「Co-ed Combat」

Co-ed Combat: The New Evidence That Women Shouldn't Fight the Nation's Wars

Co-ed Combat: The New Evidence That Women Shouldn't Fight the Nation's Wars


ちょっとわかりにくい題名だが,あえて訳せば「男女共学の戦闘」ということになるだろうか.キングズレー・ブラウンはアメリカの法学者で雇用差別がもともとの専門.雇用における性差別の問題を考察する中で進化心理学的な理解を深めてきたようだ.Divided Labours: An Evolutionary View of Women at Work(邦訳「女より男の給料が高いわけ」)においては,フェミニストのガラスの天井の議論に対して,男女における職業にかかる自発的選択の性差が昇進格差,給与格差の原因の一部であることを主張していた.本書では軍隊における問題を取り扱っている.


本書を通読して日本人読者にとってもっとも印象深いのは,アメリカのフェミニストの徹底的なすごさだ.彼女たちは(現場の女性兵士はまったくそんなことを望んでもいないのに)何とアメリカ軍の地上戦闘部隊にも女性が参加するべきだとの主張を行っており,その「政治的正しさ」旋風の前に軍は屈服しているようなのだ.本書はイデオロギーに満ちたフェミニストの「政治的正しさ」言説とそれに屈服する軍が,いかに軍隊にコストをかけ,軍隊を弱くしているかを切々と訴えるという内容になっている.(なおこの「政治的正しさ」言説はハリウッドにも浸透しているとしてスターシップトルーパーズのプロットの非現実性,G.I. Janeの主人公の動機の非現実性を厳しく指摘している.著者の立場から見ると女性モビルスーツパイロットなどという存在ももちろん非現実的だということになるだろう)


ブラウンの指定するコストは多岐にわたっている.まず身体能力が平均して大きく劣っていること.これは当たり前だが実際の戦闘局面やパイロットの非常時には大きなハンディになる.またこれは男女混成の訓練過程を難しくしている.
次に心理的な性差の問題がある.女性は平均してリスク回避的であり,より恐怖に弱く,暴力を好まない.保護的で共感的だ.また現実のデータでは痛みにも弱い.(時に女性は分娩機能から痛みにより強いと主張されることがあるようだ)またメカ,地図などにかかるパイロット能力に関する認知的な適性も低い.これらは戦闘能力にとってコストとなる.
またこの部分では,初歩の進化心理学の解説があり,性差が文化的要因のみで作られることはないという説明が丁寧になされている,

この身体能力についてフェミニスト陣営は現代的な戦闘はもはやそれに依存しない様なものに変わっていると主張するらしい.ブラウンは具体的な例を挙げて決してそうではないことを力説している.現代の戦闘においても最後は肉体を使った格闘になることがあるし,重いものを運ぶことはよくある.また機械が壊れたときには人力が最後の手段になることも多いのだ.
フェミニストは飛行機の操縦は問題ないと主張するらしいが,ブラウンは故障したときには力が重要になるし,撃ち落とされて地上での格闘,あるいは捕虜となることは当然考えておくべきだと指摘している.そしてそもそも戦闘機乗りの資質は,経験的にみて特殊な限られた男性に多いのだと付け加えている.


次に心理的な性差と戦士としての資質についてもう少しフォーカスしている.地上戦において兵士が死のリスクをとって突撃するもっとも強い動機は「仲間に臆病者と思われたくない」ということだそうだ.これは男性間の小グループでの地位に関する進化的な心理だというのがブラウンの解説だ.また戦闘における最も重要な阻害要因は「殺すこと」に関する忌避だ.この両者とも平均して女性兵士の戦闘能力を大きく下げる要因になる.

また善悪とは別の問題として,戦争における破壊について男性はこれを楽しむことができるし,実際男性の中の一定割合のものは戦争に進んで行きたがる.志願する最も大きな動機は「充実したエキサイティングな瞬間を生きたい」というものだ.進化的には戦争に参加して英雄になった男性はもててきたということはあっただろうとブラウンは推測している.
ブラウンは要するに「戦争の魅力は男らしさにある」のだとまとめている.このような魅力は男女統合軍では失われるだろう.それはリクルートにおいて大きなコストになる.


ブラウンの次の指摘は男女が同じグループにいると何が生じるかという問題だ.
進化心理的な要因から,男性同士のグループは強い連帯,規律,仲間への信頼,グループへの忠誠心が生まれる.これは非常に強くて短いもので,男性の小グループがタスクを共有することでのみ生じる.新人いじめなどの加入儀式,グループ内での競争によって強化されることも特徴だ.このような心理は軍隊にとっては不安を抑え,痛みに耐え,英雄的行為を生むという効果がある.男女統合部隊ではこれは失われる.
次にリーダーシップの問題がある.男性兵士が実際の戦闘で命がかかった命令に従うかどうかはリーダーとの感情的な絆が大きな要因になる.リーダーとして認められるのには進んでリスクをとり,危機において慌てないという資質が重要だ.これも男性と女性では大きな差がある.これは教えられてできるものではない.
また上記と関連して,是非はともかく男性は自分の戦闘部隊に女性が加わることやそのリーダーが女性であることを嫌がるのだ.これも進化心理に根ざしていて教育や訓練で完全に克服するのは難しい.


次に男性には女性と子供を守ろうとする心がある.ここではこれは進化心理に基づくものかアメリカ文化によるものかは明確に述べられていないが,アメリカの男性は女性を守るという行動が期待されるという教育を受けており,それが規律となっている.これは男女統合部隊が戦闘に入ったときに,非効率的な行動を生み,また敵からそれを利用する攻撃を受けるリスクを生む.また女性兵士が捕虜になったときに,男性捕虜は敵の尋問に対し女性に乱暴するぞという脅しに屈しやすいだろう.

また部隊に若い男女がいると性的関係が生じる.特定の男女の絆は,ペアの利益とグループの利益のコンフリクトを生むだけではなく,性的嫉妬心を生みグループの連帯を壊す.また上官と部下に生じれば人事的な公平感も壊れる.そして当然軍隊内でのレイプという問題も生じる.さらにレイプだったか同意があったかという争いなどの様々なスキャンダルが軍内で生じる.このような問題を軍に大きなコストを生じさせる.


ブラウンは次に,軍が公式に男女統合にコミットし,何ら問題はないと主張しているために,様々なダブルスタンダードが生じ,政治的正しさのために軍の本来の目的が犠牲にされていると指摘している.
このため体力訓練の基準は女性に合わせて下がり,鍛錬は甘くなる.女性のみシャワーの特権が認められ,生理や妊娠を理由にいやな仕事への忌避が生じる.(場合によっては忌避のために意図的に妊娠することも生じる)これは部隊内の平等感を破壊する.
また軍が公式にコミットしているために,女性兵士が軍の効率を下げるという言説を行うことは軍におけるキャリアを放棄することになってしまう.この結果内部からは誰もこのことに関して問題提起できないし,それにかかわるデータも軍からは出てこないし,レポートも偏向する.メディアも当然男女統合軍を持ち上げるような方向に偏向し,勇敢な女性兵士の話は大きく取り上げられる.これらはいずれも現場の男性兵士のモラルを大きく下げてしまう.


ブラウンは最後にいくつか個別問題を提示している.
女性兵士が戦闘部隊にいると捕虜になるリスクが増え,そこで敵にレイプされるリスクも増えること,軍における妊娠は,軍のロジスティックスの効率を下げるとともに,シングルマザーの苦境を作り出してしまうこと,戦場においては生理の処理が難しいことをあげて,本当にフェミニストはこのような女性にとってのコストを理解しているのだろうかと疑問を呈している.

また男女統合軍は軍の男らしさを減少させるが,それは男性のリクルートに大きな影響を与えるだろうと指摘している.これは伝統的なチャレンジを求める男性の志願を減らし,軍務を単なる賃金仕事に変えてしまうものであり,どのみち女性の志願は多くないのだから,リクルート全体ではマイナスの効果があるだろうと主張している.

フェミニストは女性の戦闘部隊参加について「もし女性が望めば参加を拒否されるべきではない」という議論を行っている.これは現在のような志願制では成り立つが,もし何らかの危機において徴兵制になれば,成り立たない議論だ.ブラウンはその場合フェミニストは望まない女性が戦闘に放り込まれるのをよしとするのだろうか,世論としてそのようなことを受け入れるだろうかと問いかけている.


ブラウンの議論は網羅的で,問題点を広く深く取り上げて指摘し,片方でフェミニストサイドの非現実的な議論をたたくというスタイルになっている.残念ながら軍から公式のデータが出てこないために統計的な議論はできていないが,随所に挟まれるエピソードは具体的で,セクハラの訴えによる訓練の弱体化やスキャンダルへの過剰な反応などの実話が,現場での男性兵士の「やってられなさ」を浮き彫りにしている.


本書はフェミニストの「政治的正しさ」に屈し,現場を軽視する軍本部の実態を指摘し,その結果軍が非効率になり弱体化しているのを憂いている本ということになるだろう.当然フェミニストからは,それは社会が受け入れるべきコストであり,本書は極右保守反動ということに決めつけられるのだと思われる.(著者は法学者だが,進化心理学への敵意も増加することになるのだろう)しかし軍や警察や消防の危険な最前線では,伝統の裏にある合理性を尊重し,効率優先で良いのではないかというのが素直な感想だ.フェミニストは立場上も女性が望む限りどんな職場も開放すべきだと言い張るしかないのだから,受け入れてしまった軍がおかしいのだろう.実際アメリカでは陸海空軍は屈服してしまったが,海兵隊はなおマッチョ路線を守れているらしい.
ブラウンも最後の方で,これは突き詰めると個人の権利か社会の幸福かという問題だと言い,結局軍は社会全体を守るための戦争組織なのであり,社会全体のためには個人の権利は制限されなければならない場面があるはずであり,戦闘部隊の効率性はそれに該当するのではないかと問いかけ,フェミニストはどうせ軍が嫌いなのだからこのような主張をするのもわかるが,現場の女性兵士の「何故,周りの男どもが私を守りたいと思ったり,私を巡って性的嫉妬をしたり,私が妊娠する可能性があるからといって,私が何かをすることが制限されなければならないのか」という主張に軍が全面的につきあうべきではないと主張している.
読みながら自衛隊ではどのようなことが生じているのかちょっと気になってくる読書であった.



関連書籍


キングズレー・ブラウンの本


これは職場における男女差別,ガラスの天井についての本.女性側の職業選好が大きく要因として効いているという主張だ.

Divided Labours: An Evolutionary View of Women at Work (Darwinism Today series)

Divided Labours: An Evolutionary View of Women at Work (Darwinism Today series)

邦訳

女より男の給料が高いわけ 進化論の現在 (シリーズ「進化論の現在」)

女より男の給料が高いわけ 進化論の現在 (シリーズ「進化論の現在」)


同じ題材をより深く論じた本のようだ.未読

Biology at Work: Rethinking Sexual Equality (The Rutgers Series in Human Evolution)

Biology at Work: Rethinking Sexual Equality (The Rutgers Series in Human Evolution)