「クジャクの雄はなぜ美しい? 増補改訂版」


クジャクの雄はなぜ美しい?

クジャクの雄はなぜ美しい?



1992年に執筆された同題名の本の第二版.第一版は行動生態学がまさに性淘汰の理解に突き進んでいた時期でもあり,その最前線にいた眞理子先生の興奮が伝わってくるようないい本であった.本第二版はその後の研究の進展から大幅に加筆改訂されており落ち着いた性淘汰の啓蒙書に仕上がっている.


特に大幅に加筆されているところは雌による選り好みの部分と性淘汰全般にかかる両性間のコンフリクト状況の理解の重要性の部分である.いずれも1990年代の後半に理解が深まった部分である.逆に第一版では特に眞理子先生本人の経験と言うことで迫力のあったダマジカの研究がカットされている.結論が「よくわからない」と言うことなのでやむを得ないとも思うがちょっと残念な部分.逆に眞理子先生の研究例が載せられているところは本の題名にもなっているクジャクの雌による選り好みが雄の目玉模様の数に大きく影響されているという先行研究の追試の結果であり10年にわたるデータ集積の結果伊豆のクジャク集団ではそのような相関は得られなかったというもの.科学の進展がセオリー通りではないということが強調されていて興味深い.また第一版ではヒトの性淘汰にもちょっとふれているがこれは研究がずいぶん進展してとても本書には書き込めないと言うことでカットとなっている.


全体の構成はまず雌の選り好みがそもそも存在するのかと言うことについての学説史,ダーウィンが性淘汰を唱えたものの同時代の学者には支持されずようやく1982年になって初めて有名なコクホウジャクの研究によって雌の選り好みがあることが実証される.
続いて雄間競争と雌の選り好みの区別の微妙な問題,さらに精子卵子の投資差や実効性比からなぜこうしたことが生じるかの進化的説明.
では雌は何を選り好んでいるのか,第3章では産卵にとって好都合な雄,求愛給餌の大きさ,子育て上手な雄という実質的な利益
第4章では「美的センス」による選り好みとそれが実際に存在することの説明
第5章で優良遺伝子仮説,ハンディキャップモデル,パラサイト仮説,ランナウェイ仮説,感覚便乗モデルなどのいろいろな仮説を紹介
第6章で雌の選り好みの個性を考えるべきこと,雄雌の役割逆転の例,一夫一妻におけるつがい外交尾と雌の選り好み,左右対称仮説の栄枯盛衰(少なくとも動物の行動生態では左右対称への選り好みは現在相当懐疑的に扱われているらしい)など90年代後半の研究進展の部分
第7章は雄雌間のコンフリクトについて(ここも90年代後半に理解が進展した部分)
最後の第8章でもう一度ダーウィンとウォーレスに立ち返ってまとめる.


最後に眞理子先生の言いたいことが箇条書きになっているのがナイス.科学の研究はセオリー通りには進まない,先行研究を鵜呑みにしてはいけない,いろいろな分野の研究者との交流は重要など研究者としての心構えに加え,至近要因の重要さ,性淘汰全般についてのコンフリクト状況の重要さを強調,さらに動物の生態に倫理を求めてはならないこと,動物の研究をそのまま人に当てはめるのは難しいことが力説されている.


叙述は丁寧で非常に良心的,日本語で読める現在最高の性淘汰の入門書だと思う.
(2005/10)