Evolinguistics Symposium 「Concepts and Categories」 その2


 

シンポジムの後半はチョムスキーとの共著論文で知られるフィッチの講演から.チョムスキーの最近の考えに対してどう反論していくかという観点からのものになる.
 
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Animal concepts, Disentangling Communication and Cognition W. テカムセ・フィッチ

 

  • 最近の議論のテーマの1つは,チョムスキーたちによるヒトと動物のあいだのコミュニケーションのギャップは進化的な説明へのチャレンジだという主張だ.
  • 今日はこれに対して言語進化の生物学的アプローチ,ヒト言語の特異性,その前駆体(precursor)について話したい.

 

  • <言語進化の生物学的アプローチ>
  • 生物学的な手法としてはまず(種間)比較がある.どのような動物がコンセプトとシグナルをどちらの方向で使っているか,使えるかを見るものだ.例えばヴェルヴェットモンキーにはヘビ,ワシ,ヒョウの警戒コールがある.しかしそれ以外のもの例えば樹木とか巣などについては信号を持たない.
  • 異種間で共有されている可能性のある言語の基礎としてはシグナル,意味論,統語論がある.そしてその上にヒトの特異的能力がいくつかあって言語が可能になっていると考えている.(イメージの図示あり)

 

  • <ヒト言語の特異性>
  • 言語と(ヒト以外の)霊長類のコミュニケーションは何が違うのか.
  • コール使用とコール解釈はある程度共有されている.しかしコール構造が異なっているようだ.
  • 組合せ可能性と創造性が問題になる.特に後者は霊長類にはほとんど証拠が無い.
  • 音声学習は動物で何度も独立に進化している.統語論と意味論を考えるには組合せ可能性が特に重要だ.霊長類においてサイン言語学習などの実験がいくつかある.その結果はすごく簡単な統語論のみ学習できる(〇〇を頂戴,私をくすぐってなど)というものだ.
  • それを超えているのがヒトの言語となる.これについてはデンドロフィリア仮説と呼ばれるものがある.それはヒト言語の種特異性はライン構造からツリー構造を推論できるところにあるというものだ.
  • これに関連した新しいマカクを用いた実験がある.abc→cbaという逆転操作を訓練してabcd→dcbaができるようになるかを見るものだ.これをマカクにできるようにするには2年かけて5000~10000試行が必要になる.しかしヒトの3~4歳児はデモンストレーションを見ただけでできる.ものすごく大きな量的な差があるのだ.
  • これについての(至近的な)説明にはブローカスープラレギュラリティ(Broca's & Supra-Regularity)仮説がある.
  • ではこの前駆体は何なのだろうか.この能力が進化するための淘汰圧は何だろうか

 

  • <認知前駆体の探索>
  • ここにチョムスキーの不人気な仮説がある.言語の特異性はマージにあり,最初のアドバンテージは純認知的なもので,そののち変化がないというものだ.
  • ではこれをどう検証(あるいは反証)すればいいのか
  • これには意味論と語用論が関係する.
  • 動物の認知にフォーカスし,統語論的意味論的な前駆体を探索する.この際にはグールドのいう外適応の概念が役に立つ.
  • 概念と意味についてのメンタリストモデルを考える.木の陰に猫が入り込んだのを見た人が言語でそれを伝える.受信者は木の陰のネコをメンタルにイメージする.これが意味だと考える.多くの哲学者は意味は頭の中ではなく外にあると反対するだろう.しかしメンタリストだけがそこにいるのだ.
  • そう考えると動物の認知に意味論の共有基礎があることがわかる.動物にもカテゴリー,感情,プラン,ゴール,ルールがあるのだ.これらは言語に先立っている. 

 

  • 階層性の前駆体の候補はいくつかある.空間の表現(〇〇はどこにあるのか.〇〇に行く道など),道具使用や道具作成(ニューカレドニアカラスの例),社会認知,心の理論だ.
  • 特に心の理論は興味深い.これは認知的には難しく(誰が何を知らないのかのところが難しい),階層性がビルトインされている.
  • 心の理論は見つめること(gaze)を通じて実験できる.他個体が見ていたということを他個体が知っていると解釈できるからだ.
  • ポリネリはチンパンジーの前に餌と目隠しした人と口を隠した人を用意し,チンパンジーがどちらに餌をねだるかを調べた.それはチャンスレベルだった.ポリネリはこの結果を持ってチンパンジーには心の理論がないと結論づけた.
  • しかしブライアン・ヘアは野生のチンパンジーは誰かに餌をねだったりしないことからこの結論に疑問を持った.そして競争的文脈で優位個体が餌を隠している場所を見ているかどうかという形で実験し,チンパンジーの劣位個体はこの課題をこなせることを示した.
  • ポリネリは納得せず,この結果の解釈は(優位個体の)邪悪な視線から逃れているだけだと解釈できると反論した.
  • ニッキー・クレイトンは,アオカケスを用いて餌を隠すところを他個体が見ていれば,その他個体がいなくなるとすぐに餌の隠し場所を変えるという結果を示した.またワタリガラスを用いて他個体が見ているのではなく,覗き穴があって,他個体の声が聞こえる条件でも同じように餌の隠し場所を変えることを示した.これは邪悪な視線とは無関係であることを明確に示していた.これでポリネリは降参した.
  • チンパンジーやワタリガラスには他者の視点に立って物事を理解する心の理論があるといっていい.

 

  • すると階層性の前駆体候補には空間認知,道具使用,心の理論の3つがあることになる.

 

  • 本日の結論としては(1)言語はサブコンポーネントに分けて調べる方がいい(2)サブコンポーネントごとに前駆体を探索して進化史を推測できる(3)概念の階層性統語論には前駆体があるということになる.

  

Q&A

 
Q:社会認知の前駆体性については証拠が少ないのではないか
 
A:子どもの発達段階との相関性があるという主張はある.しかしこれはあまりうまくない説明かもしれない.心の理論についてはシェイクスピアを読むと実感できる.子どもにとっても「パパがどう考えているか」などは重要になる.ここで社会認知が言語に寄生しているという可能性もある.言語なしでは複雑な社会認知が難しいのかもしれない.
 
 
階層性の前駆体は心の理論が有力ではないかという趣旨に受け取れる話だった.これは私の直感的印象に近い.もっとも道具使用と心の理論とどちらがよりありそうかということを検証するのは難しそうだ.
続いては言語学者のゲントナーの講演.

Metaphor, abstraction and language change デドレ・ゲントナー

 

  • 概念には身体性(embodiment)が強いものと弱いものがある.強い身体性概念は感覚運動系由来のものになるが,弱い身体性概念には多くの抽象的な概念が含まれる.
  • この感覚運動系由来の概念から抽象的概念には連続性がある.そして多くの抽象概念はリレーショナルなものだ.今日はこのあたりを考えていきたい.

 

  • 抽象概念の1つの例は「肉食」だ.何か直接感覚運動系とつながっているわけではない.
  • このような抽象概念の切り分けは言語で異なる.単純な空間的関連性の概念であっても,例えば英語でin, on, overで表す概念をオランダ語では1つの語で表す.これは動作に係る動詞も同じだ.ただしその多様性は概念のドメインごとに異なる.多様性が高い方から例を並べると,空間→コンテナ→身体部位→色彩になる.
  • 要するに関連性の概念は世界にあるのではなく作られるものだということになる.

 

  • また関係性がオープンのものからクローズドなものまでにも連続性がある.これもオープンなものから例を並べると,固有名詞→リレーショナルな名詞→動詞→前置詞→機能語になる.
  • 動詞や前置詞は語と世界の指示(reference)だけでは意味を捉えられない.リレーショナルな言葉の理解には世界との指示(reference)だけでなく意味論のシステムが必要になる.
  • これが語獲得の過程でまず名詞から獲得していく理由になる.

 

  • リレーショナルな概念はしばしば非常に抽象的で,多くのものがアナロジーやメタファーから作られている.
  • アナロジーは普遍的で新しい推論技法であり抽象性を導き語の拡張をサポートする.
  • その際に鍵になるのが構造マッピングだ.あるもののツリー構造を解明し,それを抽象化して,アナロジーとして別の現象に当てはめる.構造を比較する.その際には深い構造ほど好まれる.また当てはめ対象に欠けている構造を補完することもある(推論技法).例をあげよう.「ウォラップ社はタイヤ部門を売り払った」と「マーサはジョージと別れた」が比較されると,その深い意味(回収した資本を別の部門へ再投資する)と(もっといい男とつきあう)の類似性に光が当たるのだ.
  • アナロジーやメタファーは直接的な比較からより抽象性が高いものまで連続的にある
  • 時系列的には,これらは最初2つのものの直接的な比較から始まり,だんだん抽象化していく.そして繰り返し使用されるにつれて別の意味を帯び,慣用句になる.そしてさらに意味が拡張されていく.比較から始まってカテゴリーになっていくのだ.
  • この最初の段階(直接的な比較)では直喩は隠喩より素速く理解されるが,最後の意味が拡張された段階では隠喩の方が素速く理解される.
  • そして最後にはもともとの意味は忘れられる.新しい比較→慣用メタファー→デッドメタファーとなる.デットメタファーの例は「ブロックバスター」だ.これは元々壁を壊すもので高性能爆弾の意味だったが,今では映画などのメガヒットを指し,爆弾という意味は忘れられている.
  • こういう意味の変遷を調べるのは言語歴史学と呼ばれる.サンクチュアリというのは元々聖なる場所という意味だ.英語のこの用法は14世紀から16世紀にかけてみられる.そして16世紀に最初の比較用法が現れ,17世紀にメタファーとしての用法が現れる.
Q&A

 
Q:動物にメタファーの前駆体はあるか
 
A:Noだ.トマセロはチンパンジーにはリレーショナルな概念はないといっている.
 
言語学者の話を聞く機会はあまりないので大変楽しい講演だった.
 
 

General Discussion 岡ノ谷一夫

 
プラグラムでは一般討論の時間がとられていたが,ここまでのトークが押してしまったために時間切れ.
岡ノ谷からは,これから駒場構内のイタリアントマトでレセプションを行うので,そこで議論をしよう,興味深い論点は「指示(reference)とは何か」「感覚運動系から抽象へ」「統語論,アナロジーの創発」あたりではないかとコメントがあってお開きになった.所用ありレセプションには参加できなかったが,なかなか楽しいシンポジウムだった.
 
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