第10回日本人間行動進化学会参加日誌 その4


大会第2日 12月10日 その2

口頭セッション3

空間構造上での噂による協力行動の進化と様々な嘘の噂の影響について 山田祥伍
  • 噂の機能についてはいろいろな考え方がある.ダンバーのまとめには,(1)情報入手,(2)ポリシング,(3)自己宣伝,(4)他人を騙す,などが挙げられている.
  • しばしば挙げられるのは非協力者の検知機能を通じて協力の進化要因となったのではないかという指摘だ.しかしこれは噂の内容が正しいことが前提になっている.
  • ここでは噂が正しくない場合もあればどうなるのかを検討した.
  • これまで,中丸ほかのシミュレーションでは噂の交換がランダムに発生することが前提だった.これが格子状に交換が生じる形にして噂の流れる速さを変化させるとどうなるかを検討した.
  • シミュレーションはまずギビングゲームを行い,次に噂の交換を行う.そして世代交代を20世代くりかえす進化シミュレーションになる.噂には自己を良いとするウソ,他人を悪いとするウソがあり得る.互いの評価スコア,協力を行う基準,噂を信じる基準などを設定する.
  • 結果(1)正しい噂のみの場合:噂の流れる速度が速いほど協力が進化しやすい.
  • 結果(2)嘘の噂も流れる場合:協力は進化しにくくなる.進化する場合もあるが,その条件は噂の種類によって微妙に異なる.
  • 結果(3)さらに噂を信じる基準(自分より評判の低い相手の流す噂を信じない)を導入した場合:信じるもの同士の協力が容易になり,協力が進化しやすくなる.


予想通りの結果だが,噂の種類による動態の差が興味深かった.

配偶者選択が表現型の集団間差異に与える効果 能城沙織
  • ヒトの集団間の遺伝的差異は他の大型類人猿に比べて小さいことが知られている.しかし表現型には結構差異があるように見える.この要因には淘汰の影響が考えられる.
  • これまで多様性について気候要因などの自然淘汰の影響についてはリサーチされてきたが,性淘汰についてはあまりリサーチがない.動物においては性淘汰により種内での一方向への進化と安定化が生じる(例:ツバメの尾)例があるとされていたり,性淘汰による分断が生じうるかなどが議論されていたりする.
  • ではヒトにおいてはどうなのか.ヒトにおいては学習により配偶者選択が影響を受ける可能性がある.ここでは同類婚(集団の平均を魅力的と感じる),同調(何らかの魅力があるとされる形質がどんどん人気を高める)を入れて,性淘汰で集団間差異がどう変わるか(互いに移住がある集団間で浮動以上の分断が生じるかどうか)をシミュレートした.
  • モデル1は同類婚をモデル化.形質の魅力が集団の表現型形質値の中心に一致するもの.モデル2は同調をモデル化.形質値に関して50ローカス,1世代内で,出会いを50回,繁殖が1回(好みにより誰と繁殖するかが決まる.好みの強さはパラメータ化する),これを300世代シミュレートする.
  • 結果.モデル1では好みが弱いときには性淘汰の効果がない.好みが強いときには差異を創り出したりはしないが,一旦差がある場合にはそれを維持する.モデル2では大きな差があるとそれが維持され,中程度の差がある場合には振動しながら集団差が維持される形になった.
  • これにより配偶の好みにより集団差が維持される可能性が示された.


外見的な人種差が性淘汰産物だというのはダーウィンが「Descent」で提起した仮説として有名だが,「人種差」という地雷のためかあまりリサーチされているという印象はない.ここでは抽象的なシミュレーションでその可能性が示されている.内容は直感的にも納得できるところだ.50ローカス使っているのが印象的だった.なおこの発表は若手発表賞を受賞している.


ここから現役の産科医の方の発表が2つ続く.お二人とも湘南鎌倉バースクリニックhttp://www.sk-bc.jp)にて,ヒトの出産の進化的な理解からよりよい産科医療の実践(進化産科学)を目指しているということだ.

生物行動進化の視点からヒトの陣痛を考える 日下剛
  • 分娩はどうしてこんなにつらくて痛いのか,そして難産が多いのか.
  • よくなされる説明は,ヒトの場合には脳が発達し二足歩行になったために胎児の頭に対して産道が狭く,痛覚を刺激するからだというものだ.分娩痛は医学的には急性,侵襲的とされ,交感神経系が働いている.
  • ではヒト以外ではどうなのか.ラットやヒツジでは心拍や交感神経系の活性に一定のパターンがあり何らかの痛みを感じていることを認知しているようだ.しかしヒトにおいては同じような傾向が見られない.
  • ここで提示する仮説は,元々他の動物では分娩時の日常活動の抑制のためにそれを認知していたものが,ヒトでは円滑に機能しづらくなっているのではないかというものだ.
  • ヒトの分娩時の姿勢は時代や地域により多様だ.また難産の説明として先ほど紹介したように頭が大きくなったことと二足歩行が挙げられるが,考えてみるとこれらの進化起源は50万年前,350万年前と古い.骨盤が変化するには十分な時間に思える.
  • ではほかにどんな原因が考えられるのか.1つ考えたいのが自己認知の進化だ.自己鏡面映像認知テストについてヒトはらくらくこなせるが,成功する動物は少なく,成功するものも試行錯誤が必要なように見える.外性器に着衣を行うのも,恥ずかしいという自己認知と関連するのではないだろうか.これは7万年前の認知革命と言語により学習能力が向上したことによるのではないか.実は現代でも自分が妊娠したことに気づかない女性がいる.未受診のまま出産する妊婦の20%がそうした妊娠の自己認知を持たない女性だ.
  • 妊娠を痛覚刺激から認知して,休みたい,横になりたいと感じるのは副交感神経の活性による.逆に痛い,なんとかしてというのは交感神経の活性だ.このために周りが介助するようになり,出産姿勢が多様化したのではないだろうか.
  • 結論:分娩時に痛くてつらいのは,分娩時の刺激をどう認知するかによっている.難産は分娩中に痛みを感じるもので進化的には新しく,分娩時は悪影響を与えている.


ヒトのセクシャリティについては様々な側面がこれまで進化的に議論されているのを読んできたが,陣痛についてはあまり考察を見た記憶がない.あのように強い痛みをなぜ感じるのかは面白い問題だ.
とはいえ,進化的に考えるなら,まずこれが適応なのか何らかの副産物なのかが問題になるだろう.発表者はそこをあまり明確にしていなかったが,聞いた印象では,自己認知の進化に伴う副産物と考えているようだ.しかし妊婦にとって必要以上に痛いから適応ではないと考えるのはややナイーブなように思える.難産であるのは胎児の頭の大きさと女性の歩行姿勢の効率性のトレードオフで決まっていて(だから50万年経過していても骨盤が大きくならない),強い痛みはより周りの介助を促す機能があるかもしれず,その辺りの検討が望ましいのではないかという感想だ.

産科医による分娩進行抑制:進化行動学的観点から論じる 菱川賢志
  • 産科医療の進展によって妊婦死亡率は劇的に下がっている.そういう意味では産科医の存在は妊婦の安心につながる.しかし産科医は妊婦を不安にさせる要素でもある.それによる不安により分娩進行が遅れる可能性もある.
  • 結局産科医が存在するということ自体「何かあるかもしれない」からだ.リスクは減っているが決してゼロではない.(日本の妊産婦死亡は4件/10万人)医療行為は様々だが切開や機械分娩など苦痛を伴うものも多い.医療行為に伴う合併症(出血から他臓器の損傷まで)のリスクもある.これらは不安要因だ.
  • そして法により要求されるインフォームドコンセントでは妊婦にこれらのリスクを前もって告知しなければならない.これはまさに不安を引き起こす.
  • さらに産科医自身が不安に感じることもある.完全に事態を予測することはできないし,落ち度がなくとも何かあると訴訟を提起されるリスクがある.これは妊婦に伝染するし,また訴訟リスクは過度にリスクを説明することにつながりさらに不安を引き起こす要因となる.
  • では何故不安は分娩進行を抑制するのか.分娩タイミングは適応度的に重要だっただろう.そして不安は危険や闘争必要性を反映し,その場合には分娩を遅らせる方が有利になっただろう.至近的にはこれらは扁桃体オキシトシンに関連していると思われる.


進化的な考察の前振りである,産科医の抱えるジレンマ(妊婦に不安を与えたくはないが,法によりインフォームドコンセントを要求されている)のところが迫力があった.


これは名古屋市役所と愛知県庁.

口頭セッション4

化石データから推定される古人類の出産間隔 中橋渉

古人類の化石データから生活史パラメータを推定し,集団の維持に必要な出産間隔を計算してみたという発表.興味深い結論だったが,残念ながら「SNS等による発表の言及不許可マーク」が付されているので,詳細は差し控える.

ヘビを想起させる運動刺激に感じる不快感 安藤大樹
  • 霊長類はヘビと共進化し,ヘビの検知モジュールを進化させ,だからヘビを本能的に恐れるのだという説がある.そしてヘビ検知ニューロンがあるという主張もある.
  • ここでヒトのヘビ検知を考えると,それは基本的に視覚刺激によるものだ.これまでのリサーチは静止画を使ったものが多いが,ヘビの大きな特徴は動きが気持ち悪く感じるということだ.実際に静止画より動画の方が気持ちが悪い.動きにはその主体の意図,生き物らしさ(物理法則に従わない)が感じられるからだろう.
  • そこでどのような部分がヘビ検知に聞いているのかを調べてみた.
  • ヘビ刺激として,点のみ,線が伸びていく,線分が動く,正弦波,三角波など様々な動きの刺激を作り,被験者に判定してもらう.
  • 結果:三角波より正弦波の方が気持ちが悪い.点よりも線,線よりも線分の方が気持ちが悪い(端点がある方が気持ちが悪い)
  • 次に端点を遮蔽してどの端点の存在がより気持ち悪さを出すのかを調べた.
  • 結果:動く端点が多い方が気持ちが悪い.また頭の端点より尾の端点の方が気持ち悪さに大きな影響を与えている.


気持ち悪さに特化したリサーチで面白かった.頭端点と尾の端点に関しては気持ち悪さについて重回帰式が提示されていて受けていた.しかしなぜ尾の端点の方がより気持ち悪さを感じさせるのだろう.よりヘビらしい特徴ということなのだろうか.

森林 - サバンナ混交環境に住むボノボ:新しい野生ボノボ調査地の開拓と展望 山本真也
  • 今日は新しいリサーチサイトの開拓についてのプログレスレポートを行いたい.
  • チンパンジーボノボはヒトに最も近縁な類人猿であり,ヒトの特徴がこの両種のどちらに近いかを調べると結構モザイク的であることがわかる.
  ボノボ チンパンジー ヒト
道具作成 ×
繁殖と切り離された性行動 ×
協力狩猟 ×
外集団食物分配 ×
オス集団による襲撃 ×
メス間の強い絆 ×
  • 何故このような共通点や相違点があるかについて興味が持たれる.しかしまだまだボノボの全体像は見えていないのが実情だ.
  • ボノボチンパンジーの差の要因の1つは,ボノボの環境の方が(ゴリラが不在で)より豊かであるということではないかといわれている.
  • この2種の現在の分岐化説は,「5百万年前の共通祖先はコンゴ川の北側にのみ分布していた.1百万年前にコンゴ川の水位が下がり,一部集団が南に侵入し,分散した.その後コンゴ川の水位が上がり,分岐障壁(北側がチンパンジー,南側がボノボ)になった」というものだ.
  • ボノボはこれまで3つのリサーチサイトで調べられてきた.いずれも熱帯雨林の密林の中だ.
  • ところが近年,これまでの調査地よりかなり西側で森林とサバンナが混じるようなところに5000〜7000頭のボノボが生息していることが確認された.(マレボ調査地)
  • この調査地のいいのは,飛行機で1時間で行けて,川を利用した運搬も可能だということだ(これまでの密林の調査地には飛行機で4〜5時間,そこからバイクで3時間).
  • 2015年以降断続的に調査している.かなり慣れてきて近くに寄って観察できるようになった.
  • 彼等はサバンナに出てくることもある.そこの資源も利用しているようだ.
  • これまでボノボについては豊かな環境で食物分配が容易だったのでメス同士の絆が強くなったと考えられていた.このようなサバンナ混交林でどのような絆,協力が見られるのかには興味が持たれる.また道具使用も期待できる.これについては既にトラップカメラを仕掛けて調べはじめている.その他行動データ,糞のDNA,ドローン観察などもやるつもりだ.
  • 片方でまだ自然保護区に指定されていないという問題もある.現地にボノボの肉を食う習慣はないようだが,罠にかかる個体は存在する.保護と研究の両方の取り組みが必要でもある.


新しいサイトの紹介ということで,面白い展開はこれからだということだろう.なおこのマレボのサイトについてはhttps://langint.pri.kyoto-u.ac.jp/ai/ja/k/174.htmlでも紹介されている.

諸連絡・若手発表賞表彰・閉会挨拶

次回2018年の大会開催地は高知.
若手発表賞は「Warm heart, but Cool head (II) /齋藤美松」「民話における超自然的存在と道徳的示唆 /中分遥」「配偶者選択が表現型の集団間差異に与える効果 /能城沙織」の3名.副賞はスガキヤのラーメンフォークとコメダ珈琲店プリペイドカードだった.このスガキヤのラーメンフォークはMoMA売店でも売られているという有名なものだそうだ.

MoMA スガキヤラーメンフォーク

MoMA スガキヤラーメンフォーク


最後に長谷川眞理子会長から,「これまでなかった分野の方も参加してもらい,学会のポテンシャルは高まっていると感じている.来年も楽しみだ」と締めのお言葉があった.
以上で2017年のHBESJは終了だ.いつも通り楽しい2日間だった.この場を借りて設営スタッフの方々にはお礼申し上げたい.ありがとうございました.


新幹線で帰る前に,名古屋飯でこれは是非押さえておきたい櫃まぶし.ウナギの問題について思うところがないわけではないが,せっかく名古屋に来たからと一食だけ許してもらうことにした.


<完>