War and Peace and War:The Rise and Fall of Empires その61

 
14世紀が始まるころ,フランスはある種の黄金時代だったが,そこから崩壊する.人口増加によりヨーロッパは典型的なマルサストラップに陥り(内的ダイナミクス),そこに冷涼気候による大飢饉と黒死病(外的要因)が襲う.ターチンはこれらの諸要因と結果の間の因果の複雑性を指摘する.
 

第8章 運命の車輪の逆側:栄光の13世紀から絶望の14世紀へ その5

 

  • 黒死病の原因は複雑であり,結果もやはり複雑だ.それはたしかに恐ろしい厄災だったが,人口のプレッシャーが減り,生存者にはよい効果もあった.マルサス過程が逆転したのだ.
  • 厄災が過ぎ去ったあと食品価格は下がり,実質賃金は上昇し,土地貸借料は下がった.土地を持たなかった農民は死亡した親類から土地を相続できたり,あるいは放棄された農地を獲得することができた.土地所有者は急激な労働者不足と地代低下に直面した.場合によっては賃借人に土地をただで利用していいから荒廃させないでほしいと頼み込んだ.労働者不足は賃金の上昇につながった.フランスでも英国でも1350年に実質賃金は50年前の2~3倍になった.戦時を除けば,普通の人々の実質賃金と消費水準はかなり改善されたのだ.
  • 限界生産価値の小さい農地は放棄されたり牧草地に転換された.総生産量は下がったが人口減少割合の方が大きかったので,農業生産性は上昇し,1人当たりの食料供給も増えた.人々は肉を食べ,ビールやワインを飲むようになった.食料に占めるパンの割合が下がり,パンの品質も向上した.
  • 13~14世紀の経済トレンドはマルサス理論の1側面(つまり人口圧力が食品価格,実質賃金,地代にどういう影響を与えるか)についての素晴らしい検証事例となっている.人口は1300年ごろまで増え,それから(特に1348年以降急激に)減少した.そしてその影響は理論通りだった.

 
この部分のターチンの説明はやや曖昧だが,おそらく内的なダイナミクスの循環過程としてのマルサス過程があり,黒死病はそのダイナミクスを加速したという趣旨なのだろう.インパクトの評価としては,加速したかどうかだけでなく,振幅を上げたのか,下げたのかの評価もほしいところだ.
 

  • しかしマルサスの理論は別の予測もしている.それは経済状況が黒死病以降急激に改善したならば,その後人口が増え始めるだろうというものだ.1380年までには黒死病から1世代以上が過ぎ,下層階級の人々にとっての経済状況は大きく改善した.しかしマルサスの予測に反して人口は停滞あるいは減少していた.フランスでは人口再増加の最初の徴候が現れるのは1450年以降であり,英国では1500年以降だった.何がこの100年にわたる遅延を引き起こしたのか.それは疫病ではなかった.たしかにペストの流行は15世紀を通じて散発的に生じたが,それは徐々に頻度を下げ,流行もマイルドなものになっていた.
  • 単純なマルサス理論には何か問題があるのだ.私たちはこの1350~1450年という100年間を理解するためには,別の要素を検討しなければならない.それは支配階層のダイナミズムとそれが国家に与える影響だ.

  
このターチンの指摘とそれをどう説明するかが本章のポイント,そしてターチンのクリオダイナミクスということになる.どのように説明がなされるかが興味深いところだ.
 
マルサスの人口論.原題は「An Essay on the Principle of Population」になる.