「Missing the Revolution」 第3章 男性の激情 その2


Missing The Revolution: Darwinism For Social Scientists

Missing The Revolution: Darwinism For Social Scientists


第3章 ダニエル・フェスラーによる男性の暴力.前半部分でその進化的な説明を行った上で,文化との関連につながる.


<文化と男性の怒り>


文化によって男性の怒りの表出は異なる.フェスラーは文化の基本はメンバーの共有する経験であり,ヒトの本性としての心理傾向と獲得されたアイデアの相互作用が生じるのだと説明している.ことさらに説明があるのは,進化心理学=遺伝的決定論と誤解している向きからの,「文化などの環境が怒りなどの表出に影響を与えることがあるではないか」という批判が背景にあるようだ.


フェスラーはどのような影響があると考えられるかをまとめている.

1.(幼児環境からの)セロトニンレベルコントロールを通じた衝動性
2.主観的な動機に影響を与える
3.主観的な経験はある文化に従うかどうかに影響を与える.
4.集団内で一様であるわけではない.それでも集団内の方が分散は少ない.


ここからは前半で説明された怒りの適応的機能仮説が,文化間差異をどう説明するのかという議論になる.
フェスラーは,もし怒りに適応的な機能があるなら3つのことが重要になるだろうとして,仮説を元にした予測を構築する.

1.価値あるものが犯されやすいときにより激しく違反に対応する方が適応的
2.他の社会的制裁手段がないときはより厳しく違反に対応する方が適応的
3.行為者が他のグループメンバーに依存していなければより罰を与えるコストは小さい


そしてこれまでになされたリサーチで検証できるかを見ていく.このあたりが文化人類学進化心理学を融合させたときに見えてくる面白い世界ということだろう.

<ニスベットとコーエン1996によるアメリカの南部文化のリサーチ>
南部出身者は明らかに無礼な振る舞いに対して北部出身者と異なる反応を見せる.
もともとはスコットランドアイルランドからの牧畜業者がアメリカ南部に入植した.
牛はとられやすく,他の社会的制裁はなく,個人は独立して牧畜を営んでいた.
そして牛の盗難に対しては自力救済が基本となるほかなく,名誉の文化が生まれた.

このアメリカの南部文化のリサーチは有名だ.私が最初に読んだのはネシーらによるコミットメントの論文集だったが,その後実際に南部地域に行ったりすると何となくそれは感じられるようになるし,「風と共に去りぬ」を見るときの気分も変わってきたものだ.

<アンダーソン1994による北部フィラデルフィアのストリート文化のリサーチ>
若い男性のステータスシンボルは宝石と服,
社会はカオス,警察は無関心
リスペクトが高い価値を持つ文化,これを無視する相手には激しく対応する

これもいかにも自力救済しかないアウトロー的な世界で,社会環境にマッチしている怒りの表出例だ.日本のアウトロー世界でも同じ現象となっているだろうと思われる.


逆に協力が必要な社会では暴力が抑えられることが重要視されるというリサーチも紹介している.日本の農村社会でもそうなのだろうか?リサーチしてみれば面白そうだ.

<ギャフィン1995によるフェロー諸島のリサーチ>
協力して漁業
怒らないことが美徳,若い頃から互いにからかいあって怒りを抑える訓練


<個人間の変異と文化進化>
文化差はあるとして個人差はどう説明されるのだろうか.

フェスラーは,遺伝,経験の差,財産などの条件の差によって集団内では変異があり,そして社会全体ではその中の個人のダイナミクスによってそれぞれの怒りの表出は変わっていくと説明している.

さらにここから文化との相互作用が生まれる.一部の人は環境に合うパターンを身につけ成功していく.そういう人は集団内で繁殖を通じて増えていくし,周囲の模倣によっても増えていく.そういうダイナミクスによって文化スキーマが形成されていく.


フェスラーは残された謎として,南部文化のように環境の変化を越えて生き残っていく文化もあるが,このような安定性の原因はよくわかっていないことを指摘している.謎が謎であるのは劇的に変わっていくこともあるからだ.たとえばアメリカインディアンの間では馬と銃が導入されて急速に遊動的な狩猟文化に変容した.価値観も血縁重視から実力主義に変わったそうだ.


このほかの文化との相互作用のダイナミクスもいくつか今後議論になりそうなポイントを示している.

  1. 環境に適応できずに崩壊していくこともある.
  2. 乱暴な男の割合が一定比率を超えると暴力の連鎖から抜け出せなくなる.
  3. また安定を重視しすぎて変われなくなることもある.


フェスラーは最後にいくつかコメントを述べるて本章を終えている..

  1. 文化の変化するダイナミクスは成功を保証しない.
  2. 社会ダイナミクスに方向感が無く,結果が予期しにくいことを考えると,文化グループ淘汰という力が働くのかもしれない.
  3. これまで見た男性の暴力が優越する文化も同じような文化グループ淘汰の産物である可能性が高い.

本章のメッセージは一言で言って「進化心理学文化人類学はこのように相補的に文化現象を説明できるのだ」ということだ.進化心理学的な予測を持ってフィールドをリサーチすれば面白い現象は確かにいっぱいありそうだと感じさせてくれる.



関連書籍


Culture Of Honor: The Psychology Of Violence In The South (New Directions in Social Psychology)

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本論にあるアメリカの南部文化を扱った本


Evolution and the Capacity for Commitment (Russell Sage Foundation Series on Trust, V. 3)

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共著者コーエンによる南部文化の章が収録されている.この本は,ロバート・フランクのコミットメントの議論に得心した人が次に読むべき大変啓発的な論文集だとおもう.