Language, Cognition, and Human Nature 第1論文 「言語獲得の形式モデル」 その15

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VII アンダーソンの言語獲得システム:LAS その2


ピンカーはここからLASの評価に入る.
 

<LASの評価>

  • LASは印象的な試みだ.アンダーソンだけが意味論ベースのヒューリスティックスを用いてある程度まであり得そうな言語獲得の成功を提示できたのだ.
  • さらにLASには能力拡張の可能性がある.LASは単にサンプルを受け入れるだけだが,別の話者と対話可能にすれば,疑問文,条件文,命令文などの構造も扱えるようになる可能性がある.またより子供らしい(動作主,動作,所有主,所有.目的物.場所などの)カテゴライズを行えば,能力はより子供に近づくだろう.意味論的世界を少しずつ広げていけば,子供の言語発達段階に該当する発達ステージを経ることができるかもしれない.
  • とはいえ,これらは実際に示されているわけではない.ここではLASの限界に焦点を当てよう.
  • アンダーソンはLASについて楽観的だ.彼のような楽観的立場によると学習者の生得的な制限は認知的表現構造にのみあることになる.ここでは特に「ほとんどの規則は意味論的な区別に由来するもので,残りはごく些末なわずかなヒューリスティックスによって導かれるに過ぎない」というアンダーソンの中心的主張を考えてみよう.


(1)自然言語はグラフ変形条件に従うのか

  • グラフ変形条件をみたすということ(ツリーフィッティングヒューリスティックスはこの前提に依存している)は自然言語が文脈自由言語でなければならないということ(そしてこれは言語学者のほとんどが否定している)を意味する.
  • そして実際の言語には多くの枝の交叉する文が存在する.アンダーソンはこれらの反例を何故無視できるのかを説明すべきだ.
  • 枝の交叉のある文の1つの例は「respectively構文」だ.

ピンカーは「Shutt and Lafleur passed and scored, respectively.」という例文を挙げている*1

日本語では「それぞれ」を使うだけでは多義的になって,きれいな「respectively構文」にはなりにくいようだが,文脈的に可能なら十分意味論的に交叉する文が許容されるだろう.
「おじいさんとおばあさんは,それぞれ,柴刈りのために山へ,そして洗濯のために川へ行った.」
セーラームーンとタキシード仮面は,それぞれ,キューティームーンロッドを振り,バラの花を投げた」

  • 同様なもう一つの文例は語順ではなくケースマーカーに意味論的役割がある言語に見られる.こういう言語ではある語句に属する要素が二番目の語句の要素を妨げ.その結果別の語句のマーカーとして働くことが可能だ.

ピンカーはこのような言語の例としてロシア語やラテン語をあげているが,例文は挙げてくれていない.日本語もこのような言語に近いと思われるが良い例文は思い浮かばない.

  • もう一つのクラスの反例は不連続要素に見られる.それは交叉しても文法的に独立性を保つのだ.

ピンカーのあげる例文は「Irving threw the meat out that had green spots.」だ.

ここではthrow outという熟語の真ん中に目的語が入り込んで枝としては交叉する.同じようなことは助動詞と動詞によっても生じるとピンカーは指摘している.
このような構文を作る熟語は日本語にもあるのだろうか.ちょっと思い浮かばない.

  • アンダーソンはこれらの交叉文例についてツリーフィッティングヒューリスティックスが扱わなければならない構文から除外し,それらは「意味の持たない形態素」を含んでいるからだという理由を挙げている.しかしこれはおかしい.「throw out」の場合の「out」はここに「up」「around」が入る場合と比べて意味が異なってくる.
  • しかしそもそもoutがツリーのどこに来るべきかについては明らかではない.もし「throw-out」が1つのノードを形成すると考えれば,「out」は別の方法で文に挿入されていると考えることもできるだろう.であればこのヒューリスティックスはこの形態素を扱う必要はなくなる.
  • 自然言語の想定上のユニバーサルとしてすべての文にアプリオリに適用できるという意味でのグラフ変形条件は批判されるべきではあるが,ヒューリスティックスで扱う方法を作れないわけではない.そういう意味ではこのグラフ変形条件を否定することはできないだろう.


熟語や助動詞については1つのノードにまとめるということで良いだろうが,「respectively構文」をヒューリスティックスで扱う方法についてピンカーは解説してくれていない.ちょっとわかりにくいところだ.
ピンカーの吟味はさらに続く.

*1:Steve Shutt, Guy Lafleurは二人とも1970年代にNHLのMontreal Canadiensで主力(ポジションはそれぞれレフトウィングとライトウィング)として活躍した有名なプロアイスホッケー選手のようだ.