「進化思考の世界」

進化思考の世界 ヒトは森羅万象をどう体系化するか (NHKブックス)

進化思考の世界 ヒトは森羅万象をどう体系化するか (NHKブックス)


三中信宏の「系統樹思考の世界」「分類思考の世界」に続く「思考世界本」である.*1
進化にはパターンとプロセスがある.前2部作はそのパターンをどう理解するか,受け止めるかに関する本だった.この本はプロセスにも踏み込む「進化思考」にかかるものだと名打たれているが,しかし「自然淘汰」や「浮動」の議論は全くない.どこまでもパターンにこだわりつつ,パターンを捉えるプロセス側の議論にも染みだしていますといった内容になっている.


本書は序章のあとダーウィンとヘッケルが取り上げられる.しかし話はダーウィン自然淘汰理論には行かずに,その背景にある19世紀英国の国民的博物学趣味:ナチュラルヒストリーオタク現象に向かい,その後日本における進化の受容がちょっと語られつつ,ヘッケルの系統樹,そして体系学のビジュアル化の歴史という展開が次々に続く.このあたりでは古因科学や家系図を読むリテラシーなど十八番の話題もたっぷり語られる.系統や分類に関するビジュアルの話はマクリーの五員環分類に行き着き,生物地理の話題と重ねつつ,大陸的観念論と英国の経験主義の話題につながる.さらに体系学の歴史は進化との関連に進み,分岐図はプロセスを表示するという主題のもと分岐図の意味するものの解説がなされるという体系になっている.


第6章では,一気に未来の展望に飛び,現在大きな動きを見せている分野の紹介がある.ここではバイオインフォマティックスの応用としての系統情報学,ネット上の生物多様性データベースや増大する計算パワーに関連するサーバー分類学アブダクションの神髄たる統計を駆使した系統推定,科学哲学などが紹介されている.(なお科学哲学に関しては,「科学」というものに対する本質主義を戒め,科学哲学も経験的検証可能な体系にするべきだという辛口のコメントが光っている)
本書は最後に進化の現代的総合の意義,進化とヒトの認知に触れ,レオナール・フジタの系統を暗示する絵を紹介して終えている.


本書は進化のパターンに関する様々な話題がちりばめられた軽快でかつ中身が詰まっている本に仕上がっていて,上質のエッセイとして読むのがふさわしいように思う.進化のパターンをどう捉えるかという主軸はしっかりと保持しながらも,その話題はめまぐるしく動き,オタク的な詳細や脱線をちらちら見せつつも軽やかに話題から話題に飛び移る.これはまさに三中のスタイルだろう.その博学振り脱線振りは和製スティーブン・ジェイ・グールドともいうべきもので.ダーウィン・オンライン,ヘッケル一族の血縁譜,マクリーの五員環分類*2,グールド魚類画帖,ヘッケルの人類分布拡大地図,グーグルアースの3次元時空系統樹レオナール・フジタなど息もつかせない.*3 個人的には読んでいて大変快感であった.


なお執筆のスケジュールは結構きつかったようで,前2作にあるようなカバー裏や文献リストの遊びを仕込む余裕はなかったようだ.個人的には前2作のように「トゥーランドット」や「グレの歌」などの通奏的な音楽が指定されていないのがちょっと残念である.



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*1:これで3部作完結というわけでもなさそうだが,第4作が出るまでは3部作として扱われることになるのではないか.古代ギリシア以来なぜかシリーズ物はTrilogyの形の方が据わりがよいように思う

*2:そういえばグールドもこの分類体系についてエッセーを書いていたような記憶がある

*3:少し日本ローカルな話題をアメリカ人向きに変えたうえで英訳して,カール・ジンマーあたりに推薦文を書いてもらって,東洋のグールドとして3部作を売り出してみたらアメリカマーケットで売れるのではないだろうか