- 作者: スティーヴン・ジェイ・グールド,新妻昭夫
- 出版社/メーカー: 日経BP社
- 発売日: 2007/10/18
- メディア: 単行本
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グールドの Rocks of Ages の邦訳.原書は1999年の出版.9.11の前であり,ブッシュ大統領当選前に出された本ということになる.ドーキンスの The God Delusion でもふれられているが,宗教と科学はそれぞれ重ならない2つの領域(NOMA)を持っていて,共存できる.しかしそれぞれ領域侵犯をしないように自重しなければならないという内容を説いたものだ.
この考え方はグールド独自というわけではなく,西洋では古くからある伝統的な考え方ということだ.考え方自体は2ページもあれば説明できることだが,グールドはいつものようにあれこれの故事来歴も含めて蘊蓄たっぷりの読み物に仕上げている.
まず彼の知的アイドルでもあるダーウィンの態度について触れている.ダーウィンは無神論者だったが慎み深い19世紀のイギリス紳士だった.愛娘アニーの死に深く傷つき,信仰の最後のかけらを放棄したのだが,しかし宗教や他の人の信仰に対して冷笑的な態度はとらなかった.グールドの解釈では,ダーウィンはNOMAを実践したのであり,だから死後ウェストミンスターに葬られても違和感がないのだという.またダーウィンのブルドッグと知られるハックスレーが最愛の息子の死による悲しみの中にいるときに,キングズリーからもらった信仰による慰めの手紙への感動的な返書も紹介している.彼もまたNOMAを実践していたと解釈している.
続いて20世紀のカトリック教皇ピウス12世とパウロ2世による進化の容認声明の解釈(ここはエッセイにも取り上げたことがあるもので,ピウスが研究の自由は認めるがきっと進化なんてないよといっているのに対して,パウロは真正面から進化を認めていることを取り上げている)さらにホールデンやニュートンの逸話も取り上げて,NOMAが実践可能なものであることを強調している.
ここからグールドはではなぜこれほどまでにもめているのかを説明する.
まず紛争の歴史.紛争は主に歴史的ななわばりが宗教側に最初にあったこと,その時々の政治的な争いに巻き込まれたもの,さらに「人とは何か」など2つの領域が隣接している問題があることなどに原因があるだと言うのがグールドの考えだ.
たとえばガリレオの天動説を巡る争いは時の世俗領主でもあった教皇の政治的な立場を守る処置であった.さらにグールドも深く関わる米国の創造論と科学の闘いについての歴史が語られる.これはアメリカのプロテスタントの多様化と,その中の一部派閥と南部・農村・貧困が結びついた政治社会現象と捉えるべきで,さらに科学の教科書運動に彼等が乗り出したのは,改革派としてならした有力大統領候補ブライアンの影響が大きい.彼は当時の社会ダーウィニズムの考え方に戦慄し,この運動を主導したのだ.そしてグールドにいわせると,これは社会ダーウィニズムが科学の側からのNOMA侵犯だったことへの反応だったと言うことになる.このブライアンを巡る論考はなかなか面白いものになっている.
次に紛争の背後にある人の心理について.「何かに救って欲しい」という人の心が,自然にその根拠を求めようとする自然主義的誤謬を産むのだというのがグールドの見立てだ.そして自然主義的誤謬こそが宗教と科学が表面的に相容れないと考えられてしまう1つの原因になっていると主張している.
最後にグールドは宗教に対する態度として,和協主義のNOMAによる経緯と対話こそが唯一のとるべき態度であり,同じ土俵に持ち込む混合主義や,一切宗教にふれない態度はとるべきでないとして本書を締めくくっている.
グールドはNOMAの主張においては科学は人の価値の問題に踏み込むべきでないと主張し,これが社会生物学論争におけるグールドの主張や,遺伝子決定主義に対する嫌悪につながっている.一方創造論との論争の経験が宗教は事実の問題に踏み込むべきでないと主張するバックグラウンドになっているのだろう.2つの領域は分けられると主張し,「人とは何か」という問題についてもフラクタルのように入り組んでいるがしかし分けられるのだと主張している.
これに対してドーキンスはNOMAは創造論論争において宗教穏健派を自派に取り込む政治的な試みとしては有効だが,論理的にはナンセンスだと切って捨てている.ほとんどの人が信じている宗教は重要な部分について事実の領域に踏み込んでいるし,また科学が答えられない問題があるからと言って,それについて宗教が答えることができることにはならないという主張だ.
グールドのいうように境界領域はフラクタルであっても分かれているというのは確かに苦しすぎるだろう.本当に宗教が事実の問題に一切踏み込まないのなら,グールドのいう和協主義も可能だろう.しかし実際に一神教はそこに踏み込んでくるのが現実だろう.また科学領域外について,宗教がどこまで答えを出せるのかについては本書ではふれられていない.ドーキンスを読んだあとこの本を読むと「そうあれかし」というおとぎ話のようだと思ってしまうのは私がドーキンスファンだからだろうか.ともあれ,科学と宗教を巡る歴史的な蘊蓄はグールドならではの味がある.美しい希望を希求したやや長いエッセイと思って読めばやはり一流の仕上がりだ.邦訳が出たことを素直に喜びたい.
関連書籍
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原題の Rocks of Ages は The Rock of Ages (信仰のよりどころになる固い岩,つまりキリスト自体を指したり,あるいはキリスト教信仰そのものという意味.賛美歌の題名ともなっている.「ちとせの石」と訳すのが一般的なようであり,本書でもそう訳している)の複数形だ.Age of Rocks だと化石の年代という科学的な用語になり,また現代の創造論はヤングアースセオリーといわれるように地球の歴史を数千年と考えるのが最大の特徴だとされているのをふまえているようだ.さすがに原題の香りを残して邦題をつけるのは難しかっただろう.
残された未邦訳書
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内容は古生物学というよりやや人文分野に傾いたエッセーになっている.最後の9.11のついてのエッセーのほか,百年前の9.11のパパジョー(グールドの祖父)の東欧からの移民としてのエリス島への上陸,ランカスターとマルクスの葬式,フロイトのラマルク的な理論基礎,サンマルコと創世記の解釈あたりがよみどころ.私は,出版当時,まだ9.11の記憶も生々しく,突然の訃報の直後に読んだので思い出深い.
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The Structure of Evolutionary Theory
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