Language, Cognition, and Human Nature 第5論文 「自然言語と自然淘汰」 その17

Language, Cognition, and Human Nature: Selected Articles

Language, Cognition, and Human Nature: Selected Articles


進化が漸進的に進む事が言語進化を否定する理由となるか.3番目の議論のポイントは「文法は複雑で精巧にできているので,変異による揺れはそれを壊してしまうのではないか」という問題だ.

5.2.3 正式な文法からの揺れ
  • 文法は多くの相互作用的なルールと条件を持つ複雑な計算システムだと考えられている.チョムスキー(1981)は,文法が強い演繹的な構造を持ち,ある原則のわずかな変更が,文法の誘導の連鎖により言語全体に劇的な影響をもたらすことを強調している.これは進化段階で期待されるより大きな文法の揺れの中で,どのように文法全体がシステムとして保たれたかという問題をもたらす.
  • 文法は,時間をさかのぼると少しずつ原始的になっているのだろうか? その一部が変化していたり欠損していたりするユニバーサル文法は機能したのだろうか? あるいはそれは,派生がなく,構築に制限があり,部分的な構造しか持たなかったのだろうか?
  • リーバーマン(1989)は「現在の標準的な言語理論とと整合的である唯一のヒトの進化モデルは,言語神経的基礎の突然の救済的な出現だ」と主張する.同様にベイツたち(1989)も「もし言語の基礎構造的な原則がボトムアップで学習できたり,トップダウンで継承できたりしないなら,その存在の説明は2つしかあり得ない.ユニバーサル文法が神から直接下賜されたか,私たちの祖先は過去に例のないほどの大規模な突然変異あるいは認知的なビッグバンを経験したのかだ.」と主張している.


このベイツたちの主張は前段が生成文法の主張だから,後半を主張していると言うより生成文法自体を否定しようとしている試みなのだろう.これに対してピンカーは猛然と反論している.

  • しかしこれらの議論は混乱した土台の上に乗っている.現存する言語の文法がマイナーな揺れを受けたら,現在の言語学者が考える「あるべき言語の文法」として耐えられなくなるとしても,それが全く文法でなくなるわけではない.もっと乱暴に言うと,ホモ・エレクトスの言語が,ホモ・サピエンスの言語基準を満たしていなければならない理由はないのだ.さらに,言語能力は,正式文法のみによっているわけではない.それはアナロジー機械的記憶,ヘイグスピーチなどの非文法的要素にもよっているのだ.チョムスキー(1981)はこれらを文法の「周辺」を構成しているとしているが,もっといいメタファーは,隙間を埋める間に合わせの応急修繕(jerry-rigging)だろう.これらは不完全な文法を用いて文を生成したり理解したりするのを可能にするのだ.
  • この「自然言語文法は,全体として機能したか,全く機能しなかったかのどちらかだ」という主張は,驚くほどよくなされている.しかしそれは「眼」や「翼」や「網」についてなされる反進化的な創造論者の主張以上のものではあり得ない.そしてそれはしばしば「外適応」概念に飛びつく.
  • ピジン語,身振り語,コンタクト言語,ベイシック英語,子供や移民や旅行者や言語障害者の言語,テレグラム,新聞の見出し語は,様々な効率性と表現力を持つコミュニケーションシステムが連続的に広がっていることの強い証明になっている.そしてこれこそ自然淘汰が必要とするものだ.
  • 進化における学習と生得的な構造の相互作用についての私たちの主張は,ヒントンとナウランによる「ボールドウィン効果」の興味深いシミュレーションによって支持されている.
  • 彼等は,進化にとって想像しうる最悪のシナリオを考慮した,これは20の連結点を持つ神経ネットワークで,この20すべてにおいて正しいセットがなされなければ適応度のアドバンテージがないというものだ.完全にランダムな突然変異で連結が決まる場合には2の20乗回に1回しか適応度が上昇するミュータントが現れない.そしてそのメリットも有性生殖ですぐに失われる.
  • ここで遺伝と学習で連結を決められる生物がいるとする.この生物は遺伝で決められたセッティング上で,学習によってセッティングの変更を試み,適応度が上昇すればそれを固定する.このような条件では20の遺伝的セッティングのすべてが正しくなくても,より正しいセッティングの割合が高いほど(学習により有利な状態に移行できる確率が高いために)よりメリットが生じる.ヒントンとナウランはこれをシミュレーションによって確かめている.(表面上現れなくとも)学習によって連続的な適応度が現れるのだ.
  • さらに彼等は面白い発見をしている.学習可能なセッティングを遺伝的にする淘汰圧は常にあるが,ほとんどのセッティングが遺伝的に正しくセッティングされるようになるとこの淘汰圧は急速に下がるのだ.これはセッティングポイントが非常に少なくなると学習でもほぼ必ず最適状態に達することができるようになるからだ.これはヒトの言語の多様性の一つの要因は,言語以前からある(あるいは言語と独立の)学習能力の結果であるという推測と整合的だ.このような学習器官は進化が蹴りとばす必要がない梯子だったのかもしれない.


この節の議論も(ピンカー自身が語っているように)創造論者たちとの議論を彷彿とさせるところがある.なお最後のところはちょっと面白い記述だ.言語の多様性については,現在ではむしろ内集団と外集団の区別を要因とする説明が多い.ピンカーもこの議論を続けている様子はないようだ.