「Missing the Revolution」 第8章 進化心理学と犯罪行動 その1


Missing The Revolution: Darwinism For Social Scientists

Missing The Revolution: Darwinism For Social Scientists



第8章はアンソニー・ウォルシュによる進化心理学と犯罪を扱った章になる.アンソニー・ウォルシュは米国の犯罪学の研究者で,進化的な説明に興味を持っているということのようだ.だからこれは犯罪学のマイノリティから主流派への進化的な思考法へのお誘いということになるのだろう.


さてこの犯罪学の業界で「犯罪も生物学的な視点からの考察が必要だ」と最初に主張したのはレイ・ジェフリーで,それは30年前のことだったという.日本の犯罪学や刑事政策の世界ではこのような主張はあまり聞かないのではないだろうか.そういう意味ではアメリカはやはり奥が深い.ウォルシュもこの立場に立って論じていきたいとコメントしている.


まず最初にこれまでの犯罪学の主流派の生物学の取り上げ方について触れている.ウォルシュによると,犯罪学はこれまでひたすら生物学に対して敵意を燃やしてきたということになる.そのよい例はどの教科書もロンブローゾの理論の破綻を取り上げて,以後一切生物学的な視点は取り上げないという方針を貫いているところに現れているのだそうだ.確かにロンブローゾは,ヒトの形態的特徴を分類して,それによって個人の犯罪傾向を予測できるという主張を行っているので,それは人権派からは最低の主張になるだろう.しかしロンブローゾの誤りは,主張が事実と異なっているところにあったのであり,犯罪を生物学的な視点からもとらえようとするアプローチ自身についての判断についてはもう少し丁寧に考えるべきだろう.
そしてウォルシュは,主流の犯罪学の思考はそこで止まってしまって,それ以降の生物学には無知であると断罪している.犯罪学はイデオロギー的に理論選択しているのだそうだ.これは例えば,刑罰について教育刑という考え方(刑罰により犯罪者の更正を図る)が応報刑の考え方(被害者の感情を配慮する)より望ましいというようなことだろうか.ウォルシュは,犯罪学はもっと勉強しなければならないと主張している.同僚の無知ぶりに手を焼いている様子が窺えて面白い.


ここから,犯罪学者が何について特に無知なのかが説明される.ウォルシュが同僚の犯罪学者にいつも請け負うのは,1.生物学を恐れる必要はない,2.生物学は環境を重視している,ということだという.彼等は生物学が環境を重視していることを知らないのだ.
またウォルシュは,犯罪学者は環境だけでなく,生物学的なものの重要さに気づかなければならないとも主張している.このあたりにも遺伝か環境かの二分法的な誤解が広範囲に広がっている雰囲気が窺える.
ウォルシュは,行動パターンも進化の産物であるとし,社会科学者は受け入れないが,それ以外に説明はないといいきっている.そしてお定まりの警告として,適応的な説明は犯罪者の動機を説明しているわけではないことを理解しなければならないとも主張している.このあたりは生物学的な説明と自由意思,そして責任の問題が見え隠れしている.


では実際に犯罪学に応用可能な生物学的現象にはどのようなものがあるのだろうか.


ウォルシュはまず協力行動と「だまし」のニッチをあげている.
殺人などの現代的には不適応行動が,進化的に適応であり得たのか?ウォルシュはそれはEEAにおける適応であり得るし,また特定の犯罪行動自体が適応では無くその背景の心理メカニズムが適応であり得ると主張している.このあたりは進化心理学の通常の理解だろう.
ウォルシュの主張をまとめると以下のようになる.

だまし,利己的行動は,条件によって有利になりうる.ゆえに条件的な行動パターンとして進化しうる.ほとんどの進化心理学者は犯罪を条件付の戦略と理解している.
ヒトは高い社会性を持ち,ほとんどの人は,無条件にだましたり利己的に振る舞ったりしないのだ.また逆に無条件にグループのために行動することもない.互恵,血縁など利他的な行動によって自分の利益が図られる局面は多いのだ.
そして社会は協力とコンフリクトにあふれていて,だましのニッチが生じる.これは多くの動物でも観察されている.そしてだましは将来拒否されるというコストがある.
囚人ジレンマゲームではコミュニケーションがあればより協力的になる.評判も重要な機能を持つ.
評判が広がらないような新しい環境に常に移る場合にはだましが有利になる.一部のサイコパスの行動.大都市はこれに近い.
犯罪が欠陥遺伝子によって発現すると考えるものはいない.

そしてこのような普遍性は条件により犯罪が増減することでわかるといっている,このあたりは犯罪学者ならではだ.
例としては,ハンガリー,ロシアなど共産主義の崩壊と犯罪率の上昇をあげている.これは社会的な規制が崩壊して一部の人たちの閾値を越えたと解釈できる.これは通常の社会学的な説明と非常に近いものだろう.進化心理学的にはシカゴの地域ごとの殺人率などの研究でおなじみの部分だ.




関連書籍


アンソニー・ウォルシュは多くの本を出している.私は直接読んだことはないが,一部を紹介しておこう.


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