Language, Cognition, and Human Nature 第5論文 「自然言語と自然淘汰」 その12

Language, Cognition, and Human Nature: Selected Articles

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さてここまでピンカーは言語が適応産物としてのデザインを持っていることを主張し,それに対する批判「グールドの適応仮説はなぜなに物語になっているという批判」「多様性があることを根拠とする議論」「コミュニケーションの有用性から言語獲得を説明できないことを根拠とする議論」に対して反論を行った.
ここからは代替仮説を検討する.そして当時のアメリ東海岸言語学界において最も信奉者の多い仮説はグールドによる「スパンドレル」だ.

4.言語がスパンドレルであるという議論

  • 適応形質であることの基準を言語が満たしているということを前提に,私たちは競合仮説である言語スパンドレル仮説を吟味しよう.この仮説はグールド,チョムスキー,そしてピアテリ=パルマリーニが示唆しているものだ.

4.1 多目的学習器官としての心

  • このグールドによる「言語はスパンドレルだ」とする示唆についてのメインの理論的な根拠は,彼がよく主張する「心は単一の多目的コンピュータだ」という立場にある.例えば彼はこう書いている.

私は「進化におけるヒトの脳の増大が淘汰による適応的な基礎を持っている」ことに疑問を抱いたことはない.しかし,脳が現在できることの多くがその特定の行動のための直接的な淘汰産物なのだとすれば非常に驚くだろう.一旦複雑な機械を作れば,それは予想もできないような振る舞いを行うことができる.工場の製造プロセスを月一回チェックするためのコンピュータを作れば,それはヒトの頭蓋測定結果の要因分析にも,心理療法*1にも,三目並べにも使えるだろう

  • このアナロジーはミスリーディングだ.工場製造プロセスチェックを行うコンピュータに心理療法をやらせるには,誰かがそれを再プログラムしなければならない.
  • 子供の言語学習はプログラミングではない.両親は英語の文を提示するだけで,英語のルールを教えるわけではない.私たちは自然淘汰がそのプログラマーだと主張しているのだ.
  • アナロジーは,プログラミングなしで提示事例のみから製造プロセスチェックや要因分析や心理療法(などの様々なタスク)をすることを学習可能な単一プログラムを持つ機械を想像することによって修正することができる.
  • そのようなデバイス人工知能の世界では実現していないし,生物学的にも存在しないだろう.言語を一つの特殊な例として学習できるような,心理学的に現実性のある多目的学習プログラムは存在しない.なぜなら文法を獲得するために必要な一般化は,事例からその他の知識システムを獲得するために有用な一般化と食い違うからだ(Chomsky, 1982; Pinker, 1979, 1984; Wexler and Culicover, 1980).
  • この論文の最初に提示した,言語とその他の獲得される文化システムの違いにかかる大量の事実も,言語が一般的認知学習能力のスパンドレルだという示唆に反するものだ.


まずは最初にグールドの(チョムスキー理論や認知科学についてほとんど知らないことをよく示す)あまりにもナイーブな主張に一発浴びせておくというところだろう.しかし言語獲得がスキナー型の学習では不可能であることを強く主張しているチョムスキーが,なぜグールドの主張に賛成できるのだろうか,それは次に扱われる.

*1:ここでグールドはRogerian analystと書いている.どうも一世を風靡したElizaのような対話型のプログラムを指しているようだ