Language, Cognition, and Human Nature 第2論文 「心的視覚イメージ方略についての計算理論」 その3

Language, Cognition, and Human Nature: Selected Articles

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視覚にかかるメタファーに整合的な2次元アレイモデルでは物体のメンタルローテーションの認知をうまく説明できない.そこでそれを可能にするいろいろな拡張が考案された.ピンカーはそのような試みを順にあげて,問題点を列挙していく.

4. 3次元を扱うためのアレイ理論の単純な拡張

4.1 3次元アレイ
  • 最も自然な拡張はアレイを行と列の2次元から行と列と深さの3次元にすることだ.これにより深さ方向の回転をセルからセルへのなめらかな入れ替えで表現できるし,メンタルローテーションのなめらかさも説明できる.また3次元物体のどんな動きも心的に想像できるし,ローテーションの大きさに比例して想像に時間がかかることも説明できる.
  • このような直感的なアピールはあるが,この拡張にはいくつかの重大な問題がある.
  • まず内省的な経験では3次元物体の心的イメージはある特定の視点から行っているように感じられる.また実験の結果はこの内省を支持している.3次元物体が手前に動くと心的イメージは大きくなり,その視点から見えない部分はより想像しにくくなる.(このほかにもいくつもの支持結果が説明されている)
  • 「心の眼が3次元アレイ物体をある視点から捉えるレンズと網膜を持っている」というような馬鹿げた解釈を除くと,これまで得られたデータは3次元アレイモデルとは整合しない.心的イメージには特定視点があるのだ.3次元アレイに直接アクセスしているわけではない.
4.2 アレイとメモリーファイル
  • この拡張は,2次元アレイを保ったまま,3次元物体の形の情報を長期メモリに持ち,そこからアレイパターンを創り出すというものだ.
  • このアレイパターンを創るプロセスには,単に3次元の形の情報だけでなく,どの視点から見るかというベクトル情報のインプットを含んでいる.そしてその視点からどう見えるかを描き出すのだ.メンタルローテーションは,視点を少しずつ変えることによるアレイパターンの連続的な書き換えによってなされる.
  • 残念なことにこの拡張にも問題がある.
  • このシナリオによるとイメージはどんな方向からのイメージでも瞬時に作られることになる.しかし実証的な証拠は別のことを示している.被験者はどんな方向からのイメージでも瞬時に作り出せたりはしないのだ.被験者はまず最初に学習した視点からのイメージを思い浮かべ,それをメンタルに回転させるのだ.
  • このシナリオでは,被験者は自分の視点の移動による物体の見え方の変更と,物体の回転による見え方の変更を同じように扱うことになる.しかし内省的報告ではそうではないのだ.
4.3 2.5次元アレイ
  • 私は1980年に,マーと西原の「2.5次元スケッチ」を拡張した2.5次元アレイモデルを提案した.2.5次元スケッチとはコンピュータ視覚システムの形状認知プロセスにおいて時に使われるもので,2次元アレイモデルのセル情報(明るさ,色彩,テクスチャー,エッジの方向など)に加えて「深さ」「面の向き」を追加するものだ.モデルをこのように拡張させると回転させるときにはこの情報を使えるようになる.
  • これにより回転が数学的に可能になるとともに,視点効果,視覚認知が深さ方向の情報を持つこと,メンタルローテーションが2次元アレイ上でなされることを説明できるようになる.
  • しかしながら,なおこれは完全に満足できるモデルにはなっていない.
  • まず物体が深さ方向に回転しているときのエッジの追跡において,アレイにどのような変更がなされるかの簡単なメカニズムが提示されていない.
  • さらにより基礎的な問題がある.アレイ上の配置と深さの値は視点に依存する.そして物体の本質的なサイズや形はセル情報から計算されなければならない.もしそうならどのように見えるかという想像より物体の本質的なサイズや形の認知の方が難しいはずだ.しかし後者の方がより簡単だということが,子供の絵の描き方や,いくつもの実験で示されているのだ.
  • この本質的判断の方が視点判断より優先しているという問題は,2.5次元アレイモデルにいくつかの前提を与えることで対処可能だが,そうするとそのモデルは反直感的で,とても簡潔とは言えない物になってしまうのだ.


この最初の3次元モデルが,冒頭のエッセイで触れられていた最初の挫折した取り組みということだろう.ヒトが物体をメンタルに回転させているときに脳の中ではどのように情報処理をしているのかについて,実際にモデル作りに取り組んでみると非常に難しいことがわかるということをよく示している総説ということになる.この後ピンカーは本命のモデル拡張を取り上げる.