「ヒトはどのようにしてつくられたか」

ヒトはどのようにしてつくられたか (シリーズ ヒトの科学 1)

ヒトはどのようにしてつくられたか (シリーズ ヒトの科学 1)




ヒトはどのようにしてつくられたか


岩波書店のシリーズ「ヒトの科学」の第1巻.これは文科,理科による人間理解のギャップを埋めるべく企画されたシリーズだ.その第1巻はヒトが類人猿から進化してきたということを中心に,自然科学から見たヒトに重点を置いたものとするべく企画され,ゴリラの研究で有名な山極寿一先生により執筆・編集されている.


このためこの本は山極先生の思いこみの強いスタンスに沿っており,独特の香りはあるが,現代の進化学のメインストリームからはかなり離れた独自の視点から書かれた内容になっている.うまい要約は難しいが,山極先生の興味は「類人猿からヒトに進化してきた中で,いろいろな事柄がどのような経路で変わってきたのか」というところにかなり重きを置いているように感じられる.これは良くも悪くも御大今西先生の影響によるところが大きいのだろう.ダーウィンを少し紹介した後は,ルソー,ホッブス,そして今西錦司の思想・問題意識が紹介され,伊谷純一郎の取り組みと話が続いている.(さすがに今西進化論は持ち出されていないが,今西先生に言及すること自体最近の進化にかかる解説書としては珍しいだろう)もちろん最近の知見も随所に取り込まれて叙述されてはいるが,読者はその濃厚な京大霊長類研究の芳香に囲まれることになる.


家族や婚姻システムやインセストタブーにこだわる著者は,しかし究極因,適応価にはあまりこだわらない.そこは私のような読者からは非常に物足りない部分だ.人文科学や社会科学に慣れた読者にはこの方が取っつきやすいのかもしれない.英国の進化生物学者にはダーウィン以来のナチュラリスト自然淘汰中心の考え方があり,その対局に大陸欧州の進化生物学者には生物の本質主義,内在的な進化力を認める考え方があるのだと喝破している本を読んだことがあるが.日本では京大霊長類研究の伝統にまだそのような大陸欧州の香りがあるのかもしれないと,ふと感じてしまった.


この哲学的な主題の後は,山極先生による食性から見た類人猿の生態と婚姻システムの論考が書かれている,類人猿の生態の詳細についてはさすがに読み応えがある.続いて類人猿の形態.特質による分類についての章,さらに斉藤成也先生による分子系統学の章があり.(斉藤先生はいつもの通りエキセントリックで,本書の中で異彩を放っている)道具と文化,心についての章は,これらの論点が非常にはっきりしにくいところだが,類人猿中心に著述されている.最終章はヒトの社会性についての論考になっている.


本書でもっとも面白いのは2つある座談の章だ.ここでは経験談も混じってなかなか面白い.フィールドワークに打ち込んだ研究者ならではの味がある話が収録されている.特に古市先生との類人猿の性システムについての対談は読みどころだ.




関連書籍



A Reason for Everything: Natural Selection and the British Imagination

A Reason for Everything: Natural Selection and the British Imagination



英国の進化生物学者の系譜をつづった本はこれだ.とても面白かった.
私の書評
http://d.hatena.ne.jp/shorebird/20060331