第10回日本人間行動進化学会参加日誌 その3 



大会第2日 12月10日 その1

口頭セッション2

社会環境の開放性と閉鎖性-その原因と帰結に関する 39 ヵ国比較研究 結城雅

共同研究者名がずらっと並ぶ大規模リサーチの発表.

  • ヒトの環境の中には,社会生態環境と呼ばれるものがある.そのひとつは社会が開放的か閉鎖的ということだが,これまでいろいろなことがいわれている.ここでは39カ国のデータを集めて調べてみた.
  • そのような領域では対人関係の文化差を巡るパラドクスがあるとされている.それはまず,社会を見ると北米は個人主義,独立的で,東アジアは集団主義で強調的であるとされるが,対人関係により深く関わっているのは北米だというものだ.この北米における東アジアと比較した場合の対人関係の濃密さはよく調べらていて,親密感,友人に頼る,友人を助ける,弱みを友人に晒す,愛情,信頼,ボランティアや寄付行動など多くの面に渡っている.
  • なぜなのか.文化や心理だけでは説明が難しい.ここは適応論の出番だ.
  • 社会を開放的,閉鎖的と分けて考える試みは古くからある.古くはゲゼルシャフトとゲマンシャフト,最近では山岸の信頼社会と安心社会,ヘンリッチによる市場の統合度から考えるもの,バークレーの生物学的市場というものがある.
  • ポイントは関係性を構築する場合に「かかわる人を選べるかどうか」にある.低許容社会では対人関係は固定化し,閉鎖的になる.これは東アジア,西アフリカ,そして田舎の特徴だ.逆に向許容社会は機会が豊富で自由で開放的になるが,機会コストが大きい.これは北米,都会の特徴になる.
  • それぞれの環境でどのような心的特徴を持つと有利になるのだろうか.高許容社会では,選択の自由が大きいので,対人関係を巡る競争が激しくなる.自分の有用性が認められないとパートナーとして選んでもらえない,逃げられるということになる.低許容社会ではこの逆になる.
  • これをよく示すデータをひとつあげておこう,それは恋人を誰かに奪われたことがありますかというアンケート調査をカナダと日本で比べてみたものだ.カナダでは大体30%程度がイエスと応えるが,日本では10%程度だ.
  • 山岸はこれについて一般的信頼という観点から考察した.今回私たちは39カ国の国別データを用い,パートナーとしての有用性アピールという観点から調べた.あるいは「社会的絆を構築しようとする心」といってもいい.主な調査項目は,自尊心,自己効用,自己宣伝,ユニーク性の追求,競争的協力,自己開示,親密性,情熱,共感性などだ.データはfacebookにより,対人関係アンケートをクイズ形式で行うことにより得た.
  • 結果,世界の地域別に見て高許容性と低許容性がクラスターを形成した.(低許容性は中東,アフリカ,東南アジア,東アジアにクラスターを作る.高許容性は南北アメリカ,欧州,南アフリカクラスターを作る)
  • まず国別の低許容性と高許容性の差がどこから生まれるのかを調べた.自然環境の変動が大きいほど低許容社会となる傾向があった.脅威に対しては社会は閉鎖的になるようだ.また稲作か牧畜かで見ると稲作的であるほど低許容社会となる傾向があった.
  • 次に心的傾向と許容性の関係を調べた.親密性はr=0.494,自己開示傾向はr=0.679,自尊心はr=0.609で相関した.また援助行動や一般的信頼も正の相関を示した.
  • まとめると,社会が閉鎖的かどうかは,自然環境の脅威や稲作文化に関連する.そして開放的な社会では対人関係維持の方略がより見られるようになるということになる.
  • 今回社会間比較が強力であることを示せた.社会の多様性とこころの多様性の関係も示せた.文化心理学も人間行動進化学の仲間に加えて欲しいと思っている.


結果は山岸の一連の分析と整合的で納得できるものだ.いずれにしても大規模データからの結果には迫力がある.


向社会的行動の遺伝的基盤 仁科国之


向社会行動(囚人ジレンマゲーム,信頼ゲーム,公共財ゲームなどにおける行動)とオキシトシン,アルギニンバソプレシンセロトニン,μオピオイドドーパミンなどの受容体やトランスポーター遺伝子の多型との関係を調べた.その結果アルギニンバソプレシン受容体遺伝子の多型との関連のみ見いだされたというもの.
残念ながら「SNS等による発表の言及不許可マーク」が付されているので,詳細は差し控える.

文化進化研究のための考古遺物統合解析環境の構築に向けて 田村光平
  • 考古物は多様だ.この多様性を通して人間行動を理解したいと考えている.
  • そのような試みのひとつの例は,中尾央による,日本の先史時代の人骨のデータが,ボウルズたちがマルチレベル淘汰を持ち出してヒトの偏狭な利他性を説明しようとしたときに用いた戦争頻度の基礎データと合わないことを示したものになる.
  • もうひとつの例は集団サイズと文化の継続性の関係をタスマニアのデータから示したヘンリックの研究だ.
  • このような研究にはいろいろと難しいところがある.
  • まず正解がわからない.過去がどうだったかはよりもっともらしい仮説を選んでいくことでしか推測できない.次にデータの量が膨大だということがある.数理・情報科学的なアプローチが不可欠になる.資料をデータ化し,パターンを識別し,そのパターンが生まれるプロセスを推測モデリングし,またデータに当てはめるということを繰り返していくことになる.数理解析とデータベース化が重要になるのだ.
  • そのような取り組みのひとつとして今取り組んでいるのが,遠賀川土器の楕円フーリエ解析だ.(ここで解析の手法と結果が解説される.8月のシンポジウムの内容とほぼ同じになる.その際の説明はhttp://d.hatena.ne.jp/shorebird/20170818参照)
  • 課題はいろいろと残っている.例えばこの分析では朝鮮半島から渡来したものが変形していくという仮定をおいていて,在来の土器様式との融合は考えていない.しかしその可能性は否定できない.
  • 今取り組んでいるのは解析機能付きのデータベースを作ることだ(Web上で解析まで可能なデータベースのデモ).これにデータを追加し,さらにより良いインターフェイスや解析手法を作り込んでいきたい.


質疑応答では,これまで考古学者はデータベースを作ってこなかったのかという質問があり,もちろんデータベースはあるが,それは出土サイトごと,独自形式のもので,横断的に解析可能なものではないと説明されていた.


ポスター発表


いくつか面白かったものを紹介しよう.

公正な人ほど他者の不幸を喜ぶのか?:シャーデンフロイデに関する進化心理学的検討 石井辰典
  • 他人の不幸を喜ぶシャーデンフロイデは,不公正者に対する罰の達成に伴う快感情であるという仮説がある.もしそうなら,(1)この感情は不公正に振る舞う人が不幸に出合うときに(公正な振る舞いをした人の場合に比べて)より強く感じるだろう(2)普段から不公正な人に罰を与える傾向の強い人ほど強く感じるだろう,という2つの予想が得られる.これを質問紙調査により調べた.
  • その結果(1)は支持され(ただし報復罰傾向とも相関した),(2)は支持されなかった.


(1)は日常経験からいってもそうだろう.悪いやつに天罰が降りかかる方が,いい人が不幸に会うより好ましいというのはごく普通だ.しかしこれはどのような機能を持つのだろうか.シャーデンフロイデが報酬となって自ら罰を与える傾向が強まるのだろうか.なかなか微妙なところのような気がする.

主観的な差の判断にみられる個人差と影響する要因 大西健斗
  • 2つのものを見て「差がある」と判断するか「差が無い」と判断するかについては,判断の曖昧性.位置(閾値)などについて個人差がある.これがリスク判断などの文脈に依存するかどうかを調べた.
  • 紅白のどちらの玉が多いかという課題,ワクチン接種の有効性,政策決定にかかる課題を与えてみると,判断の曖昧性については大きな差が見られなかったが,ワクチンや政策については判断位置がやや高めになった.またワクチン課題では判断のスピードが速くなった.


目の付け所がなかなか面白い.脅威やリスクについては警報的なモジュールが喚起してバイアスがかかるということだろう.

利他主義者の見極めは分析的か? 森島航介
  • ヒトは利他主義者の見極めを非言語的な手がかりから評価できることがわかっている.ではどのようなメカニズムで行っているのかについて,その判断に際に認知負荷をかけてどうなるかを調べた.
  • 先行研究で用いられた利他主義者の顔と利己主義者の顔を用いて被験者に分配委任ゲームの手を判断してもらうが,その際にヘッドホンから流れる数字の足し算をしてもらう場合とそういう負荷をかけない場合で比較する.
  • その結果計算負荷をかけても利他主義者の判断には影響がなかった.これは計算結果が不正確になるほど負荷を増やしても変わらなかった.この利他主義者の見極め判断はシステム1によっている可能性が高い.


利他者かどうかを熟考的に判断しているとは思われないので,この結果は納得的だ.

民話における超自然的存在と道徳的示唆 中分遥
  • 多くの民話には超自然的な存在,道徳的な教訓が含まれている.この2つの要素に関連があるのかどうかを調べた.
  • 世界中の民話について,それぞれ複数の超自然適要素(空を飛べる,人語を解するなど),道徳要素がどのように含まれているかを調べて,統計解析した.その結果超自然要素と道徳要素には相関は見られなかった.これらはそれぞれ独立のアトラクターだと思われる.


この発表は詳細が楽しかった.なおこれは若手ポスター発表賞を受賞している.

コストのかかる旗としての道徳(2):ノンポリは道徳進化を阻害するか 平石界

昨年の発表(http://d.hatena.ne.jp/shorebird/20161219参照)をより拡張したシミュレーション結果の発表.

  • 昨年はある集団内で2人が何らかの自説の主張を行い,コストがある主張の方がより説得力があり,説得されたメンバーは2回目以降自分も主張できる,そして主張が収束した場合にはメリットがあるという形で進化ゲームをシミュレートするとコーディネーションが成立しうるという結果を示した.
  • 今回は前提を広げ,何の主張もしない(つまりコストを負わない)チーターや.主張を変更する転向者を導入したらどうなるかを調べた.

シミュレーションの結果がパラメータごとに詳しく紹介されていた.基本はパラメータによってはコーディネーションが成立するというもので,主張の強さ,主張の大きさ,説得されやすさがどのように推移するのかも示されていた.一意に収束するというよりなかなか微妙な挙動だ.


道徳的」主張の強さは他者の存在によって変わるのか? 禰宜田一雅


前のポスターの関連発表.実際に説得したいと思うときにコストをかけて道徳的な主張を行うかどうかを調べたもの

  • 被験者に道徳的な問題(暴走トロッコ問題,アジア熱病問題,選択的夫婦別姓問題)に対する意見を聞く.その後「あなたの意見に集団の80%が賛成しています」「あなたの意見に集団の20%しか賛成していません」「(何の情報も与えない)」を教示し,もう一度自分の意見を変えるかどうかを決めてもらい,その際に自分の意見の強さを,マークシートを塗りつぶす数(塗りつぶす作業量がコストとなる)によって示してもらう.
  • この結果,(1)意見を変える人はいなかった.(2)塗りつぶす量(コスト)は,教示なし<多数派<少数派という形で差が生じた.(3)女性の方がコストをかける傾向があった.
  • これはヒトは相手を説得したいときによりコストをかける傾向があることを示唆している,また女性の方がその傾向が強いと思われる.


マークシート塗りつぶし数をコストの指標として用いるアイデアは面白い.
他者を説得するときにそれが道徳に絡むものならより懸命になりそうな気がする.その点に関しては本発表は質問項目がすべて道徳内容なので,単純な認知課題と比べてどう変わるのかに興味が持たれる.
少なくとも道徳問題では,自分が少数派であれば,世間に訴えたいという気持ちが強くなるというのは納得できる結果だ.ただ最後の性差については疑問だ.これは選択的夫婦別姓制に関する項目が影響を与えているのではないだろうか.(世間が選択的夫婦別姓制に反対していると聞かされた場合に,どう考えても事実上不利益を被っている女性の方がより怒るだろう)


以上で午前中は終了だ.


名古屋工大そば,ポケモンGOの聖地,鶴舞公園.これには写っていないが,それらしくスマホ片手の人もちらほらいる.



昼食はプログラムにあるランチガイドにしたがって,イオンタウン千種まで出かけてみた.あんかけスパ味噌煮込みうどんでもと思ったが,フードコートの名古屋飯味噌カツしかなく,店による違いを楽しむのもいいかと思って昨日と同じ味噌カツ丼を注文してみた.こちらの方がワイルドな感じ.