読書中 「Genes in Conflict」 第9章 その13

Genes in Conflict: The Biology of Selfish Genetic Elements

Genes in Conflict: The Biology of Selfish Genetic Elements



今日はB染色体のハイライト,性比との関係.
B染色体はオスかメスかどちらかでドライブする.これがまずどうしてなのか興味をそそるのだが説明はない..
それを置いておいてどちらかの性でドライブがかかるのなら当然個別のB染色体は,自分が今存在するホストがそちらの性になることを選好するだろう.故にホストの性をいじって性比が傾けようとすることが予想される.当然ホストはこれを抑制しようとするだろう.めくるめく進化ゲームの始まりだ.


まずは半倍数体生物のキョウソヤドリコバチのPSR.B染色体は精子に入り,受精後いっしょに来たA染色体を殲滅し,卵由来のA染色体とともに半数体のオスになる.しかしホスト側は半倍数体なので簡単にメスは性比を元に戻せるはずだ.著者は,だからPSRは通常の状況では有利にならない.しかし何らかの別の要因によって精子がメスに傾いているときのみオスの過剰生産が有利になると説明する.
しかしここまでで結構難解だ.仮にホスト側で性比を元に戻さなくとも,そもそもPSRは次世代のメスをオスに変えるだけだ.性比をいじるだけでは自分のはいる性(オス)がより増えるだけだから,相対的にメスが有利になり,ドラッグ効果しかないような気がする.また何らかの理由で性比が傾いているときには,それが平衡であるならそこからオスを過剰生産すれば常にそれはオスが不利になるのではないだろうか.つまりすでに平衡性比であればそこから逸脱するのは常に不利*1ではないだろうか.

いったん先に進むと別の理由でメスに傾く性比ということで,局所的配偶競争とインブリーディングが取り上げられる.この場合に解析するとPSRはオス集団の3%を越えると不利であり,実際に10%を越えるとB染色体が失われるケースがあると説明される.微妙に難しい,局所的配偶競争がきついときに,ほんの少しのオスがPSRなら寄生できるという頻度依存構造があるということだ.そのメカニズムは以下のようなことらしい.PSRが有利になる状況は性比がどれだけメスに傾いているかにより決まる.(ここは上記の通り私には常に不利になるような気がして理解できない.いったん平衡頻度より何らかの理由でさらにメスに傾いているとしてさきに進もう)一方PSRによるオスの過剰生産の集団へのダメージを通じてPSRの有利さは頻度依存するので,これが釣り合う状況ではPSRは一定の頻度平衡になるということらしい.*2


一般的にPSRのオスは通常オスと同じぐらいfitで,寿命,オス同士の競争,精子作成能力どれも劣っているというデータはないらしい.著者のコメントではPSRは破壊的なB染色体であり,通常の環境下では成功しない.他の利己的遺伝要素により性比がゆがんでいるときのみ成功できる.他のB染色体と異なり,nondisjunctionや減数分裂バイアスでドライブをかけるわけではないということだ.先ほどの私の疑問とあわせて考えれば,つまりPSRは単体でドライブするわけでなく,メス性比ドライブを行う利己的遺伝要素に共生(かつホストに寄生)していると理解すればよいみたいだ.そう考えるとこれは本来破壊的で単独では寄生できない利己的遺伝要素が2種類共生し頻度平衡になってホストに寄生しているということになるのだろう.まさに興味深い.


そうするとこのPSRは本節の冒頭で主張しているどちらかの性でドライブをかけるためにその性を選好して性比をいじる現象とはちょっと別の現象だということになるだろう.ここは説明ぶりに工夫の余地があるのではないだろうか.

またタマゴバチで見つかったウォルバキア感染とB染色体の共寄生も説明されていて面白い.ウォルバキアはオスとメスに変え,PSR類似B染色体はメスをオスに変えるわけだ.



第9章 B染色体  その13


7. B染色体と性比


B染色体は,通常オスかメスどちらかでドライブするので,ホストの性比にドライブがかかる方の性を選好するバイアスをかけると推測できる.そしてAは逆にバイアスをかけようとするだろう.


(1) ヤドリコバチのPSR(paternal sex ratio)


PSRは異常に破壊的なB染色体である.半倍数体の寄生バチ,キョウソヤドリコバチで発見された.これは父由来で伝達され,発生個体は半数体になり,メスになるべきものがオスになる.PSRは何らかの理由でメスに性比が傾いた集団でしかドライブがかからない.
このようなメスに傾いた性比は,局所的配偶競争の場合と,メスに性比を傾ける利己的遺伝要素がある場合に生じうる.


PSRは破壊的なB染色体であり,通常の環境下では成功しない.他の利己的遺伝要素により性比がゆがんでいるときのみ成功できる.他のB染色体と異なり,nondisjunctionや減数分裂バイアスでドライブをかけるわけではない.

PSRに似た効果を持つ染色体がタマゴコバチで発見されている.

PSRに似たエレメントは半倍数体の膜翅目昆虫には多いのではないかと思われる.多くの種はインブリードでなくとも細胞質感染体の影響でメスに傾いた性比を持っている.またPSRは(自分といっしょに来たA染色体を破壊するから雑種弱性の問題が起こらない)簡単に近縁種に導入することができる.

*1:8/27追記 青木先生とのコメントのやりとりで明らかになったが,ここは私の勘違いだったようだ.平衡性比から逸脱すれば不利になるが,それでも性比が0.5より小さければPSRは集団に侵入できる.PSRの頻度が増えてくるとオスが増えてくるので性比は大きくなりどこかで平衡になる

*2:同じく8/27追記 やはり青木先生のコメントで明らかになったように,ヤドリコバチのように寄生するホストに何匹かのメスが産卵するようなデームを形成する局所的配偶競争で問題になるのは,そもそも産卵メスが少ないときにLMCで性比が小さくなるのだが,そこにPSRメスが1匹でもはいるとこれが大きく性比をあげてしまうので,性比が0.5未満という条件からはずれてしまいやすいというところだ.しかしLMCの半倍数体生物のESS性比の式から計算すると1デームあたりのメス数が6個体を越えるとPSRメスが1匹侵入したときの性比がわずかに0.5を下回り,このため侵入可能という計算が成り立つ.計算根拠は下の青木先生のコメントに詳しい.またPSRメスが存在するということが条件になれば,非PSRメスにとっては単純なLMCのESS性比より小さい性比が有利になるので,よりPSRは侵入定着しやすくなるだろうとWerren and Beukeboom 1993bの論文には書かれている.私は寄生バチの生態には詳しくないが,実際にヤドリコバチやその他の寄生バチは6個体以上で同じホストに産卵することがそれほどあるのだろうか.いずれにしてもLMC条件のみでは,PSRは,まさにぎりぎりで少し侵入定着できるだけということだ.実際には平衡からはずれる別の寄生体との共生関係の方が条件が広いということらしい.