「生物時計の生態学」

生物時計の生態学?リズムを刻む生物の世界 (種生物学研究)

生物時計の生態学?リズムを刻む生物の世界 (種生物学研究)


本書は種生物学会によるシリーズの最新刊.今回は生物時計がテーマだ.周期,メカニズム,生殖隔離への役割,リサーチ法と4部構成になっている.

第1部 さまざまな生物のさまざまな周期

冒頭の第1章の陶山佳久によるタケの話はいきなり面白い.タケやササは60年とか120年とかの周期で開花して世代交代するという話は大昔に読んだことがある.なぜそのような生活史が進化するのかは確かに興味深い問題だ.しかしさすがにこれは研究しにくい素材のようで,あまりその後の進展を聞いたことはなかった.本書ではそこに焦点が当てられている.ここはとても面白いので少し詳しく紹介しよう.

冒頭ではこの問題の見取り図が示されている.まず現象としてタケ集団が長期周期で一斉開花してその後枯れてしまうということが観察される.そしてその間は無性生殖して大きなジェネット(クローンで構成され地下茎でつながるタケの集団)を構成する.この長期周期一斉開花には,親子間競争回避,風媒効率,捕食者飽食などの進化的な説明仮説がある.しかし一方で周期が長いとジェネットが巨大化して中心部分の花では他殖が難しくなるのではないかということが問題になる.
そしてインドのミゾラム州でほぼ48年周期で開花して世代交代するタケが記録されていて,著者たちは4年後の2007年に開花しそうだという情報を入手し現地で長期リサーチを立ち上げる.そしてそのタケは期待通りに一斉開花枯死してくれた.
その結果,同期集団は数千平方キロメートル以上広がっていること,特定ジェネットの一部の桿(ジェネットを構成する1本1本のタケ)は1年早かったり遅かったりすること,さらにごく一部のジェネットは非開花竹林を形成しているようであること,実際にはある程度ジェネットが入り交じって竹林を形成しており大きなジェネットの方が確かに自殖率が高かったが繁殖成功にはあまり差がなかったことなどが観察された.また前回開花時の種子から生じたジェネットが日本でも開花枯死したことからこの開花は内的な時計によって同調しているものと考えられた.
著者はリサーチはなおこれからだと前置きしつつ,ジェネット混在竹林を前提にすると単独開花はジェネット間競争で不利になるために(ESSとして)一斉開花が進化した可能性があり,さらに周りの個体の2倍周期を持つ個体が(ジェネットが大きくなれ,かつ同調開花もできるために)有利になり,それが積み重なって2の累乗の約数を持つ長期周期が進化したのではないかと推測している.
なかなか説得的な仮説で面白い.一回生殖と多数回生殖,さらに近隣ジェネット間のリソース競争をモデル化したら面白そうだ.


第2章は山本誉士による海鳥の月次リズム.バイオロギングの結果オオミズナギドリが1ヶ月周期の行動パターンを示していることが明らかになる.これは月明かりが夜間の海洋での捕食者回避や採餌行動の効率に影響するためと考えられる.


第3章は佐藤綾による昆虫の潮のリズム.マングローブ林にすむスズムシであるマングローブスズの行動パターンをデータ化すると潮の満ち引きのリズムのパターンを持つことがわかる.この際に海水に触れることで体内時計を調節していることを示したもの.


第4章は渕側太郎によるミツバチコロニーの概日活動リズム.ミツバチのワーカーは互いに接触や振動を通じて社会的同調を起こして概日リズムを形成している.驚いたことにクイーンは特別に大きな影響を持つ.これに進化的な意味があるのかどうかは興味深い.このほかコロニー内のリズム多型,他の社会性動物の概日リズムの社会的同期などが扱われている.


第5章は原野智広によるアズキゾウムシの概日リズムの遺伝的変異.
アズキゾウムシの概日リズムを系統間で比較し,さらに交雑実験によってその変異に遺伝的な基盤があることを示したもの.発育期間との関係も扱われている.

章末には熱帯雨林の(多種間の)一斉開花に関する研究の現状報告がコラムとして載せられている.なお調べることはたくさんある様子だ.

第2部 植物がリズムを刻むしくみ

第2部は植物の生物時計の至近メカニズムがテーマだ.中枢神経系を持たないのでどうしているかがポイントになる.

第6章は多振動子系としての数理的な解析(福田弘和),第7章はいわゆる「短日性」とはなにを指すのかも含めたイネの生物時計についての詳細(井澤毅),第8章は昨年の日本進化学会で講演されていた気温の長期記憶について(工藤洋・永野惇)それぞれ解説されている.メカニズムはそれそれ精妙な進化適応産物だという印象をいだくところだ.

第3部 生殖隔離に関わる生物リズム

種分化においては生殖隔離がどのようになされるかが重要だ.地理的隔離のほか時間的隔離でも生殖隔離は生じうる.そしてその場合には生物時計がポイントになってくるのだ.

第9章は山本哲史によるフユシャクガの種分化.クロテンフユシャクは文字通り冬季に活動するガだが,寒冷地においては厳寒期に活動せずに,初冬型と晩冬型に分かれる.著者は執念の標本集めを決行し,系統地理解析を行う.その結果初冬型と晩冬型の分化が遺伝的にも生じていること,これは二カ所で独立に生じていることを見いだした.


第10章は松本知高による夜咲の進化.
ハマカンゾウキスゲは近縁種だが,ハマカンゾウは橙色の花の昼咲で昼行性のアゲハチョウを送粉者とし,キスゲは黄色の花の夜咲で夜行性のスズメガを送粉者としている.これまでの先行研究で開花時間を制御する遺伝子座が4つ,花色の遺伝子座が2つ知られているので,それらの進化モデルを組みシミュレーションを行ったもの.この結果種分化にはパラメータとして雑種の生存率が重要であることが示された.花色の変化が先に生じても送粉者が減るだけでメリットがないが,夜咲の変化はこれまで利用していなかったスズメガ送粉を利用できるので有利な面がある.このときにある程度雑種の生存率がないと夜咲が広まらない.いったん夜咲が広まると今度は花色の進化も生じうるが,このとき雑種が有利すぎるといつまでも分化が生じない.だから中間域の雑種生存率が重要だということになる.そしてその条件が満たされるなら高確率で種分化か生じることが予想できる.そして実際にこの種分化は複数回独立に生じているという事実とも整合的であるというもの.なかなか面白い.

章末には開花フェノロジーについてのコラム,コオロギの鳴き声のパルススペリオド(「リー」というロングチャープ内の各パルス間の時間間隔)が種識別に重要だというコラムが収録されている.いずれもなかなか深い内容だ.

第4部 生物リズムの研究法

第4部はリサーチャー向けの講座.


第11章は佐竹暁子による数理アプローチ講座.しかし題材には著者の植物のデンプンマネジメントに関する最新の研究が採られており,深い.生物時計を扱う上では「位相」が重要になるので,微分方程式三角関数が登場するのがポイントになる.

さらに力学系と位相を数理的に基礎解説する伊藤浩史のコラム,実験データからどのように周期や位相を読みとるかという粕川雄也のコラムが収録されている.


以上が本書の内容だ.生物時計や生物リズムについてのいろいろなテーマが取り上げられていて多彩だ.これまでこのテーマに関してはあまり考えたことがなかったが興味深いところがあることが理解できた.特にタケの超長期一斉開花の進化,時間的隔離による同所的種分化あたりが個人的には興味深く感じられた.