Consider the Source

Consider the Source: The Evolution of adaptations for decoupling and metarepresentations
Leda Cosmides and John Tooby
To appear in:
Metarepresentations (Vancouver Studies in Cognitive Science)



これは先日レヴューした本( Lisa Zunshine による Why We Read Fiction: Theory of Mind And the Novel)の中で重要な論文として紹介されていたので読んでみたものだ.レヴューはこちら http://d.hatena.ne.jp/shorebird/20070808


さてこのコスミデスとトゥービィの論文だが,彼等の論文はなかなかこれでもかこれでもかという抽象的な単語が並んでおり,なかなか語彙の少ない私としては難関だ.


この論文ではヒトがメタ表現を行っていること,そしてその構造に注意を引きつつ,そのような表現方法を得たのはどのような適応だったのかを論じている.メタ表現というのはある命題についての言説を含んでいるもののことで,たとえば「イヴは昨日『ピーターは腹黒い人だ』と言った」というようなものだ.
コスミデスはこのような構造を持つと二重括弧『』内にある命題については現実にあることとは別のこととして脳内で記憶や照合に使えるようになると論じている.


もともとこのようなメタ表現をヒトが行っていることについての議論は,「こころの理論」を持つためにはこのような表現方法が必要はないかというところから始まったらしい.これに対してコスミデスはこのような表現は「こころの理論」のためというよりもヒトが脳の計算力によってこれまでとまったく異なる新しいニッチに適応してきたからこそ持っているのではないかと考えた.
つまり,メタ表現を持つというヒトの特異性とは,その場の状況に応じた即興的な行動を行うことにより活用できるリソースに活用するという認知ニッチに対する適応であり,そのために偶然の,あるいは条件付きの,さらに時限的な情報を利用するために認知適応しているという考えだ.コスミデスは知性の進化そのものについてもマキアベリ仮説はそのすべてではないと考えているようだ.


また知性について,それは一般的知性のようなものから生まれ得ないというモジュール説を本論文でも展開している.ここでは情報の組み合わせ爆発の性質から言って,入出力に領域特殊な性格を持っていないと情報処理がつぶれるだろうという議論をしているのが興味深い.


<contingentな情報の処理とツール>
本論文ではまず偶然の情報というものをどう処理すべきかという問題に絞って議論を進める.
コスミデスによると条件付き,時限的な真偽を持つ情報は,情報が信頼できる範囲の見極めがきわめて重要だと言うことになる.これをスコープと呼ぶ.このスコープが乱れると情報利用に間違いの連鎖が生じて使い物にならなくなるのだ.そして前提などの条件を内包したまま情報処理することが重要だ.


そしてこのような問題を解決するためのツールが,特定のスコープ文法,メタ表現,そして現実との切り離し(decoupling)だという.スコープ文法にはある命題にいろいろなタグが付くという形を取る.たとえば誰がいったかというソースタグ,時・場所タグ,どのぐらい信頼できるかという確率タグなどだ.メタ表現はグラウンドレベルの真実に対して志向姿勢により階層化することを言う.また現実と二重括弧内の命題との分離,記憶についての様式(意味メモリーとエピソードメモリー)などもツールに含まれる.


もともとの表現体系の祖先型はタグのない「ピーターはひどい人だ」という真実モードのみだっただろう.これは今も残り,タグがない「真実モード」グラウンドレベルとなっている.私たちは「植物は光合成する」というような命題については誰にいつ聞いたかと言うことを捨象して事実だと認識,記憶しているのだ.


続いてあらわれる のがメタ表現だ.グラウンドレベルの命題に対して,タグを持ち,それに言及するスコープオペレーターがあり,グラウンドレベルの命題のスコープを限定する構造を持つ.特にスコープ限定の情報が行ける場所を指定するような場合にはスコープ表現と呼ぶ.例えば「as if 」のように命題が真実と仮定してという形を持つような場合だ.またグラウンドレベルの命題の確率を示す信頼価値情報,主張のモード(「思っている」「信じている」「疑問を感じている」等)などがある.



<仮定の重要性>
情報をこのような形で処理できれば,例えばコロブスを捕まえる場合に,こちらに逃げたらこうする,逆に逃げたらこうするなどのプランを立てることができるようになる.仮定のままいろいろな思考ができるのは非常に重要なのだ.



<ソースの重要性>
ソースは重要な判断材料になる.
信号理論からは相手による操作へどう対処するかは重要な問題になる.これに対処するにはスコープ文法とソースタグが重要になる.ここの信号理論からの議論は非常に説得力があるように思う.



<発達のためのデザイン>
ここのコスミデスの議論は難しい.このような認知システムを発達させるためには世界の中の特別なものを探知して経験しようという美的な動機が重要だっただろうという議論だ.
また仮定の状況を意識することは「遊び」を作り出し,いろいろな発達に役立つだろうと言っている.


<こころの理論との関係>
相手の考えを読むことは難しいので,特定の表現形式で記憶しておくことが有用だっただろう.あるエージェントがある事柄に関するある命題についていつ,どのような態度だったかという形式を取る.(これをM表現と呼ぶ)そして命題の真偽については保留したまま情報処理ができる.
しかしM表現は誰かの心を読むことのみに役立つのではない.長い連鎖的な事柄の原因を考えるときや,道具をつくるとき,ある人の過去の履歴を覚えておくことにも役だっただろう.


<目的・プランの表現>
単に目的に向かって行動するだけではなく,その目的自体を表示できることはそれの手段を検討しプランを立てるのに非常に役だつだろう.まだ事実ではないあり得べき将来の姿という状態(現実ではないが虚偽でもない)の認識と,誰の目的かというタグが重要だ.特に自分の目的というタグは特別な意味を持つ.このような目的に対してプランを立て,シミュレーションをし,モニターすることに役立つだろう.
さらにプラン自体を表現することにも意味がある.


<物理世界のシミュレーション>
このようなめた表現で物理世界の市乳れーションも容易になるだろう.この場合確率タグも重要になる.現実と離れた物事をワーキングメモリーにM表現に似た形で収納していくことによりシミュレーションを行う.


<シミュレーションの統合とフィクション>
人は幼児(一歳半から)の時からごっこ遊びを行う.これにはもちろんメタ表現が必要だが,ではいったい何のための適応なのだろう.そして一般的なフィクションも同じ問題がある.
1つの考え方はフィクションはプランニングの副産物というものだ.
しかし「あるインプットに対してどう反応するかの計算をより洗練させるための適応」とも考えられる.何らかの出来事が本当に生じるまえにいろいろな条件を入れて考えてみる,そしていろいろな反応を自分で感じることによりあることを行おうとか避けようとかを考える強い動機システムになるのかもしれない.
物語とのはどの文化にもあるユニバーサルだし,人は物語が大好きだ.これは適応を組織化するためのインプットを探すために美的関心が進化したという仮説に適合するものだ.そしてそうであるなら人は社会や人についてより生き生きとしたインプットを好むだろう.より真実らしく,そして真実ほど退屈でないことを望むのだ.

このフィクションは一般的真実を収納する意味メモリーと異なる場所に収納されている.真実ではないというスコープ表現を持ちソースタグが付いているのだ.


<自分の過去の記憶>
自分の過去の記憶は特別な形式で記憶されている.過去のみの事柄で自分というソースタグ付きだ.これをエピソードメモリーと呼ぶ.
これは社会生活を扱うために重要だが,それ以外にもいったんメタ表現にしておいて新しい情報が入ったときに状況を再評価したり,物事の確率を判断したり,一般化のスコープを制限したりする機能があると考えられる.
まず容量は増えるがRAWデータで持っている方が加工しやすい,つまり再評価したり,ベーズ的に確率を変えていったりしやすいと言っているらしい.


統合失調症について>
自閉症はこころの理論の欠陥が現れた症状だと考えられるとするなら,統合失調症はメタ表現の欠陥が原因と考えられる.とくにM表現がうまくいかずに現実と想像が区別できなくなると考えるといろいろな事実につじつまが合う.また運動や知覚のためのメモリーには問題があらわれないこともこの考えを支持している.


なかなか興味深い論文だった.統合失調症についての解釈(これはフリッスが最初に主張し始めたもの)については目を開かされた気がする.これを読むと自分がいろいろな物事をどう認識.記憶しているのか今更ながらに考え込んでしまう.コスミデスの言葉を借りると私たちは脳内にファイアウォールを持っているのだ.フィクションの説明も興味深い.私たちは行動を洗練させるために物語を好むように進化したのだろうか.


参考


コスミデスのページはこちら
http://www.psych.ucsb.edu/people/faculty/cosmides/index.php

本論文はこちら
http://www.psych.ucsb.edu/research/cep/metarep.html


もともとの論文はダン・スペルベルの編集した「Metarepresentations: a multidisciplinary perspective」という本に掲載されたもの

Metarepresentations: A Multidisciplinary Perspective (Vancouver Studies in Cognitive Science)

Metarepresentations: A Multidisciplinary Perspective (Vancouver Studies in Cognitive Science)