War and Peace and War:The Rise and Fall of Empires その62

 
14世紀が始まるころ,フランスはある種の黄金時代だったが,そこから崩壊する.ターチンはこれは基本的に人口増加によりマルサストラップに入り込んだところに黒死病のインパクトが加わったことから説明できるとする.しかし崩壊からの回復過程は単純なマルサス過程より遅れたのだと指摘する.そしてそれは支配階層のダイナミズムとそれが国家に与えた影響から説明できるとする.説明はまず崩壊過程の階層別にみた詳細から始まる.
 

第8章 運命の車輪の逆側:栄光の13世紀から絶望の14世紀へ その6

 

  • 中世フランスの支配階層とは誰か.農業社会,つまり生産の大半が穀物と家畜を育てることで構成されている社会では.土地こそが生産の最重要手段であり,富の主要な形態だった.土地の配分は権力の配分と強く相関していた.なぜなら富と権力は物理学における位置エネルギーと運動エネルギーのような関係にあるからだ.富あるいはそこからの収入は,影響力を購入したり家臣を雇うことにより,容易に権力に替えることができる.また政治的権力は土地獲得能力を高める(そしてそれは更なる権力の元となる)のだ.
  • フランスの権力階層の頂点には大領主;王を含む高位貴族と高位聖職者がいた.その下には上流騎士から騎士従者に至る様々な貴族がいた.これらの階層は6〜10万世帯からなり,フランス人口の2%程度を占めていた.またこの貴族層内部の貧富の差も大きかった.(100倍以上の差があったこと,最下層の貴族の収入だと一家4人が食っていけるかつかつだったことが解説されている)そして中世英国も似たような社会構造を持っていた,(詳しく解説がある)

 
ターチンのクリオダイナミクスでは支配階層の動向が重要な要因となる.このためまず支配階層がどういうものだったかが説明されていることになる.ここではlay lordsを王を含む高位貴族と訳しておいた.ターチンはここにthe king, dukes, counts, and barons(国王,公爵,伯爵,男爵)が含まれるとしている.なぜmarquesses(侯爵)やviscounts(子爵)が含まれていないのかはよくわからなかった(この時代だとmarquessはなお辺境伯であり,viscountsは副伯なのでcountsに含まれるということなのかもしれない).また高位聖職者(prelates)にはabbots, bishops, and archbishopsが含まれるとしている.それぞれ大修道院長,司教,大司教と訳されるらしい.
 

  • 中世盛期の人口増加は貧困化を招き,人口の大半にとって苦難の時期となった.しかし土地持ち貴族はおおむね13世紀の経済トレンドの中で利益を得た.彼らの主な生産物である穀物の価格は上昇し,コストである農場労働者の賃金は下落した.あるいは土地を暴騰した地代で誰かに貸すこともできた.さらに食品などの生活必需品の価格が大幅に上昇する中で,工作物の価格はそこまで上昇しなかった.これは工作物生産にかかる大きなコストが賃金だったからだ.
  • 貴族たちは突然自分たちがより富裕になったことに気付いた.彼らはそれを贅沢品や顕示消費に費やすようになった.この需要に反応し,商人は贅沢品を海外から輸入し,都市の起業家は都市に流れ込んだ貧困層の安い労働力を使って生産規模を拡大させた.この結果,13世紀には交易が拡大し,美術工芸品の価格が上昇し,都市化が進んだ.富裕な商人や起業家が都市で台頭した.ゴシック建築の一大ブームはこの経済トレンドの間接的な結果だ.大土地を領有する貴族と聖職者たちは贅沢消費に励み,ゴージャスなキリスト教教会が建てられた.
  • このようにして13世紀には2つの矛盾するトレンドが観察できる.片方で,人口プレッシャーが上昇し,人口の大半の生活水準は下がり,一部は破滅の一歩手前まで追い込まれた.もう片方で,富裕者や権力者は黄金時代を享受した.厄災への警告サインは出ていたが,見過ごされた.(貴族たちは)下層民に何が生じているかについて関心を示さなかった.13世紀のテキストはエリートに向けてエリートが書いたものが大半だったからだ.これは現代の歴史家にとっても見過ごされやすい警告サインだったのだ.

 
人口増は消費者人口とともに労働可能人口を増やす.主要産業が農業で農地がすぐに増えないとすると,食料品は不足して価格が上昇し,片方で労働力が過剰になり,賃金水準は下がる.そしてそれは生産手段である土地を独占している支配階層を富ませ,庶民を困窮させる.こうして貧富の差が拡大したとターチンは解説する.貴族文化の花開いた中世盛期は実はなかなか酷い社会だったということになる.