HBESJ 2009 FUKUOKA 参加日誌 その2

 
第2回日本人間行動進化学会参加日誌 大会初日 その2
shorebird2009-12-23
大会は初日の午後の口頭発表が終わり,そのままフロアでのポスター発表の時間になる.面白かったものをいくつか紹介しておこう.


ポスター発表



「他者の攻撃能力を低下させる表情としての微笑み」 田村亮


対人関係で微笑みを見せるというのはどういうシグナルかという研究.発表者はこれを攻撃しないという正直なシグナルだと解釈していて,もしそうなら相手もそれを信頼し,無駄な攻撃能力を低下させるようになっているのではないかと考え測定してみたもの.確かに微笑みを見せられた人の握力が低下することが示されていてなかなか面白い.
そもそもこれがどうして正直なシグナルになっているかというのは大変興味深い問題のように思われる.


「目周り.口周りの笑顔強度および左右対称性が信頼性判断に及ぼす影響:日米比較」 大園博記


笑顔のどの部分に信頼性を上げる効果があるかを日米比較したもの.日本人参加者は左右対称性を重視し,アメリカ人参加者は目や口の笑顔強度を重視していることがわかった.文化的な要因だろう推測していたが,このような無意識的な判断の基礎としてなかなか興味深い.


「今日は勝ったから奢ってやる:コストリーシグナルとしての“ギャンブル”」 平石界


狩猟採集社会において,男性は狩りの獲物を広く分配することで自分の配偶者としての質を宣伝しているという仮説があるが,これを現代社会において検証してみたもの.
男女各1000人程度におけるWeb調査の手法をとっていて,宝くじ(単純な運)で100万円を得た場合,公営ギャンブル(自分のギャンブラーの腕がすこし関与しているという想定)で100万円を得た場合,さらに自らの能力では勝率80%となるゲームを行うとして,1回勝負で100万円を得た場合,1回あたり1万円で積み重ねて100万円勝った場合(より能力の故の獲得物という想定),この4通りで,それぞれこの100万円のうちいくら友人に奢るかをアンケート調査したもの.
結果は明瞭で,男性であるほど,未婚者であるほど,自らの能力で稼いだと考えられる状況であるほどより友人に多額に奢ることが示された.

非常にエレガントな結果で印象的.なお当然ながら友人ではなく恋人にいくら奢るかという質問ではより強い傾向が観測されるそうだ.次はアンケート調査ではなく,実験的に調べたいということだった.


「女性の繁殖条件が交際相手の行為感情・恋愛感情に及ぼす効果」 富原一哉


女性の男性に対する判断は,行為感情に基づくものと恋愛感情に基づくもので異なっているという心理学的知見があるが,その区分と,短期的配偶戦略と長期的配偶戦略の関係を調べてみたもの.一部短期戦略と恋愛感情に相関があるが,全体ではどちらの戦略時にも両方の感情が表れるという結果だった.着眼点は面白いが,あまりきれいな結果はなかったということだろうか.


「閉経や孫育児行動の進化に関する基礎モデル」 関元秀


ヒトの女性の早期閉経を分析する数理モデルの提示.
基本的な血縁淘汰モデル,おばあさんが孫を世話するときには一度に多数の孫を世話できるとすると収穫逓減則が働いてこれがドライバーになるという効果,人口増加基調の場合おばあさんの孫育て効果は2世代かかるので指数関数としては不利になる問題などを組み込んでおり,一般的なフレームとして使えるという印象.ただしカントのいう家族集団内コンフリクトと血縁淘汰に関する分析フレームは入っていないので,拡張すればさらに面白いのではないかと思われる.


「戦前日本における結核と脚気の死亡率性差」 磯村成利


長谷川眞理子先生の研究をより掘り下げた内容.戦前日本では男尊女卑による子育ての結果,女児の死亡率が不自然に高いという知見について,さらに結核と脚気について調べたもの.結核はその通りで,脚気は逆であったが,これはより白米を男児に食べさせたためだろうと推測されていた.


「表情表出の抑制が他者感情の認知に及ぼす影響」 村田藍子


相手の感情を認知するのに,その人の表情を無意識に真似ることが役に立っているという主張(対立仮説としては認知が先で模倣が後ということになる)を検証してみたもの.被験者に割り箸をくわえさせて笑みがでないようにして感情認知タスク試験をしてみたが,あまり有意な結果は得られなかった.
この結果だけで対立仮説の方がいいという話でもないということだが,いずれにせよ実験風景を思い浮かべるとなかなか味わい深い.


「異性愛一般女性,レズビアン,FtMトランスセクシュアルに見る胎児期男性ホルモン指標」 坂口菊恵


胎児期の男性ホルモン指標としては,左利き比率,2D4D比率などが知られているが,それを一般女性,レズビアン女性,性同一性障害女性(FtM)で比べてみたもの.検証しようという予測は胎児期男性ホルモン被爆は一般男性>ホモセクシュアル男性>レズビアン女性>一般女性となっているのではないかというもの.
左利き比率についてはこの予測と一致した.FtM女性についてはサンプル数も少なかったが全員右利きで一般女性より比率が低いという結果になった.2D4D比率についてはあまりはっきりした結果は得られず,右手のデータだけに限ってみた場合に一般女性>女性的レズビアン>男性的レズビアンという結果が有意になった.
全体として2D4D比率についてはマニングが主張するようなはっきりした関係にはならないのではないかという印象で,またレズビアンと性同一性障害は異なるメカニズムではないかと思われるとのこと.男性の性同一性障害については,様々な態様の人があるらしくあまりきれいなデータがとれないということだった.
基礎的な調査の発表という感じだがなかなか興味深い.


「寒冷暴露時における生理心理反応とミトコンドリアハプログループの関係」 西村貴孝


日本人のミトコンドリアのハプログループのうちDとされるものは大陸由来であるとされている.であれば寒冷地適応の差が観測できるのではないかと考えて計測してみた研究.実際に計測すると10℃の寒冷暴露を行った場合にDグループの方が直腸温が下がりにくく,平均血圧も上がりにくいという結果が得られた.見事な結果だと思われる.
これはミトコンドリア自体が寒冷適応の結果ではないかと推測されていたが,本当にミトコンドリアが異なると体温調節や血圧調節に効いてくるのだろうか?しかし体細胞遺伝子の結果だとするとそれは相当シャッフルされているので考えにくく,ミトコンドリアの結果と考えるほかないのかもしれない.いずれにせよ興味深い.


ポスター発表はそのまま懇親会に流れ込み,片方でポスターの議論が続きつつ博多の夜は更けていくのであった.H先生の4歳のお嬢さんの誕生会も組み込まれ,大変和やかな懇親会となった.


これは会場の西新プラザの前にある樋井川で見かけたユリカモメ