書評 「海鳥の行動と生態」

海鳥の行動と生態―その海洋生活への適応

海鳥の行動と生態―その海洋生活への適応

 
本書は海鳥についての専門書.出版は2010年と少し古いが,先日ペンギンのシンポジウムを聞いて興味が湧いたので読んでみたものだ.ここで海鳥とは主たる採食場が海である鳥類のグループ(ペンギン,アホウドリ,ミズナギドリ,ウミツバメ,ペリカン,ウ,カツオドリ,ネッタイチョウ,トウゾクカモメ,カモメ,ウミスズメなど350種ほど)を指す.構成は進化と生態,生理機能,分布と採食,繁殖と適応戦略,海洋環境変化となっている.
 

第1部 進化と生態

 
まず鳥が恐竜起源であることに触れ(恐竜そのものであるという踏み込んだ記述にはなっていない),飛行を支えるメカニズム(胸郭部の構造,翼と羽毛,気嚢)を解説したあと,水中への適応を説明する.鳥類で水中生活への進化は独立して5回以上生じていること,飛行能力を持ち続けることのトレードオフ(水中採餌に適応した上で飛行能力を持ち続けるのは身体メカニズム,エネルギー効率的に高いコストがあるのでしばしば飛行能力を喪失するように進化するが,餌探索上のメリットが大きい場合には喪失しないと考えられる)について説明がある.
 
ここから生態についての解説がある.餌の種類(動物プランクトン(カイアシなど),マイクロネクトン(オキアミなど),ネクトン(浮魚,イカなど),底魚,潮間帯生物)とそれを捕る海鳥の対応関係,採食方法(空中突入,表面突入,飛翔表面ついばみ,着水表面ついばみ,海底潜水,追跡潜水(足こぎ型,羽ばたき型),空中餌略奪,残飯漁り)が詳しく紹介されている.潜水プロファイルなども添付されていて楽しい.そこから世界全体の餌消費量の推計(年間7000万トンと推計される.捕食性大型魚類,海獣類,ヒトの漁業に続く大きさになるそうだ),陸上生態系に与える影響が解説されている.
 

第2部 運動機能と生理

 
第1部でも少し触れられていた潜水と飛行についてさらに詳しい解説がある.飛行(羽ばたき,滑空)と潜水(水中羽ばたき,足こぎ)の組合せの運動モードによって翼の形態などが機能的に収斂していること,水中羽ばたきを行う鳥は大胸筋と小胸筋のバランスが典型的な鳥と異なること,飛行や遊泳にはエネルギー効率的な速度(最大距離速度,抵抗係数最少速度などの詳細は楽しい)があって,多様な鳥でほぼ一定であること,滑空にもサーマルソアリングとダイナミックソアリングのモードがあること,編隊飛行の効率性の検証は難しいが一定の証拠があることなどが解説されている.最近データロガーで詳しくわかるようになった潜水運動の詳細は特に詳しくて面白い.体重あたりの潜水能力が最も高いのは意外にもウミスズメだそうだ.潜水時の酸素保有と水中の酸素消費の問題も詳細に議論されている.この両者から単純な示される潜水限界を超えるために,潜水徐脈(潜水中に心拍を下げる),部分的体温低下などの生理的メカニズムが進化している.また水中羽ばたき方式と足こぎ方式の比較,ウミスズメ類での空中羽ばたきと水中羽ばたきの比較,このトレードオフへの適応,潜水時の浮力と保温を巡るトレードオフへの適応も詳しい.
 

第3部 海上分布と採食行動

 
まず分布の調査方法が説明される.そして分布については(1)大規模スケールでは海鳥の分布は緯度帯よりも大スケールの水塊や海流と関係している(2)熱帯域では少なく高緯度になるにつれて増加する傾向がある(3)大洋の中心から東西特に東の縁に向かいにつれて密度が増大する傾向がある*1(4)中規模スケールでは海流と海底地形という海洋景観が(餌生物の密度に絡んで)分布に影響する.特に潮目などの海洋前線が重要(4)100メートル程度の小規模スケールでは餌生物の密度と海鳥の分布に関連はない(海鳥は数キロメートル以上のもっと大きいスケールで餌生物の分布を把握,記憶し,その中で探索して採餌するため)と説明されている.
続いて餌の探索行動が解説される.アホウドリの探索経路や潜水する鳥の潜水行動が採り上げられている.バイオロギングのデータから見えてくる姿は興味深い.どのような感覚系を用いているか(500メートルという暗闇で採餌するキングペンギンのデータを見ると,おそらくかすかに差し込む光の中の魚の影を見ているようだというのは面白い),個体変異などが取り扱われている.
またここで行動生態学の最適採餌理論がどこまで当てはまるかということが議論されている.いろいろな例があげられているが,シジュウカラの採餌行動などのモデルが単純に当てはまるわけではない.それは遠くまで採餌に行くために移動コストの大きさ,餌荷重のコスト,胃容積の上限,採食環境のパッチ性の複雑さなどの要因が加わるためだ.本書では潜水についてのモデルが提示され,また情報センター仮説の当てはまりについても議論されている.著者は海鳥の最適採餌戦略について今後の課題としている.様々な条件を取り込んだ海鳥の最適採餌モデル作成が必要だということだろう.
 

第4部 繁殖と適応戦略

 
ここではまず長命でゆっくり繁殖するという海鳥の特異的な生活史戦略が解説されている.海鳥は総じて長命だ.40グラムしかないコシジロウミツバメの最長寿命は43年もある.クラッチサイズは小さく,卵重量が大きく,抱卵期間と育雛期間が長く,ヒナはゆっくり成長する.
大型の海鳥ではヒナの給餌要求を操作的に増やしても給餌を増やさない傾向にある,それは長期間巣を空け遠くまで採餌に行くという生態から,給餌速度はトリップ長に左右され,短期的に給餌を増やしてその年の繁殖成績を上げるより次の繁殖期までの生存率を保つ方が有利になっているからだろうとしている.実際に繁殖地から遠くで採餌する種ほど給餌頻度が低く年間雛生産数が少ない傾向にあるそうだ.
一方海鳥の雛側は多くのエサをもらった場合には骨格や筋肉に投資せずに脂肪にため込む傾向がある.これは給餌間隔が不安定であることへの保険としての適応,また巣立ち後すぐに餌を取れるようにならないので巣立ち後の栄養不足に備えての適応という2つの仮説がある.多くの研究者は後者の要因が大きいのではないかと考えているそうだ.
このほか海鳥によって早成性だったり半早成性だったりする理由(採餌場までの距離,捕食リスク,巣立ち後の死亡率など),繁殖開始年齢が遅い理由(採食効率の上昇について年齢効果が大きい),毎年同じペアで繁殖する傾向の理由(抱卵や育雛の際の協調性の重要性)などが議論されている.
 
続いて海鳥の特徴である長距離採餌への適応が議論される.採餌トリップが長距離だったり短距離だったりする理由(効率性と飢餓リスクのトレードオフの解決),自分のための餌と給餌のための餌が異なるか(異なる場合もそうでない場合もある),ペンギンの胃油,雛の耐飢餓適応,長距離渡りと脂肪蓄積などが扱われている.
 

第5部 海洋環境変化と海鳥

 
まず餌資源の変動が与える影響が概説される.餌資源が減少したときには繁殖成績が先に減少し,成体の死亡率の上昇は最後になり,かなり餌資源が減少しないと生じない.質の高い餌(浮魚)が減少すると質の悪い餌(底魚)にスイッチし,繁殖成績が低下する(ジャンクフード仮説)と考えられているが,検証はまだ十分ではないとされている.餌資源の変動と繁殖時期により繁殖成績が上下するという説(マッチミスマッチ仮説)については具体例がいくつか紹介されている.
次に海鳥の個体数決定要因が扱われる.密度依存的要因としては餌資源の競合,営巣場所の競合などが説明されている.密度非依存的要因としては長期的気候変動による餌資源量がある.
 
続いて人間活動の与える影響が扱われる.まず漁業が餌資源を漁獲する影響が取り上げられる.実際にペルー沖ではカタクチイワシの漁獲が海鳥の繁殖成績に影響を与えているようだ.捕鯨はクジラの餌資源消費量を減らすので逆に海鳥にプラスの影響がある可能性がある.また一部の海鳥は漁業活動によって廃棄される餌に依存している.ただしこの場合餌の質の低下による悪影響もあり得る.
次に人間が直接に海鳥に悪影響を与えるケース.まず食糧や羽毛資源としての利用がある.現在は漁業による混獲が無視できない.次に外来天敵の導入,特に営巣場所の島嶼部へのネズミやネコの侵入の影響が大きい.最後に海洋汚染がある.保全を考える場合には生活史からいって繁殖成績よりも成鳥の年間生存率を上げる取り組みの方が効果的だとコメントがある.
 
最後の環境モニターとしての海鳥の利用が解説されている.海鳥は観察しやすく,海洋生態系の変化を探知するのに極めて便利なモニターになる.ここでは選られる様々なデータが概説されている.アデリーペンギンの過去一万年の卵殻化石からその餌資源の変動を捉えたリサーチ(アデリーペンギンは1万年前に魚からオキアミに大きく餌スイッチしたようだ)は面白い.また海鳥は生物濃縮を起こすので海洋プラスチック汚染のモニターとしても有用であることが指摘されている.ただし餌の選択性やサンプリングバイアスには注意する必要があることも指摘されている.
 
 
以上が本書のあらましで,海鳥についての様々な側面を一度に知ることができる便利な本になっている.各章に挟まれたコラムではリサーチ方法や様々な苦労が綴られていて読み物としても面白い(結構えぐいリサーチ手法も紹介されている.餌を調べる胃洗浄法とかメタボリックを調べる強制遊泳とか外科手術で取り付ける食道センサーとかはなかなかの迫力だ.クチバシの角度を記録するセンサーロガーとか巣内に仕込む重量ロガーなども面白い.しかし海鳥リサーチに革命を起こしたのはやはりデータロガーであり,その興奮も語られている)また各ページの上部の柱のところには各章で異なる海鳥のイラストが添えられていて楽しい.著者の思い入れが伝わる充実した一冊に仕上がっている.

*1:なぜ東の縁で密度が高いのかについては興味深いところだが,残念ながら解説されていない