「Natural Security」 第7章 戦闘員と殉教者 その2

Natural Security: A Darwinian Approach to a Dangerous World

Natural Security: A Darwinian Approach to a Dangerous World



テロリズムがどのように宗教を利用しているかという話題のあといよいよ本題である宗教の進化的に理解に.


ここでこのようなリサーチに対する社会科学者からの批判としての「遺伝的な決定論だという誤解」についてちょっとふれている.やはりこのような批判はなお根強いようだ.


さて宗教の進化的な理解については,まずアトランとボイヤーの著書を推薦している.その上でソシスとアルコルタは以下のように宗教をまとめている.

宗教は,認知的,感情的,行動的,発達的な特徴を持つ進化した複合体として理解するのが適切であり,大きな特徴としては以下の通りである.

  1. コストの高い儀式への参加
  2. 超自然的なエージェントと反直感的な概念への信念
  3. 聖と俗の区別
  4. 宗教的な信念と価値への移行は若い時期に生じる


著者はこれらは初期のヒト集団において,個人のリソースを豊かにし利益を与えることから,環境のチャレンジに対して淘汰された特徴を持つと主張し,恐らく今日でも一定の利益はあると思われが,常にあるわけではなく,結果的に現在の西洋では聖俗の区別はあいまいになってきているとコメントしている.最後の現象の例としては世俗的テロリストにもコスト高の儀式があったりすることをあげている.


著者達はこの4つの特徴を順番に議論している


<1.コスト高の儀式>
何故このような特徴が進化したのか.ソシスとアルコルタはこれはイングループの信頼のハンディキャップシグナルだと主張している.宗教の最大のメリットはイングループでの協力の促進であり,裏切りを行わないことの信頼できるシグナルとしてコストの高い儀式が進化したという主張だ.著者達は儀式だけでなく,超自然的なものの信仰自体コストがあることを指摘している.ここはちょっと面白い指摘だ.
これとテロとの関係で興味深いのは,現代において「原理主義」というコストの高い宗教が勢いを増しているということだと指摘している.著者達は「原理主義」を聖典至上主義と伝統的宗教的価値が結びついた宗教的イデオロギーだといっている.現代の原理主義者は伝統的宗教より厳しいコストを信仰者に要求している.
著者達のこの原理主義の増勢については,1.マスメディアの影響(特に西洋の世俗的価値と文化)による棄教のリスクに対する反応,2.西洋文化自体は他の文化に対してオープンなこと,3.リソースを巡る争いが激しくなっていることにより団結の価値(そして裏切りの利益)が上がっており,より協力シグナルに強いコストを要求するようになっていること,を理由としてあげている.なかなか興味深い分析だと思われる.ここでは信者1人1人にとってより強いハンディキャップシグナルを要求することがそれぞれの利益になるという素直な解釈が基本のようである.もっともここは,ミーム的な利益,宗教リーダー達の利益(かつ信者への操作)という解釈もあり得るところなので,もう少し議論して欲しかったところだろう.


この個人が得る利益について,冒頭部分より深く分析しており,グループ内の協力によるもの,血縁にかかる包括適応度的なもの,さらに間接互恵的な名声にかかるものを考察している.冒頭での殉教者の利益の部分ではあまり血縁的なものは議論されていなかったが,ここではきちんと整理されている.血縁にかかる利益がありそうな状況もあるが,全体としてはあまりそういう状況はないのではないかと議論している.(この中ではイスラエルによる自殺ボンバーの家の破壊という政策(!)にもふれている)また死後の名声は(血縁的なものでない限り)非適応的だろうとしている.(死後の名声は本人の利益になり得ず,他人による操作かミーム的な利益かしかないだろう,これは当然のことだ)


<2.超自然的なエージェントと反直感的な概念への信念>
ボイヤーは「神」を「完全な社会的情報を持つエージェント」だとして説明している.これを信仰するものは「報酬と罰を与えるもの」を信じるということになり,よりイングループに対して協力的になるのではないかと議論している.またこれにはミーム的な要素もあるだろうとも指摘している.
また1.との関連で,超自然的なものを信じること自体がコストが高く,よりフェイクしにくいシグナルではないかとの示唆も行っている.
テロリズムとの関連では「死後の報酬」「魂の不滅」という概念が,よりテロ促進的に働くだろうと指摘し,このような信念を青年になってからかえることは難しく,幼年時の教育が重要だと指摘している.




関連書籍



著者達の宗教に関するリサーチはボイヤーとアトランの見解を引き継ぐもののようだ.
ボイヤーに関してはこの本.私の書評はhttp://d.hatena.ne.jp/shorebird/20080505

神はなぜいるのか? (叢書コムニス 6)

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原書

Religion Explained: The Evolutionary Origins of Religious Thought

Religion Explained: The Evolutionary Origins of Religious Thought



ボイヤーと並んで進化的な宗教理解の先駆的業績として紹介されることの多いアトランの本,未読

In Gods We Trust: The Evolutionary Landscape of Religion (Evolution and Cognition Series)

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