日本進化学会2012 参加日誌 その5 


進化学会も3日目.今日も暑い.


第3日 8月23日


午前の部は脊椎動物のシンポジウムに参加


「脊椎動物の形態進化−発生学、古生物学、形態学の視点から−」


このシンポジウムは面白い構成になっていて,脊椎動物の形態変化の歴史を理解する試みとして3つのテーマを選び,それぞれを2人の発表という形にしている.3つのテーマは「四肢・歩行の進化」「頭部筋肉の進化」「カメの進化」とされているが,最初のテーマはむしろ「恐竜」とした方がよかったのではないだろうか.



テーマ1 四肢・歩行の進化



「恐竜発生学のすすめ」 田村宏治


現在恐竜の起源についてはほぼ恐竜起源ということで決着が付いているが,その最後の決め手になった研究についての発表.(これは昨年2月にプレスリリースされているものだ.http://www.tohoku.ac.jp/japanese/newimg/pressimg/press20110211.pdf


<学説史についてのおさらい>
始祖鳥の化石の発見が今から151年前で,その当時からの論争ということになる.様々な形態の類似性からみて恐竜起源ということが主流になってからもなお一部の学者は恐竜とは異なる別の爬虫類起源説を唱え続けてきた.そしてその最大の根拠は「鳥類の前肢の3本の指は234(つまり人差し指,中指,薬指)だが恐竜のそれは123(親指,人差し指,中指)で相同ではない」というものだった.
ではそれぞれ234とか123と考える根拠は何だったのか.恐竜が123というのは古生物学者の見解で,それは近縁と思われるワニの前肢との比較から123と同定している.そして実はそのような考察をすれば鳥類も123と考えてよく,古生物学者はそう考えていたのだ.では234というのはどこから来たのか.それは発生学者の見解だった.発生の過程を見ていくと,5本指の脊椎動物の場合最初の軸形成されるところ(プライマリーアクシス)が4になる.そして鳥においてはその軸上に1本とその上に2本指が生じるので234と同定すべきだということになる.


<遺伝子発現から見た指の相同問題>
発表者はここで鳥類の前肢の指の発生においてどのような遺伝子が発現していくのかを丁寧にしらべた.するとまず後脚では第1指のところにでるmarioと呼ばれる遺伝子発現が前肢においても一番上の指に発現している.またそれ以外の指を決めるshhという遺伝子発現を調べても123と同定するとつじつまが合う.つまりプライマリーアクシスの形成と指の指定は異なるメカニズムで,鳥の前肢では指がずれたと考えると最も整合的に解釈できる.というわけで発生的にも鳥類の前肢の指は123だと考えられる.これ以外の鳥類恐竜起源否定説の説得力ある根拠はないので,論争は決着が付いたと考えてよいということになる.


<今後の展開>
恐竜と鳥が近縁ということで鳥類の発生や遺伝子発現を調べれば恐竜についてもいろいろなことが理解できるのではないかと期待している.現在はまず四肢をいろいろと調べているところ.指の減少,中足骨のパターンなど.今後は羽毛についてもいろいろわかるのではないかと思っている.



鳥類の起源については昔から関心があって,個人的には恐竜説のファンだったのだが,指の相同問題だけは引っかかっていた.これについに昨年決着が付いたと聞き,喜ばしく思っていたところだが,その決め手の研究を直接聞けて大変楽しかった.


関連書籍

鳥の起源と進化

鳥の起源と進化


ちょっと古いが,なお鳥類非恐竜起源説でがんばっているフェドゥーシアの大著.起源以外にもいろいろ書かれていて面白い本だ.非恐竜起源説についていえば,恐竜ではないとがんばるだけで,ではどのような動物が起源なのかについて何も示せないというところが致命的な感じだが,指の相同問題だけは重い(そのほかの恐竜起源否定の根拠は薄弱)というのが私の印象.


The Bird: A Natural History of Who Birds Are, Where They Came From, and How They Live

The Bird: A Natural History of Who Birds Are, Where They Came From, and How They Live

鳥類全体についての大変優れた概説書.起源については恐竜に傾きながらもフェドゥーシアに敬意を表して両論併記にとどまっている,現在なら書きぶりを変えたかもしれない.私の書評はhttp://d.hatena.ne.jp/shorebird/20100514




「ワニと鳥類の祖先(主竜類)における直立姿勢と二足歩行の進化」 久保 泰


まず様々な姿勢(はい歩き,半直立,直立),肢の形式(蹠行性,指行性,蹄行性),2足と4足を解説.
進化的には「はい歩き,蹠行性,4足歩行」から様々な系統で直立2足歩行が進化したことがわかる.ここでは特に主竜類について考えると,ワニの系統と恐竜・鳥の系統で少なくとも2回独立に進化したようだ.
これはまず骨格から知ることができる.歩行に使用する筋肉やその付着部分,関節の動く方向を見るやり方だ.これ以外に足跡化石から調べる方法もある.足跡化石を使う方法の利点は標本数を多くとれるのである程度統計的に理解できるところだ.
足跡化石から見ると主竜類では三畳紀前期から直立が成立し,大きく放散したと思われる.(足跡化石の弱点は詳しい系統がわからないこと)
直立2足歩行は主竜類とワニで2回進化している.ここで中足骨の長さと相関をとってみると両方の系統で相関している.これは2足歩行と走行スピードに相関があることを意味しており,少なくとも主竜類の2足歩行は(前肢を別の目的で使うためではなく)走行速度を上げるための適応であったと考えられる.
最後にこのような新しい行動様式によりジュラ紀以降の恐竜が大放散できたのではないかとコメントがあった.


直立2足歩行のワニについては知らなかったので大変興味深かった.主竜類の直立2足歩行が歩行速度を上げるための適応という点については,別の要因で2足歩行になってから速度が上がった可能性もあるような気もするが,おおむね説得的.ただだから放散できたというのは怪しいような気がする.



テーマ2 頭部筋肉の進化



「脊椎動物頭部筋肉の進化と頭部分節性問題」 足立礼考


脊椎動物の頭部筋肉のもとになる頭部中胚葉の起源についての発生学的な発表.哺乳類などの頭部中胚葉に分節構造は見られないが,サメに見られる分節構造がその祖先形態だと考えられてきた.しかし遺伝子発現を調べるとサメの分節は二次的に進化したものらしいという内容.



「齧歯類における咬筋構造と顎運動の多様性」 佐藤和彦


哺乳類の咀嚼筋には4つ(側頭筋,咬筋,外側翼突筋,内側翼突筋)あり,霊長目や食肉目の哺乳類では顎を閉じるときに主に使うのは側頭筋だが,齧歯類では咬筋になる.これは咬筋の方が頭骨の付着部がより前になり強く咬むのに有利だから(そして説明にはなかったが逆に大きく顎を開けるには不利になる)からだと思われる.
この咬筋は表面,深層,内側の3層からなっており,それぞれ付着部位が異なる.これまではこの発達度合いの組み合わせにより分類が行われてきたが,分子系統樹からは実は何度も独立に進化していることがわかった.これは顎の運動(切歯がぶつかりにくい斜め方向の咀嚼が重要かどうかなど)と眼の大きさ(眼窩の裏を通る筋肉とトレードオフになる)と深い関係にあると考えられるというもの


咀嚼筋についてはあまりよく知らなかったので大変面白かった.やはり細かな適応話は面白い.



テーマ3 カメの進化



「最古のカメは語る」 平山 廉


2008年に中国で発掘され,腹側の甲羅はちゃんとあるにもかかわらず背側の甲羅が不完全なカメの化石(2億2000万年前)オドントケリスについての発表
まずはカメについて.現世のカメ類は約300種.その最大の特徴は甲羅で,これは骨板の上に鱗板(ケラチン,一種のウロコ)が発達した構造になっている.このことから化石にはなりやすく日本でも多くのカメの化石がでている.2008年まで最古のカメの化石とされていたのはドイツで出土した2億1000万年前のプロガノケリスで,首は原始的だが,完全な甲羅があった.
また19世紀以降分類的には原始的な爬虫類から分かれたとされ,無弓類とされていた.20世紀末あたりから分子の知見により,カメはトカゲよりもむしろ鳥やワニに近いとされるようになってきた.これは卵化石による卵殻の構造の分析からも裏付けられている.移動様式を見てもカメはトカゲのようにくねらず,様式的にはむしろ直立歩行に近い.このことから現在では主竜類に分類されることが多くなった.


ここからオドントケリスについて.形態について多くの写真を使っていろいろな説明がある.

  • 全長は約30センチで,背甲はスカスカの骨版からなっており,顎には歯がある.
  • 2012年の国際的なカメのシンポジウムではライソンたちはなお無弓類だと主張している.しかし腹肋骨が無いのでこの主張には無理があるだろう.
  • カメとして全て原始的かというと,方形骨などを見るとプロガノケリスより進化しているように見えるところもある.
  • 最初に発表されたときには海棲のカメとして紹介されていたが,前肢や後肢の形態,舌骨の発達具合を見ると水陸両棲でむしろ陸棲に近いようだ.
  • 背甲は不完全だが,これが進化途中の原始的な形態か,二次的に退化した形態なのかはなお結論は出せない.
  • 分類的には後肢の指が4本あり,無弓類というより主竜類の方が据わりがいい.


カメの専門家からオドントケリスの詳細な説明が聞けて大変楽しい発表だった.



「カメの起源:胚発生、ゲノム、そして化石の示す進化シナリオ」 倉谷 滋


発生学者からのカメの甲羅の発達についての深い発表.Hox遺伝子の発現,発生途中の観察などから,肋骨が甲羅に変わっていく際に肩甲骨が内側に移動しそれに付着する筋肉も内側に移動し最後には付着部分が変化した過程が説明される.また背甲の発達についても様々な遺伝子発現が説明されていた.


発生の話はいつも深い.その後,カメの分類上の位置(なお無弓類と考える余地もあるだろう),オドントケリスの背甲の解釈について質疑応答で盛り上がっていた.


以上のところで3日目の午前中が終了だ.