読書中 「The Stuff of Thought」 第2章 その4

The Stuff of Thought: Language as a Window into Human Nature

The Stuff of Thought: Language as a Window into Human Nature


第3節は内容物所格構文と容器所格構文の謎解きだ.


その前に前節のおさらいと訂正を

中身を容器に入れるような動作,中身を何かで覆ったり取り囲む動作を示す動詞には3類型ある.
日本語で言うと
「塗る」のように「赤いペンキを壁に塗る」「赤いペンキで壁を塗る」の両方の形をとれる動詞とそれぞれ片方しかとれない動詞だ.


前回私は次のように書いた.

中身と容器では
「積む」「注ぐ」「詰める」「入れる」は中身しか「ヲ格」をとれない.
「満たす」は容器しか「ヲ格」をとれない.


しかし「満たす」は
 グラスにワインを満たす
 グラスをワインで満たす
の両方がとれるようだ.だからむしろ容器のみ「ヲ格」をとれる動詞の方がなかなか思いつけないということになった.


また「埋める」も
 隙間をパテで埋める
 隙間にパテを埋める
の両方がとれるようだ.


そして前節で提示された謎は子供はどうやってこの3類型を学習しているのかということだった.


ここから第3節の謎解きになる.ピンカーは例外が予測不可能だという部分を精査する.そこに何か意味的な違いがあるのだろうか.
前節でこの3類型の動詞に意味的な違いは見つかりそうもないと書いておいて,いきなり意味の違いを見つけようというのもなんだかという進め方だが,ドラマティックに進めるための綾という感じだろうか.もちろん単にできないといったことをできるというのではなく,動詞の動作的な意味ではなく,(本書のポイントである)認知フレーム的なところに注目しようということらしい.


ピンカーはこれはネッカーキューブと同じで,視点のフレームを変えることにより解決できると示唆する.構文を考えるのではなく,出来事をどのような認知フレームに捉えているかを見ようということだ.



Bを中身,Cを容器として
内容物所格構文では「AはBにCに行く原因を与える」
容器所格構文では「AはCの状態を(BをCに行かせることにより)変える」
ということではないか.


つまり
load hay into the wagon. というときには干し草に何かしているのだ.
load the wagon with hay.  というときにはワゴンに何かしているのだ.


これはどちらが地の模様かの視点がフリップする感覚に似ている.
そもそも生じた事件は何だったのかをどういうフレームで解釈しているかが違うのだ.


ピンカーはこれを次のようなルールとして記述している.

  1. 意味的な文法規則:もし動詞が「AはBにCに行く原因を与える」という意味を持つなら,それは「AはCの状態を(BをCに行かせることにより)変える」という意味も持つ.
  2. 意味を形にする規則:影響を受ける(説明しようとしている)対象を直接目的語に取る.

こう捉えることによりルールは簡単になり,またほかの構造にも応用できる.そしてフレームが変わる理由も説明できると言っている.

さらにこの2つの構文はヒトの思考のやり方を示しており,視点が変わっている以上厳密には意味も異なっているのだという.


load hay into the wagon.というときには干し草の量は少なくてもワゴン一杯でも良い.しかしload the wagon with hayというときにはワゴンは干し草で一杯という意味になる.そしてこのことは他のlocative constructionでも同じだ.Moondog drank from the glass of beer. この場合ひとすすりでも良い.Moondog drank the glass of beer. この場合はグラスの中身を飲み干している.これは言語学者が全体効果と呼ぶものであり,この全体効果は直接目的語一般にあると言うことになる.



さて日本語ではどうだろうか.


「壁を赤いペンキで塗る」というときに壁全体が赤くなければならないだろうか?「壁に赤いペンキを塗る」というときに比べて印象は異なるだろうか?
微妙ではあるが,確かに一筆だけ塗った状態ではまだ「壁を赤いペンキで塗った」とは言えないが,「壁に赤いペンキを塗った」とは言えるだろう.全体効果は日本語にもあるようだ.「埋める」も同じようだ.
(「満たす」はそもそも動詞自体に全体的な意味があるようで,明瞭な効果はないように思われる)


もっとも日本語では後置詞を伴わなない「直接目的語」というものが無いので,なかなか詳細な説明は難しいように思う.突き詰めると「ヲ格」に特別な効果があるということになろうか.「ヲ格」と英語の直接目的語は重なっていることが多いが同じものではない.


例えば
enter a university  大学「に」はいる
oppose his plan 彼の意見「に」反対する
play the Yankees ヤンキース「と」試合する
marry Mary メアリ「と」結婚する(これは「娶る(めとる)」という動詞であれば(男性しか主語になれないが)「ヲ格」をとる.)
like you あなた「が」/「を」好きだ (これは学校文法では形容動詞ということになる.「好む」という動詞を使えば「ヲ格」のみをとる)


格を示す後置詞の強さには「が>を>に>へ」という順番があるという説もある.確かに「あなたが好きだ」と言う方が,「あなたを好きだ」と言うより強く全体を好んでいる風情が出ているような気もする.
このあたりはもう少し私自身のお勉強が必要なようだ.