読書中 「Moral Minds」 第2章 その1

Moral Minds: How Nature Designed Our Universal Sense of Right and Wrong

Moral Minds: How Nature Designed Our Universal Sense of Right and Wrong



イントロの第1章を終えて.ここからは第1部となる.いろいろな道徳についてどこまでが普遍的なものかを見ていこうという構成のようだ.そして第2章では正義,公正について考察される.


導入部分では前出の例題がまた取り上げられる.

  • ケース1「スポーツカーでドライブ中,道ばたに出血して倒れている子供を病院まで乗せるべきか(子供の足の怪我が救える,レザーシートのコスト200ドル)」
  • ケース2「アフリカの児童のためにユニセフのチャリティ(25人の命のために50ドル)に参加すべきか」


論理的なコストベネフィット分析では明らかにケース2のほうがより義務的であるべきだが,ヒトの直感は逆だ.ハウザーは,もう一度,ヒトの道徳能力は決して論理ではなく,進化的な説明が可能なものだと言うことを強調したいようだ.


この例の調査では人種的な要素を操作しても同じ結論が出るということだ.ケース1のシナリオを白人の男性運転手とスーダンから来た5歳の子供に変えても,ケース2のドナーをたまたまスーダンからやってきた旅行者に変えても結果は変わらないと説明されている.ハウザーの解釈は,進化的な過去においてはケース2のような距離が離れていて,信頼できる第3者機関があるという状況がなかったためそのような心理が形成されていないのだろうと説明している.非常に説得的だ.おそらくその通りなのだろう.


第1節では政治学ロールズが取り上げられる.ハウザーによれば,ロールズは正義・公正について考え抜いた20世紀の巨人であり,これまでの進化的な道徳の議論では無視されているということだ.私は道徳哲学についてはほとんどリテラシーがないが,ロールズの正義論については良く聞く名前のような気がする.良き機会なので,お勉強しよう.


ハウザーの紹介によれば,ロールズは公正"fairness" は,正義"justice" の一部や正義に関連しているのではなく,公正こそが正義だと考えた.そしてヒュームと異なり,感情をあまり重視せず,無意識の原則が道徳判断の基礎になると考えたと紹介している.確かにそうであれば,チョムスキーの道徳版に近いだろう.また第1章で見てきたような,感情や論理とは異なる無意識の瞬間的な判断を行っているようだという観察事実にも良く適合する.


続いてハウザーは無意識の正義の原則として,オリジナルポジションと無知のヴェールを重視したことを強調している.
そして無知のヴェールのもとでは以下の判断が得られるという.

  1. 社会のすべてのメンバーは基礎的な自由にアクセスする権利を持ち,
  2. (もし平等でない配分が許されるならそれは)社会のもっとも恵まれない人に財が配分される場合だ


ここはわかりにくいので,別ソースでいろいろお勉強してみた.
オリジナルポジションとは,各人の個人情報(社会的階級、人種、性別、宗教、価値観) は無知のヴェールの背後に隠されているため、 各人は自分の特定の状況について知ることができないと想定され, 各人は特定の自己利益や価値観から解放され, 偏見のない公平な見地から正義について考えることができるということらしい.
そしてそこから導かれる個別原則としては,ロールズの正義論で触れられている自由原理,格差原理,公平な機会原理のうち前2者を強調しているようだ.何故公平な機会原理を強調しないのかはよくわからない.


また私の直感では2番目の格差原理もしっくりこない.もっとも恵まれない人にどのように配分されるかによってそれが正義だと感じるかどうかはかなり変わってくるのではないだろうか?


最後にハウザーはこのような無意識に正義かどうかを判断するプロセスと,いったん判断した後にそれに従って行動するかどうかを決めるプロセスは別のものだと注意している.そして何らかの理由でそれを受け入れないときにはコンフリクトが生じるだろうという.またロールズについて,特定の原則については否定されることがあるかもしれないが,本書の議論で特に重要なのはその方法論だといっている.


なかなか各論は難解だ.




第1部 普遍的宣言


第2章 すべてにとっての正義


(1)隠された無知