「進化とは何か」

進化とは何か:ドーキンス博士の特別講義

進化とは何か:ドーキンス博士の特別講義


本書はリチャード・ドーキンスが1991年に英国のロイヤルインスティテューションが主催する子供たち向けのクリスマスレクチャーで講演した内容(全5回)が元になったものだ.レクチャーの題は「Growing Up in the Universe*1.この講演の様子はヴィデオ化されてDVDになり,さらにYouTubeでも公開されている.あちらでも書籍化されたようだが,現在では入手困難になっているところ,新たに編集邦訳され,インタビューを加えて日本語で出されたということになる.

第1章では進化が成し遂げた驚くべき産物を次々に紹介し,そしてそれがヒトの想像を遙かに超えた時間の広がりの中で起こったことを強調し,超自然による説明をはっきりと否定する.
第2章では「なぜデザインされたように見える生物が存在するのか」について説明する.最初にデザインについてかなり掘り下げた後,自然淘汰について,まずイヌの多様な品種などの人為淘汰産物を提示し,そして人為淘汰のコンピュータモデル,自然淘汰のコンピュータモデルを紹介しながら解説している.ここではベイリーの議論の穴(そもそもデザイナーたる神はだれがデザインしたことになるのか)も指摘されていて楽しい.
第3章はよくある自然淘汰への懐疑論「目のような完全なものが漸進的に進化してきたとは思えない」について.目や翼やナナフシの擬態がどのように漸進的に進化しうるのかを具体的に説明し,最後に(当時の創造論者のお気に入りだったと思われる)ミイデラゴミムシの天敵からの防衛のために2種の化学物質を混合させて爆発させる仕組みの進化を解説している.
第4章では「利己的な遺伝子」の中心的な主張である「進化は個体や種のために生じるでのはなく複製子である遺伝子がより複製される方向に生じる」ということを子供向けにかみ砕いて説明している.まず「ヒトに食べてもらいたがるウシ」というばかげたSFを(作者であるダグラス・アダムズ本人を呼んできて朗読してもらって)提示し,進化がヒトのために生じるということはあり得ないことを示す.次に花とハチの共生関係についてそれはお互いが利用しあっている関係だとみることが正確だとし,そしてコンピュータウイルスには目的も何もなくただ増えるから増えるものであることを解説する.そしてようやくヒトやゾウやアリなどはDNAが次の世代のDNAを複製するために作る装置だとしてみることができることを説明している.
最終第5章ではヒトの脳を扱っている.これまでの4章と違って特に著書で主張してきた部分ではないところであり,またまだ定説のないところでもあって自由に考察していて面白い.錯視の例をいくつか提示した後で,脳はシミュレーション装置として進化してきたのだろうとし,それは「自促型」(正のフィードバックがかかることをこう呼んでいるようだ)のスパイラルに乗ったのだろう,そしてその際には言語やテクノロジ−*2が重要だったのかもしれないと考察している.


ドーキンスが練りに練って創った講演だけあって,進化の入門レクチャーとしてすばらしく明晰でわかりやすい講演になっている.訳者あとがきでも触れられているが,20年前の講演であるにも関わらず,ほとんど内容が古くなっていないことにも驚かされる.本書では書き起こしに際してレクチャーの際に使用された図や模型の写真がふんだんに挿入されていて,レクチャーの臨場感の再現にも成功している.最後のインタビューもこれまでの著作について順番に壷をついたインタビューがなされていて,初めてドーキンスに触れる若い読者へのよい導入になっている.訳も生き生きとしていて読みやすい*3
若い人向けの進化の入門書として意義のある邦訳だと思う,さらに興味があれば英語の勉強をかねてYouTubeでレクチャーの原語視聴に挑戦することもできる.そういう意味でも優れた素材と言えるだろう.


関連書籍ほか


この講演は書籍化されているようで,検索するとこれがヒットするが詳細は不明.現在入手困難のようだ.

Growing Up in the Universe

Growing Up in the Universe


YouTubeに動画がアップされている.第1回分はこちら https://www.youtube.com/watch?v=jHoxZF3ZgTo
http://youtube.com/watch?v=jHoxZF3ZgTo



 

*1:ドーキンスはまえがきでこれには3重の意味があると解説いている.個体の発生,生命の進化,そしてヒトによる世界の認識の進展だ.

*2:この部分でヒトが自然淘汰を理解しにくいのは,テクノロジーの進歩によって身の回りにはデザイン産物にあふれすぎているからではないかとも述べていて面白い.

*3:これは訳者の文体ということなのだろうが,本書全体で「ですます」体と「である」体が混在している.そしてこれは私が古いということなのだろうが,そこには抵抗がある.基本どちらかにそろえて,ここぞというところで破格を用いる方が美しいと思う.なおあえて細かな部分を指摘させてもらうと,ハンマーオーキッドにだまされるハチを「スズメバチ」としているのは間違いだろう.また細胞膜とすべきところ細胞壁としている部分も一カ所ある.