紹介し,さらに決闘の習慣もこれに関連すると示唆している.至近的なメカニズムとしてのセロトニン,テストステロンの影響にもふれている.


続けてレイプも議論している.適応説と副産物説があることを紹介したあと,何らかの条件依存の傾向があるだろうとし.動物の世界では地位や力のないオスの戦略であると議論している.条件依存的な戦略であることを示唆しているようだ.またこのようにヒトのレイプを適応と認めることについて広範囲に忌避される心理が社会的にあることを指摘し,適応だと議論することとそれが正当化されることは別だと改めて断ったうえで,さらに適応心理はもっと至近的なもの(例えばセックスの楽しみなど)である可能性が高いと付け加えている.このあたりは政治的な配慮がまたまた顔をのぞかせているようだ.このような言説は政治的に結構リスキーな部分があるのだろう.
真性フェミニズム的なレイプの理解については問題だと考えているようで,最後に証拠はレイプが「性的ではないもの」,「女への憎しみによるもの」,「男の社会的な地位を保つためのもの」ではないことを示していると付け加えている.


家庭内の暴力が次の話題だ.
これについてウォルシュは「多くの文化で家庭内暴力の原因は男の嫉妬と浮気の疑い.」と大胆にまとめ,家庭内暴力自体が適応と言うより,嫉妬,所有意識などが家庭内暴力の形をとってしまうと考えた方がよいとしている.
データとしては,浮気のリスクが高い社会では家庭内暴力も多いこと,競争力のない男性が家庭内暴力を起こしやすいことなどを紹介している.


この総論としての最後の部分では,子殺しを取り上げ,子殺し自体ではなく,その背後の心理メカニズムが適応であろうと議論している.このあたりも古典的な進化心理学の議論を採用している.そして子殺しが包括適応度を高める状況として,1.間引き,2.父でない男によるものの2類型をあげている.
間引きについては,リソースより多くの子がいる,夫がいない,子が病弱などの状況が相関しているとし,中絶希望が多い状況と同じだと示唆している.
父でない男による子殺しについては,動物には多いことを紹介し,直接的行動ではなくともそのような男性心理の傾向はあるかもしれないと議論している.有名なデイリーとウィルソンの議論と同じく,子殺し,性的虐待は継子の場合にリスクが高いことを紹介している.
面白いのは,むしろなぜ継子をちゃんと愛情を持って育てる父親が多いかの方が問われるべき問題かもしれないと議論しているところだ.あるいは適応心理が非適応的に発現している状況なのかもしれないと推測している.



関連書籍


このあたりにかかる進化心理学の書籍は非常に多い.
本章でも引用されているものを一部紹介すると以下のようなものだ.


Code of the Street: Decency, Violence, and the Moral Life of the Inner City

Code of the Street: Decency, Violence, and the Moral Life of the Inner City

これは読んではいないが,条件依存的戦略の条件の例としての都市が描かれているらしい.



Homicide: Foundations of Human Behavior

Homicide: Foundations of Human Behavior

有名なデイリーとウィルソンの本

人が人を殺すとき―進化でその謎をとく

人が人を殺すとき―進化でその謎をとく

邦訳



A Natural History of Rape: Biological Bases of Sexual Coercion (Bradford Books)

A Natural History of Rape: Biological Bases of Sexual Coercion (Bradford Books)

これも有名なレイプについての「話題」の書.
私の書評はhttp://d.hatena.ne.jp/shorebird/20060805

人はなぜレイプするのか―進化生物学が解き明かす

人はなぜレイプするのか―進化生物学が解き明かす

邦訳





Demonic Males: Apes and the Origins of Human Violence

Demonic Males: Apes and the Origins of Human Violence


男性の暴力についての古典.

男の凶暴性はどこからきたか

男の凶暴性はどこからきたか

邦訳