「The Greatest Show on Earth」 第2章 イヌ,ウシ,キャベツ その2

The Greatest Show on Earth: The Evidence for Evolution

The Greatest Show on Earth: The Evidence for Evolution


さて進化を受け入れるには「種の不変性」を打ち破らなければならないと考えたダーウィンは「種の起源」冒頭で家畜の議論を行っている.ドーキンスダーウィンが後に家畜と栽培植物について一冊の本「飼育栽培下における動植物の変異」まで出していると紹介している.これは,もともとは種の大著の一部として構想され,1868年に出されたものだ.


ドーキンスは家畜と栽培植物のうち,種の不変性を打ち破るのによい例はキャベツとイヌだと言っている.カラー図版にも様々なキャベツの原種から生まれた品種(カリフラワー.ブロッコリ,コールラビ,ケール,芽キャベツ,スプリンググリーン,ロマネスコ,そしてキャベツ)の写真とチワワとグレートデンが並んだ写真が載せられている


ドーキンスはイヌについて,ダーウィンは当時の学者と同じく,イヌは数種のイヌ科の動物(オオカミ,ジャッカルなど)の雑種だと考えていたが,現在ではオオカミの単一起源であることは確実だと紹介している.確かに「飼育栽培下における動植物の変異」について前半部分を読んだことがあるが,イヌが単一起源でないことについては大変残念そうな書きぶりだった.


さてドーキンスの議論は家畜化が持つ形態や行動の変形能力,特にその速度に進む.これは自然淘汰と同じ過程であり,厳密に言うと育種家が変化させているのは,形態そのものではなく遺伝子プールだ.
この遺伝子プールという概念はメンデルの遺伝的粒子の概念を持ってはじめて意味を持つ.メンデルの遺伝粒子はあるかないかの二値を持つシステムだ.遺伝は絵の具を混ぜるような様式ではなく,カードをシャッフルするような様式で伝わるのだ.現在私達はその物質的な基礎DNAまで知っている.


後付けの知識でいえば,オスとメスが交尾してできるのはオスかメスであり,中間形ではないことを考えると,この遺伝情報がデジタルで伝わり混じり合わないということは自明のことだった.
ダーウィンはこのことについてどこまで気づいていたのか.ドーキンスは,ダーウィンはかなりそれに迫っていたが,その本当の重要性までは理解していなかったのだろうと言っている.
1886年のウォレスへの手紙にはこうあるそうだ.

私が「混じり合わない変異」といっていることについて,あなたが理解していないのではないかと思っています.それは繁殖力のことではありません.例をあげるとわかりやすいでしょう.私はペイントレディとパープルスウィートという2つのエンドウマメを交配しました.この二品種はまったく色が異なるのですが,子孫はそのどちらかの色を持っていて,中間色のものは生じないのです.このようなことはあなたのチョウについても生じていると思います.・・・・・

このような現象はとても興味深いのですが,これらが世界中のメスからオスとメスという2つのまったく異なった形態のものが生まれることと同じぐらいリアルな現象なのかどうかについてはわかりません.


ここからはドーキンスの十八番の遺伝子プールの解説がある.
イヌの品種を確立させる場合には交配を制限した純血種の遺伝子プールを作る必要があること,最初は雑種から作る場合もあること,(英国にはラブラプードル協会という(ラブラドールレトリバーとプードルの)ハーフ犬愛好家団体があって,その中には,このまま雑種一代のラブラプードルを飼っていけばいいという考え方と,ここから育種して真の血統にしようという考え方の2つがあるそうだ)突然変異がもとになる場合もあること(ダックスフントの足が短くなる遺伝子についても解説がある),ネオテニー,アロメトリック成長の成長率調整,などが取り扱われている.


そしてイヌからわかる教訓として,「遺伝子プールへの淘汰によって形態や行動を変えることがいかにやさしいことかがわかる.おそらく少数の遺伝子により大きく変化しているのだろう.進化は数百年で大きく進展する可能性があるのだ.」とまとめている.


さてドーキンスは本章の最後で,人間について育種が可能かという話題を取り上げている.
まず筋肉質のウシの品種ベルジアンブルーを紹介する.これは「ダブルマッスリング」と呼ばれる遺伝子変異によって作られたもので,筋肉の発達を抑制するミオスタティンの形成ができなくなっている.この写真がカラー図版にあるが,確かにものすごいウシだ,(もっとも商業的にはあまり見かけないようだから,何らかの点で経済性はないのだろう)そしてこれはまさにボディビルダーの体つきそのものだ.


ドーキンスは「優生学に反対のイデオロギーが,時に「そんなことはできっこない」という形で吹き出すことがある.しかしそれが道徳的に正しくないことと,現実に可能かどうかは別の話だ.」と前置きしつつ,現実にヒトにおいても育種改良が可能だと思われるものについて以下のように書いている.

  • 可能だと考えられるもの:優秀なボディビルダー,ハイジャンパー,砲丸投げ選手,素潜り,相撲力士,短距離スプリンター
  • 可能だとは思うが,動物に先例がないので絶対とは言えないもの:素晴らしい音楽家,詩人,数学者,ソムリエ

前者が可能だと思うのはあるのはイヌやウマの競走用品種で実現しているからだ.後者についても,そのような認知能力に関しても明確に育種に失敗したケースはないのでおそらく可能だろう.牧羊犬やポインターのことを誰が事前に予想できただろうか?
乳牛と同じような乳生産をウマに実現させることは可能だろう.そしてそれはヒトでもできるだろう.


なかなか危なそうな地雷だが,もはやドーキンスを阻む話題はないということだろうか.



関連書籍


The Variation of Animals and Plants Under Domestication (Foundations of Natural History)

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もともとフジツボを仕上げたダーウィンが「種の大著」として書き始めた最初の「家畜と栽培植物」の部分を後に2冊の本にしたもの.第1巻は様々な家畜や栽培植物を取り上げ,第2巻ではその変異からわかる遺伝の法則についての著述になっている.ダーウィンは特にハトについて詳しく書いており,それはハトが明らかにカワラバトからの単一起源だと考えたからだと思われる.結局「種の大著」の構想はウォレスの手紙から急変した事情によって放棄され,その簡略版としての「種の起源」が出版されることになる.
それにしてもこの調子で書き続けていったなら「種の大著」はどのぐらいの量になったのだろうか.私達は「種の起源」があのぐらいのコンパクトな形に収まっていることについてウォレスに感謝すべきなのだろう.



マンアフターマン―未来の人類学

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ヒトが,育種(人為淘汰)や自然淘汰によりどのぐらい変われる可能性があるかを目に見える形で示した本.遺伝子操作も含んでいるので厳密にこのドーキンスの議論と同じではない.なかなか衝撃的な本だと思う.