読書中 「The Stuff of Thought」 第2章 その7

The Stuff of Thought: Language as a Window into Human Nature

The Stuff of Thought: Language as a Window into Human Nature


第4節の続き.引き続き動詞ついて,動詞の意味のうち動きや変化にかかる意味的な性質と,その動詞がとるフレーム(直接目的語に何をとるか)について.


ピンカーはずらずらと動詞の例を挙げていく.なかなか見慣れない動詞も多いのだが,そのめくるめく感じをちょっと詳しく紹介してみよう.


<両方のフレームをとれるものと違うものの対比>


小さなものがいろいろな方向にばらまかれる動詞は両方のフレームをとる.(ばらまかれるもの(中身)とばらまかれる対象(容器)のどちらも直接目的語にとることができる)
bestrew(まき散らす), scatter, seed, sow(種をまく), spread, strew(ばらまく)


何かの表面に(留め具などで)接触させるものについてはそうではない.
attach, fasten, glue, hook, paste, pin, staple, stick(貼り付ける), strap, tape,


何かをその容器の容量を超えて強制的に押し込む動詞は両方のフレームをとる.
cram(詰め込む), crowd(ぎっしり詰める), jam(ぎっしり詰める), stuff(詰め込む), wad(詰め物をする)


しかし何か柔らかな1次元のものを別の固いものの周りに包む動詞はそうでない.
coil, spin(紡ぐ), twirl(巻き付ける), twist(よりあわせる,巻き付ける), whirl(旋回させる,渦巻かせる), wind(巻き付ける)




日本語ではここにあげたほとんどの動詞を普通に訳した動詞(まく,散らす.貼る,止める,詰める,巻き付ける)は中身のみを「ヲ格」にとる.両方を「ヲ格」にとれるのは思いつく限りでは強制的に押し込む動詞として「埋める」ぐらいだ.何か小さいものが,もっと大きな場所(容器)に対してどうかなる場合には日本語ではその「容器」に対しては通常「ニ格」をとるのでこのような現象があまり観察されないのだろうか.
いずれにせよなぜ「埋める」が両方とれるのか,前回も書いたが,なかなか興味深い.





ピンカーは逆に容器側のみを直接目的語にとる動詞(fillなど)は幾何学や物理や人の目的による細かなクラスにかかるものだとわかると解説している.しかし日本語話者から見るとそれほど明確ではない.


<容器側のみ直接目的語のとれる動詞の例>


何かの表面に何かの層をカバーさせるもの
液体:deluge(氾濫させる), douse(水をぶっかっける), flood, inundate(氾濫させる)
固体:bandage, blanket, coat, cover, encrust(表面に殻を作る), face, inlay(装飾をはめ込む), pad, pave, plate, shroud(包む), smother(窒息させる), tile


何かを何かに加えてもっと美しくする(あるいは悪くする)もの
adorn, burden, clutter(雑然と覆う), deck, dirty, embellish,(飾る) emblazon(紋章で飾る), endow(授ける), enrich, festoon(花綱で飾る), garnish(飾る), imbue(思想などを吹き込む), infect, litter(散らかす), ornament, pollute, replenish(満たす), season(調味する), soil(汚す), stain, taint, trim(刈り込む)


何かの物体を液体や層と共存させるもの
液体:drench(浸す), impregnate(妊娠させる), infuse(思想などを吹き込む), saturate, soak(浸す), stain, suffuse(覆う)
固体:interlace(織り交ぜる), interlard(交ぜる), interleave(白紙を綴り込む), intersperse(散在させる), interweave(織りあわせる), lard(風味を付けるためにラードを塗る), ripple(波紋を起こす), vein(筋をつける)


あるものの動きを制限するために何かを加える
液体:block, choke, clog(詰まらせる), dam, plug
固体:bind, chain, entangle(もつれさせる), lash(結ぶ), lasso(投げ縄をかける), rope


セットになったものを表面にばらまく
dapple(まだらにする), riddle(穴だらけにする), speckle(小班点を付ける), splotch(しみを付ける), spot, stud(鋲を打つ)



日本語ではこれらは雑多な格をとる動詞の集合に見える.
確かにここでふれている多くの動詞の通常の訳語「飾る」「覆う」「包む」「汚す」は容器側のみを「ヲ格」にとる.
しかし「満たす」「結ぶ」は両方とる.「織り込む」「吹き込む」「詰まらせる」だと中身のみ「ヲ格」をとりそうだ.



ピンカーは結論としてこう述べている.

これは物理的な出来事を再構成する心理の構成の問題なのだ.このような細かな幾何や物理が出来事を構成するときには明白になるのだ.


brushのような動詞の場合,エージェントはスタッフと表面に同時に強制力をかけている.両者に影響を与えていると考えるから両方のフレームをとることができるのだ.stuffのような動詞も同じだ.
しかしpourのような動詞は重力がエージェントの行為と表面への影響の間にある.だから心理的にコンテナを直接目的語にとりにくいのだ.
attachのような動詞も糊や釘などの仲介物を挟んでいる.だからcontainer-locative構造をとりにくいのだ.


逆に何かの表面が(別のものがくっついて)どうなるかについて指摘している動詞がある.それが良くなったり悪くなったり,(adorn, pollute)動きにくくなったり(block, bind)飽和させたり(drench, interlace織り交ぜる)見えなくなったり(cover inundate氾濫させる)する.そして表面の変化が問題なので,これらの動詞はcontainer-locative構造のみとるのだ.


日本語ではまったく別の説明が必要なのだろう.おそらくそれは日本語の「ヲ格」「ニ格」が英語の直接目的語とは異なる機能を持つからではないかと思う.直接的な力でないと「ヲ格」をとれないと言うところまでは共通だ.しかし日本語では両方に「ヲ格」をとれるのは例外的だ.「ヲ格」「ニ格」「デ格」などがより物理的態様を限定して表すためにこうなっているではないだろうか.




第2章 ウサギの穴に


(4)動きと変化の思考