「Sex Allocation」 第5章 血縁者間の相互作用3:拡張局所配偶競争(LMC)理論 その2

Sex Allocation (Monographs in Population Biology)

Sex Allocation (Monographs in Population Biology)


ハミルトンのオリジナルモデルからの次の拡張はクラッチサイズの多様性だ.


5.3 多様なクラッチサイズ


ハミルトンのモデルはすべてのメスが同じ卵数で産卵するという前提に基づいている.この前提が緩めば,それぞれのメスは同じパッチの中で別の性比戦略をとることが予想される.ウエストはメスが逐次的にパッチを訪れる場合と同時産卵する場合に分けて考察している.


5.3.1 逐次的産卵(追加寄生:superparasitism):理論*1


クラッチサイズの多様性についての理論的考察はウェレン(Werren 1980)と鈴木,巌佐(Suzuki and Iwasa 1980)によってなされたのが最初になる.どちらのリサーチも,2匹のメスが同じホストに逐次的に産卵し,後から来たメス(今後「後メス」と呼ぶ)は最初のメス(今後「先メス」と呼ぶ)の産卵数を推定でき,両者の卵の孵化は同時に生じるというケースを想定した.後メスの理論ESS性比は以下の通りとなる.


2倍体生物の後メスのESS性比s2*(後メスのクラッチサイズと先メスのクラッチサイズの比をT,先メスの性比をs1とする)



半倍数体の場合*2



この場合後メスのESS性比 s2*は,そのクラッチサイズと先メスのクラッチサイズとの比Tと負に相関する.つまり後メスのクラッチサイズが小さいとメスへの傾きを下げることになる.これは自分の息子同士の競争が小さくなり,娘の生産による息子の適応度上昇も小さくなるからだと説明できる.クラッチサイズの小さな後メスにとってはLMCの強度が小さいと理解できる.
エストはここでわかりやすい極端な具体例で説明している.

  • 先メスが20卵産卵し,うちオスが2卵だったとする.ここで後メスの産卵数が1であれば,明らかに彼女はオスを産んだ方が有利だ.
  • 息子なら18匹のメスの1/3と交尾でき6メスの産み付ける卵の(遺伝貢献1/2の)親になれる.しかし娘なら1メスの産み付ける卵の(同じく遺伝貢献1/2の)親になれるだけだ.
  • これはある意味で先の産卵メスのメスに傾いた性比に『寄生』したといってもいい.


5.3.2 逐次的産卵:実証


追加的にホストに産卵する後メスの性比が(先メスに比べて)よりオスに傾いていることはいくつかの寄生性の種で観察されている.
エストはその中でまずウェレンのキョウソヤドリコバチのデータ(Werren 1980)を解説している.傾向は理論を支持し,いくつかの外れ値がある.ウエストは外れ値は後メスの先メスのクラッチサイズのアセスメントの不正確性によるのではないか(先メスの性比のばらつきについてはそもそも後メスによってアセスできないはずなので外れ値の説明要因にはならない)と思われるがいずれにしてもよりリサーチが必要だろうとコメントしている.
オルザックとパーカーは様々な系統のキョウソヤドリコバチでリサーチした.(Orzack and Parker 1986ほか)結果は基本的にウェレンのものと同じだがいくつか異なる点もある.まず後メスのクラッチサイズはウェレンのものより大きい(おそらく実験室のチャンバーのデザインによるもの).またうち一つの系統では性比が大きくメスに傾いており,ウェレンはこれを性比歪曲因子のためではないかと疑っている.

エストはその他のキョウソヤドリコバチのリサーチ,それ以外の複数のホストをパッチ状に配置する別の寄生性カリバチのリサーチをいろいろ紹介している.いずれも基本的な傾向は見つけられるが,後メスのアセスメント能力に起因すると思われる外れ値が点在するという結果になっているようだ.


またイチジクコバチについても(通常イチジクに潜り込む時期が限定されるので逐次的産卵モデルはあまり当てはまらないと思われていたようだが)一部の種ではこの逐次的産卵が可能ではないかという議論がなされている.なお自然環境下での観察の報告はないが,ある種(Eupristina belagaumensis )ではNが増加すると性比のばらつきが増えること,Nが2以上で果実から分散するメス数が頭打ちになることが観察されている.(Greeff and Compton 1996)さらに一部の先メスを不妊化したメスにする実験で4〜24時間後に果実に入った後メスの性比のメスへの傾きが低くなることが報告されている.(Kinoshita et al. 2002)これらは逐次的産卵の性比調節があることと整合的だ.


エストはここで実証から離れて別の拡張理論の話に進む.カスリアたちはNを2以上にした場合を考察した(Kathuria et al. 1999).これによるとパッチの全体の性比はハミルトンのオリジナルモデルの予想に近い数字になった.カスリアたちは,これをもって4.4.2で紹介したリサーチは,別のモデルでも説明でき,異なる淘汰要因のもとにあったのかもしれないとしている.
エストは,しかしこれらで働いている淘汰要因は,結局LMCが強くなるとより性比がメスに傾き,そのLMCの強度はNとbroodサイズに依存するということで一貫しているとコメントしている.異なっているのはメスが得る情報で,その結果パッチごとメスごとに性比や性比戦略が異なりうるということだというわけだ.そしてメスごとに最適性比戦略が異なりうることは同時産卵モデルでも実質的には考慮されていて,そのためパッチ全体の性比予測はあまり異ならないことになるのだと説明している.このあたりはなかなか細かいところだが,リサーチャーの間で議論があるところなのだろう.ウエストは将来のリサーチの望まれる方向も含めて細かく解説している.


次にウエストは先メスの性比の問題を取り上げる.逐次産卵モデルは,先メスの最適性比戦略については「後メスが同じパッチに来て産卵する尤度」を組み込んで決定されるとしているが,この実証は,通常先メスの認知を操作することが必要になるので大変難しい.しかしイチジクコバチは種数が多いので,種間比較でこれを実証できる可能性がある.実際にヘーレによるパナマのイチジクコバチの種間リサーチでは先メスの性比は,パッチが単独メスにより寄生される確率と負に相関することを示している.(Herre 1987ほか)
イチジクコバチがホストと緊密な共生関係にあって,多種多様な近縁種がいるのは,進化生物学者にとってまことににありがたい状況であることがよくわかるところだ.


エストはさらに理論の前提と実証にかかる微妙で重要な問題を取り上げている.

  • このようなモデルはクラッチサイズなど性比戦略以外の要因がまず独立に決まって,それにより性比戦略が影響を受けることを前提にしている.
  • しかし性比戦略に対して最適クラッチサイズが影響をうけることはあり得る.だから本来はすべての要素への戦略を同時に考えなければならないはずだ.

そしてそのような試みの一つとしてナゲルケルケとグリーフの試みを紹介している(Nagelkerke 1994)(Greeff 1997)これらのモデルは同時に二つの戦略を決めるようにすると二型的な戦略も進化可能であることを示している(例えば卵数制限があると,状況に合わせてオス1卵のみかメスに傾いた大きなクラッチサイズのどちらかを選ぶなど)
エストはこれらはまだ実証されていないが,今後様々な拡張がある有望な方法論だと評している.一般的には,互いに影響を与える様々な産卵戦略は(詳細に依存するが)同時に決まることも多いだろう.だからこのあたりはかなり詰めて考えられるべき問題かと思われる.




 

*1:本書ではこの見出しが誤植になっていて5.3.2の見出しと同一になっている.内容からいって5.3.1で理論,5.3.2で実証という趣旨と思われる

*2:誤植と思われる部分を訂正してある