「カイアシ類・水平進化という戦略」



本書はカイアシ類についての一般向け解説書.水平進化という怪しげな標題に惑わされて買いそびれていたのだが,手にとってめくってみるとなかなか面白そうだったので購入したものだ.正直に告白するとカイアシ類についてはほとんど知識がなかった.魚類の主要餌であり,海洋性プランクトンの基層を占める甲殻類の一種なのだそうだ.


最初はイントロダクションとしてグールドの「ワンダフル・ライフ」パーカーの「光スイッチ説」を引きつつ,節足動物甲殻類の進化について概観する.甲殻類の中のグループについてはあまり知識がなかったので参考になる.エビカニ(軟甲綱)だけでなくいろいろなグループがあり,顎脚綱にカイアシ類が,鰓脚綱にミジンコが含まれる.体節や付属肢の構造の違いも解説されている.


ここからカイアシ類の中でのグループとその生態.そして分布と系統をどう説明するかという本書の主要テーマになる.といってもあまり堅い話になるのではなく,底生生活をするものと浮遊プランクトンとして生活するもの,海洋地理区間の分布(海洋の中に大きな障壁があって地理区分が確立しているというのも興味深い)などから具体的に推理していく.


まず祖先は底生であり,そこから何度も浮遊性が進化したこと,さらに一部は陸水に進出し,独立して何度も寄生性に進化していることが浮かび上がる.浮遊性は捕食されやすい厳しいニッチであり,各種の特性が進化することも強調される.またここはとてもグールド的(著者の知的アイドルはグールドだということらしい)だが,古い系統は元気をなくして周辺部や深海,洞窟などに残存種として残る傾向があることや,安定的な環境ではネオテニーが現れる傾向があることなどの大進化の法則を強調している.


続いて現生のいろいろなカイアシのグループについての生態,適応について解説される.摂食適応の詳細はとても面白いし,印象的だったのは注射器の針のような中空の毒針を進化させている捕食性カイアシ,発光性生物のかけらを摂食するためにきわめて精巧な眼を進化させている深海性のカイアシだ.寄生性のカイアシの詳細も興味深い.金魚につくイカリムシはこいつだったのだ.


本書は最後に外来侵入種による攪乱を憂慮して終わっている.日本は輸出対貿易国だが,しかし輸入原材料の方が重量・体積が大きいため,船のバラストは輸出超になっていて,浮遊性プランクトンは輸出側だというのも聞かされるとなるほどと思ってしまう.


このようなあまり知識のない動物について専門研究者によって書かれた本を読むのはいつもながら大変楽しい.また本書はイラストにも水準の高いものが多く,そこも評価できる.