読書中 「Moral Minds」 第1章 その5

Moral Minds: How Nature Designed Our Universal Sense of Right and Wrong

Moral Minds: How Nature Designed Our Universal Sense of Right and Wrong




ハウザーの提案する道徳能力のモデルはチョムスキー,ピンカーによる言語能力のモデルとよく似ている.そして,道徳能力は言語能力と同じように,普遍的な文法の上に,文化によるパラメーター設定があるだろうとしている.例としては幼児虐待は普遍的に悪であるが,嬰児殺しが認められる条件は文化により異なることを挙げている.


そして第2部以降の本書で考察していく事柄を予告編として示している.


<道徳判断と感情についての関係>


道徳判断のモデルを3つ立て,哲学的な考察ではなく,科学的な検証を行っていきたいとしている

  1. ヒューム的.特定事件をどう受け止めるかの感情に従って道徳判断を行う.
  2. ヒュームとカントのハイブリッド.無意識の感情と意識的な理由付け(功利的,あるいは機能的)による.
  3. ロールズ的.特定事件を文法解析して判断が生じる.その後で感情がわき起こる.この場合脳損傷により感情生起ができなくなっても道徳判断は可能になる.サイコパスも善悪の判断自体はできる.

当然ハウザーの主張は第3のロールズ的なモデルだ.その検証方法まで述べられていてわかりやすい.




<道徳文法の具体的な中身の記法>


言語が音素から音,単語,文節,文,文章と組み合わされるように,行動も組み合わさって意味を持つようになる.行動者,行動,受動者,結果,道徳判断という枠組みに従う.言語は限定的な要素から無限の意味を作り出す.行動も限定的な要素から無限の意味を持つ.
ロールズは道徳文法を説明するまったく新しいコンセプトから作っていく必要があるといっている.おそらくこれまでの,行動概念「害する」「助ける」,原因「意図的な」「偶然の」,結果「意図した」「予見できた」などは道徳文法を記述するには不十分になるだろう.


ここはなかなか難しい.どうもハウザーは道徳文法の解析は言語文法の解析とは相当異なっているので,いわゆる5W1Hの構成や優先度が違っている可能性が高いといっているようだ.本当だろうか? どちらも社会生活の中で起こる様々なことのなかから,適応的に意味があることを認識するための道具として進化してきたものであるから相当程度同じなのではないだろうか? ここは第2部以降を楽しみに読むことにしよう.



<発達>


道徳能力はどのように発達するのだろうか.どこまでが生得的で,どんなことを学びやすい傾向があるのだろうか.少なくとも道徳文法の基礎は生得的だろう.そして重要な環境要因は何か.


<進化>


道徳能力はどのように進化したのだろうか.これは要素を分解して系統分析をすることによって得られる.


ここでの進化についてのハウザーの問題意識にはちょっと不満だ.進化を問題にするなら,どのような適応であるのかにも切れ込んで欲しい



<何が道徳能力に必須なのか>


信念や目的は重要だろう.
原因をどう考えるのかも重要だ.(同じようにサイドエフェクトがあることを知っていても,ビジネス上の決断が環境に好影響を与えるか,悪影響を与えるかによって,その社長の決断が原因と考えられたり,そうでなかったりする,私たちはそういうバイアスを3歳頃から持つらしい)
関連する感情も複雑な問題を提示している.何がそのような感情を引き起こすのだろう.何らかのシステムがまず状況を解釈しているのだ.少なくとも感情は道徳判断のためにだけあるわけではない.
記憶も同じだ.


ここでハウザーがあげている中で,因果関係の認知というのはかなり興味深い問題だ.私は,そもそも因果関係とは何かということ自体相当難しい問題があるということをデネットのfreedom evolvesではじめて認識したのだが,それの認知についての道徳と絡めた考察は是非詳しく知りたいところである.このあたりも楽しみだ.記憶についても道徳独自の問題があるのだろうか.これも興味深い.


第1部の最後として道徳能力のスペック表がまとめられている.

  1. 道徳能力は普遍的な道徳文法のいつかの原則からなっている.
  2. その原則によりある事象が,義務か,許容されるものか,禁止かを瞬時に判断できる.
  3. その原則は意識からはアクセスできない.
  4. その原則は知覚や言語とは独立に働く.
  5. その文法の原則は生得的である.
  6. ネイティブの道徳システムの獲得は速くて努力不要だ.ネイティブな道徳経験がパラメーターを調整する.
  7. 道徳能力は,可能な倫理システム,安定な倫理システムの範囲を制限する.
  8. 私たちの普遍道徳文法はヒト特異的である.
  9. 正しく機能するためには,道徳能力は他の心理的能力とのインターフェイスを持つことが必要である.
  10. 道徳能力は特殊化した脳システムを使っている.このためこれに関連した脳領域が損傷を受けると,それに関わる道徳的行動のみが(どう考えるか,どう善悪を判断するかと独立に)影響を受ける.


第1章 何がいけないのか


(5)行動の文法