Language, Cognition, and Human Nature 第7論文 「ヒトの概念の性質」 その7

Language, Cognition, and Human Nature: Selected Articles

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ピンカーはここまで英語の不規則動詞について詳しく検討した.そしてここからさらに議論を進める.このファミリー類似カテゴリーは言語規則のすべてに見られるものなのだろうか.

  • 少なくとも言語的オブジェクトの1種である英語の不規則動詞はファミリー類似カテゴリーによっていることが明らかになった.ここで重要な疑問が持ち上がる.英語の不規則動詞に限らず,すべての言語的オブジェクトがファミリー類似カテゴリーによっているのだろうか.

規則動詞の特徴

  • 考察を特定の範囲に限定しよう.では,英語の規則動詞はファミリー類似カテゴリーによっているのだろうか.
  • バイビー,そしてルメルハートとマククレランドは「yes」と考えている.規則動詞は単にメンバーが多く,より一般的な特徴を持つだけだと.

交絡因子:ブロッキング原則

  • 規則動詞と不規則動詞は特別な方法で相互作用する.そして,規則動詞の特徴を吟味するには,この交絡する相互作用を考えに入れておくことが必要になる.
  • この相互作用は「ブロッキング原則」あるいは「ユニークエントリー原則」と呼ばれる原則によって制御されている.それは「もし動詞が不規則過去形を持つなら,その規則形は回避あるいはブロックされなければならない.」というものになる.つまり,goはwentという不規則過去形を持つので,*goedを使うことはブロックされる.これにたいしてglowは不規則過去形(*glew)を持たないので,glowedはブロックされずに用いることができるのだ.
  • 私たちは先ほど,不規則動詞の境界がファジーであることを見た.この不規則過去形のメンバーシップの段階性がブロック原則により反映されるために,対応する規則過去形にも段階性があるように見える可能性がある*1.例えばpleadの不規則過去形pledは境界上にあり,私たちはそれを過去形としてかろうじて認識できる程度だ.このため規則過去形pleadedは,それなりにありそうに聞こえるが,一部の話者には居心地が悪いものになる.weepの不規則過去形weptはこれに比べると頻度が高く,??weepedはかなり怪しく聞こえる.しかしさらに使用頻度が高いkeptに対する*keepedほど非文法的には聞こえない.
  • これからは,このブロック原則のためのトレードオフを念頭におき,規則動詞のクラスが不規則過去形のクラスの反映と独立にファミリー類似カテゴリーになっているかどうかを評価することにしよう.
(1)語幹の音韻論との独立性
  • 規則型クラスの最初の明白な特徴は「動詞の語幹の音韻に影響されない」ということだ.その結果それは音韻的なプロトタイプを持たず,メンバーシップに段階性はなく,固有の(音韻的な)特徴を持たない.
  • 第1に,不規則型に関連する音韻条件を持つ規則型動詞はたくさんある.極端な場合,同音の動詞で片方が不規則動詞で片方が規則動詞ということもある.hang/ hung (吊り下げる) と hang/ hanged (処刑する), lie/ lay (横たわる) と lie/ lied (嘘をつく), fit/ fit (着物などがぴったり合う) と fit/ fitted(テイラーが着物をぴったり仕立てる)などだ.より一般的にはすべての不規則動詞のメンバー基準については,それに適合する規則動詞という反例があるということになる.

fitの過去形の使い分けは知らなかった.手元の辞書で少し調べてみると,リーダーズ英和,研究社英和中辞典,オーレックス英和ではこの使い分けの説明はなく,単に英国ではfit/fitted/fitted,米国ではfit/fit/fit(ただし受動態ではfitted)となっているだけだ.ランダムハウス英和大辞典,ジーニアス英和大辞典では,意味内容による過去形の使い分けについて記述があるが,なかなか微妙だ.ちなみにランダムハウスでは,「過去形はfit, fittedの両方があるが,「(着物などが)ぴったり合う」,「(着物などを)ぴったり合わせる」という意味において米国ではfitのみが許容される」という説明だ.これに対してジーニアスでは「過去形はfit, fitted両方があるが,英米とも「(着物などが)ぴったり合う」という意味ではfittedのみが許される」としてあり,いずれもピンカーの説明とはうまく整合しない.いかにもファジーであり,またなかなか難しい.


ピンカーは音韻的にほぼ同じでも不規則動詞と規則動詞があることを表にして示している.

不規則型 規則型
shut/ shut/ jut/ jutted
bleed/ bled need/ needed
bend/ bent mend/ mended
sleep/ slept seep/ seeped
sell/ sold yell/ yelled
freeze/ froze seize/ seized
grow/ grew glow/ glowed
take/ took fake/ faked
stink/ stunk blink/ blinked
ring/ rang ring/ ringed
  • これを見ると音韻的に定義された不規則サブクラスのファジーな境界は,補完的な音韻的規則サブクラスのファジーな境界を作らないことがわかる.ブロッキング原則の効果は特定の不規則型の単語(過去形)がそれに対応する規則型の過去形をブロックすることだ.そのような不規則型の単語の多くは音韻的にその近辺にある動詞も不規則型であるものだが,そのような領域は対応する規則型動詞の世界に同じようなファジーな境界を作らない.規則型はブロックされていなければどんなものでも可能だ.
  • さらに,規則型動詞は不規則動詞の隣にいるだけではない.規則型クラスは不規則型のメンバーシップ基準を満たさないメンバーを付け加えることができる.
  • 動詞の不規則過去形は動詞のルートそのものだ.すべての動詞が動詞のルートを持つわけではない.名詞が動詞化したものは名詞のルートを持つのだ.名詞や形容詞は心的辞書において「不規則過去形を持つ」と記載され得ない.だから名詞や形容詞が動詞化したものは音韻的特徴にかかわらずかならず規則型動詞になる.

だから「ブレーキをかける」という意味のbrakeや,「(野球の)フライを捕球されてアウトになる」という意味のfly outは,過去形に*brokeや*flew outを取らずに規則型になるのだ.ピンカーは同じような例を多数あげている.

He ringed the city with artillery. *rang
Martina 2-setted Chris. *2-set
He sleighed down the hill. *slew
He de-flea’d his dog. *de-fled
He spitted the pig. *spat
He righted the boat. *rote
He high-sticked the goalie. *high-stuck
He grandstanded to the crowd. *grandstood.

  • この原則を用いると,どのような音韻の動詞でも規則型になる.例えば英語では名前の前にoutをつけることにより,「その人を(能力や業績で)越える」という意味になる.そしてこの動詞は必ず規則型になる.そして英語において可能な音韻ならそれはすべて名前になり得るので,どんな音韻の動詞も規則型になり得るということになる.

 Mary out-Sally-Rided Sally Ride.
 *Mary out-Sally-Rode Sally Ride.

 In grim notoriety, Alcatraz out-Sing-Singed Sing-Sing.
 *In grim notoriety, Alcatraz out-Sing-Sang Sing-Sing.

  • この効果は実験的にも示されている.被験者たちは名詞のルートを持つ動詞にはより規則型が自然に聞こえると報告するのだ.(いくつか実験例が紹介されている)
  • また別の実験では,既にある規則型動詞と似た形の(架空の)動詞の規則型過去形と,似た音韻の動詞がない(架空の)動詞の規則型過去形が,同じように自然に聞こえることが示されている.(これも実験の詳細が説明されている)


なぜ野球では*flew outと言わないのかというのは,ネイティブの間でも時に問題になる(そして多くの人はうまく理由を説明できない)ようで,「The Words and Rules」ではこのあたりがかなり丁寧に説明されていた記憶がある.

*1:ピンカーはこれを交絡と呼んでいる.