読書中 「The Evolution of Animal Communication」第2章 その2

The Evolution Of Animal Communication: Reliability And Deception In Signaling Systems (MONOGRAPHS IN BEHAVIOR AND ECOLOGY)

The Evolution Of Animal Communication: Reliability And Deception In Signaling Systems (MONOGRAPHS IN BEHAVIOR AND ECOLOGY)



サー・フィリップ・シドニーゲーム(SPSゲーム)の続き

雛の餌ねだりのSPSモデルは血縁関係者の間によるコンフリクトと信号の進化の関係を考察した最初のモデルであり,ここからいろいろな理論的な発展があったということで,いろいろなモデルの拡張が説明されている.モデルのいろいろな部分を拡張するといろいろな挙動があらわれてくるのが鳥瞰的に述べられていて大変興味深い.少し詳しく紹介してみよう.



<信号,エサの量を離散的から連続的に拡張>


まず信号強度を連続的にしたモデル


ジョンストンとグラフェン Johnstone and Grafen 1992
The continuous Sir Philip Sidney Game: a simple model of biological signaling

オリジナルと同じく,リソースは単一で,与えるかどうかの二者択一
必要性は連続していて変数 y (エサをもらえないときの生存確率 Vと同じ)で与えられる.
モデルの結論は,平衡点では信号にコストがあれば正直な信号になる.

さらに与えるエサの量も連続的なモデル


ゴドフライ Godfray 1991 
Signaling of need by offspring to their parents

与えるエサの量を連続的にしたモデルをつくった
モデルでは,信号のコストは信号強度に比例する,また給餌は雛の生存確率を高めるが,効果は逓減的である,と仮定した.(より必要な雛への1単位のエサはより満腹の雛への給餌より効果的)
(血縁の問題は,親の適応度が下がることにより将来の雛の適応度も下がるという形で組み込まれている)

平衡(どちら側も一方的に少し変更することが不利になる戦略)を解析すると,信号の強度は必要性が低くなるにつれて弱くなり,親が与えるエサの量も減る.また結果としての雛の生存確率は当初の必要性が低くなるについて緩やかに上昇する形になる.つまり正直な信号が進化する.

このようにコストがあれば信号が進化することは示された.しかし別の問題が生じた.
発信者,受信者にとってコスト負担が大きいと両者とも信号システムがないほうがよりうまくやっていけるのだ.


ロドリゲス・ジローネほか Rodriguez-Girounes et al(1996)
親は一切の信号を無視して一定量を給餌する.雛は信号を発しないという別の平衡を見つけ出した.これと正直な信号の平衡を比べると,雛の状態の確率分布パラメーターにもよるが,多くの場合信号をしない平衡の方が,両者にとってよい状態であった.

ベルグストロムとラックマン Bergstrom and Lachmann (1997)
SPSゲームの離散系,連続系ともに,ゲーム参加者双方ともに信号を発しない方が正直な信号システムよりよい状態であり得ることを示した.

信号システムがそれほどコストのかかるものなら,本当に進化は信号平衡にたどり着くのか,いったんたどり着いてもそこにとどまれるのかを疑う理由があるということになった.



<雛の数を複数に拡張したモデル>


ゴドフライ(1995)
Signaling of need between parents and young: parent-offspring conflict and sibling rivalry

2羽の雛でモデルをつくった.
モデルでは親はすでに一定のリソースを持っていて,採餌には出かけない(こうすることにより将来の繁殖への影響を排除できる)
エサをもらった雛の適応度増分は以下の式で与えられる.(Bはasymptopic利益 漸近利益,エサが非常に多い場合に近づく利益,cは定数,yはもらったエサの量)
f=B(1-e-cy)
もらったエサのシェアに対して適応度は増えていくが,cが大きいと上に凸になり,早い段階で漸近利益に近づく
ゴドフライはこのcを雛の状態と解釈した.(cが大きいほど雛の状態がよく,エサ1単位で早く利益が飽和する)

信号コストは信号強度 x と正比例すると仮定した.親は手持ちのすべてのリソースを2羽の雛に分配する.雛は互いに相手のレベルを見て自分の信号強度を調整する.

このモデルでも信号にコストがあれば信号は正直に進化しうることが示された.相手の雛の状態も信号強度に影響を与える.相手の状態が悪いと自分の信号の強度も上がる.また雛の血縁度が高いと信号強度は下がる.

ジョンストン(1999)はさらに2つの拡張を行った.
雛の数を2羽以上に拡張し,信号が与えるエサの分配だけでなく,総量に影響できるようにした.
驚くべきことに,雛の数が増えると非常に必要なとき以外は信号の強度は減少する.ジョンストンは競争者が多いと多数の雛はあきらめてしまう(自分の信号強度を上げても見返りが得られない)のだろうと解説している.
つまり,雛の数が多いと,(そして親と雛の,雛同士の血縁度が高ければ)信号のコスト問題は軽減されるのだ.

ラックマンとベルグストロム Lachmann and Bergstrom(1998)はコスト問題に別の切り口から迫った.
モデルをpartialな信号が可能な様に拡張したのだ.(信号が2つ以上のレベルに離散的になると言うことらしい)

これまでのモデルは異なる必要性の雛は異なるレベルの信号を出すという「分離型」平衡を探していた.彼等は同じ信号強度でもよいという"pooling"平衡の実在を可能にした.さらにこの"pooling"平衡はコストフリーであることを示した.
もし必要な雛と必要でない雛が,自分たちのニーズが平均とは異なることを表した方がよいときに,発信者はノーコストで自分たちを2つのプールに分けるという平衡がある.
雛と親に普通の血縁度があれば,信号を発しないより2つの信号プールの方が,両者とも良い適応度を得られる.
3つ以上のプールは追加的な利点が少ない.そして2つのプールは必要雛とそうでない雛の差が一定以上大きいときにコストフリー信号が平衡になる.

信号が2つのプールになるときに何が生じるのだろうか?一定以下の必要性の雛は信号を出さず,一定以上の閾値レベルの雛のみ信号を出すことになる.これ以上の多様性は表示されない.利害のコンフリクトがありながら平衡になるのは以下の理由による.
あるレベル以下の必要性の雛が信号を出してエサを要求すると,弱っている親に負担をかけて,血縁度から雛自身が不利になることがある.これが必要性の閾値を決めることになる.



ジョンストン(2004)はさらに巣の中の雛がお互いに与える影響を分析した.
ゴドフライ(1995)のモデルではある雛の信号は常に他の雛の状態を悪化させた.これはエサの総量が変わらないという仮定から来ている.もし総量が変わるなら信号は協力的な文脈になる.ここでジョンストンは信号を競争的要素と協力的要素に分けた.
平衡では,競争的要素は他の雛の状態が悪くなると強くなったが,協力的要素は変わらないか弱くなった.(弱くすると他の雛にエサが回る)


実際に要素が分離的かどうかはわからない.もし同じであれば信号のトータルの強度はゴドフライ(1995)のモデルと同じで他の雛の状態が悪くなると強くなる.



なかなか目が回るような状況だ.そしてモデルの拡張はさらに続く.




第2章 利害が重複しているときの信号


(1)血縁個体間の信号;理論 その2