「野生のオランウータンを追いかけて」



本書は東海大学出版部の「フィールドの生物学」シリーズの1冊.マレーシアのボルネオ島のオランウータンのリサーチャーの研究物語だ.著者の自伝的物語が4割,リサーチ物語が4割,オランウータンについてのあれこれが2割という感じの本になっている.

著者の研究者になるまでの物語は豪快だ.高校2年生の時にオーストラリアの2ヶ月ホームステイに参加するが,そのときのホストが動物学者だったことがきっかけでアフリカの野生動物に関わりたいと志すようになり,3年生の高校進路希望調査で「アフリカ」と書く*1.卒業と同時にケニアに一人渡航,現地で半年スワヒリ語を学んだ後にナイロビ国立公園内の動物孤児院のボランティアに潜り込む.そこで初めて野生動物関連の仕事を持つには専門知識が必要だと言うことに気づき,研究職を目指すことにするが,さらに世界中を放浪してから帰国し,20歳にして日大の生物資源科学部に入学する.学部生になって初めて研究職になるには大学院に進まなければならないことを知り,野生生物調査のお手伝いをしながら日大を卒業し,宮城教育大学修士課程に進む.そこで伊沢紘生の指導の元でニホンザルのリサーチを行うが,そこには博士課程はなく,ニホンザルのリサーチを続けたいと東京工大の幸島司郎に相談すると,オランウータンを提案され,その場で進路を決めて,東京工大の博士課程に進み,1年目からボルネオの長期調査を始めるのだ.何という猪突猛進.熱意と行動力があれば道は開けるというところだろうか.

オランウータンの基礎教養講座*2の後,ボルネオでの調査地立ち上げの苦労話がかかれている.東京工大にはそれまで特にオランウータンを扱ってこなかったのでリサーチ体制も1から構築しなければならないのだ.調査地を決め,様々な交渉ごとにガッツでぶつかっていく様子や現地の人々との様々なふれあいやどたばたが詳しく語られていて,このあたりも読んでいて面白いところだ.

この後はリサーチ物語になる.まず最初の障壁はオランウータンを見つけることの難しさだ.それを乗り越えるとあまり動かない(そして社会的接触もほとんどしない)オランウータンをずっと見張らなければならないというつらさ(一旦見失うと再度見つけるのが難しい),厳しい環境(湿度,ヤマビル,謎の感染症,大量の虫など)などが待っている.熱帯林のリサーチはなかなかシビアだ.

オランウータンの基礎講座その2*3の後,リサーチを通じてわかってきたことが書かれている.基本的に何を食べているか,その季節変化,一斉結実の時にどうなるかなどだ.
並べると以下のようになる.

  • 食べ物は基本的に果実中心でその季節にあるものを食べるが,いくつか栄養素の関係で好みがある.
  • 果実以外で堅果,葉,樹皮も食べる.一斉結実時にはより好む果実の比率が高くなる.
  • 季節や一斉結実にしたがって個体密度も変化する.

あまり驚くようなものはなく地味だが,詳細は味わい深い.

最後に研究者としてオランウータンの絶滅危機についても解説がある.やはり最も重要な問題は住みかである熱帯雨林の伐採(特にパーム油用のアブラヤシのプランテーションのための伐採)のようだ.著者は最後にこの問題に関心があれば,日本で食品を購入するときにRSOP(持続可能なパーム油のための円卓会議)認証商品を選ぶように呼びかけて本書を締めくくっている.

全般的に叙述は淡々と控えめだが,突き進んでいく著者の迫力は十分だ.オランウータンの野生の姿もよくわかる.若手研究者の体当たりリサーチ物語としてよく書けている本だと思う.


 

*1:指導担当教師や親御さんの戸惑いはいかばかりだっただろうか,そこは残念ながらあまり書かれていない

*2:オランウータンはかつて1属1種とされていたが,現在ではスマトラオランウータンとボルネオオランウータンは別種とされているそうだ.

*3:性別年齢の外見上違い,社会構造などが解説されている.なおなぜゴリラやチンパンジーと違って体色が茶褐色なのかについて「枯れ葉擬態説」が提唱されている.