Nowak , Tarnita, E. O. Wilsonによる「The evolution of eusociality」 その11


Nowak MA, CE Tarnita, EO Wilson (2010). The evolution of eusociality. Nature 466: 1057-1062.


(承前)
<Limitations of inclusive fitness theory>
Supplementary Information,Part A "Natural selection versus kin selection"


さてNowakたちの論文で唐突に現れる一次元円環モデル.これには前段があって,まずNowakが共著者になっている大槻の論文を見てきた.ここでAlan Grafenが登場する.

彼は以下の論文で大槻たちの前述した2つの論文を取り上げている.


Grafen A (2007). An inclusive fitness analysis of altruism on a cyclical network. J Evol Biol 20, 2278-2283.


まず前回紹介した大槻 et al. 論文の最後のリマークを引用した後で,この論文の主旨は,この一次元円環モデルの結果は,『包括適応度に似ている』のではなく,(彼等の定義する適応度が相加的であるので)まさに包括適応度理論を使って導き出せることを示すものだとしている.

The thrust of the current paper is that the results of Ohtsuki et al. (2006) have a much closer connection to Hamilton’s work: their results fall into the scope of inclusive fitness theory because the social interactions are additive (at least in the weak selection limit) and so can be derived as a special case of Hamilton’s rule itself.


そこからどのように導き出すかの説明がある.
まず弱い淘汰条件を前提条件とする.
そして包括適応度理論を適用するに当たっては2つの点が必要になると指摘する.

  • まず当該利他行為の相加的適応度成分としてのコストとベネフィットを明確にしなければならない.大槻の論文にあるb, c, はゲームのペイオフ利得であって,そのまま適応度になっていない.利得がどのように繁殖や死亡につながるのかをきちんと適応度成分に直さなければならない.
  • 次に血縁度を計算しなければならない.


そしてあるゲームを行ったときの各個体の適応度の増減とk離れた個体との血縁度を計算し,それを包括適応度理論に当てはめてみせる.(ここは流麗だ.フィッシャー以来の英国の数理生物学の洗練を感じることができる)


適応度増減は行為個体をiとし,1つ右に行くとi+1と表記するとして以下のようになる
DBアプデートの場合には,死亡確率は同じなので,繁殖確率だけ考えればよい.隣の個体i+1にメリットを与えた場合に,i+2が死亡したときにi+1とi+3の間でどちらの利得が高かったかの競争になる.だからi+1へのプラスの影響とともに,i+3へのマイナスの影響も与えることになる.つまりこのゲームを両隣個体と行うとi-3から1+3までの7個体の適応度を変化させることになる.BDアプデートの場合にはこの影響が異なってくる.表にすると以下の通りだ

  i-3 i-2 i-1 i i+1 i+2 i+3
DB適応度影響  -b/4   c/2  b/4  -c  b/4   c/2   -b/4
BD適応度影響   0  -b/2  b+c  -b-2c  b+c  -b/2   0

血縁度は以下のような漸化式を解いていく.q^{t}_{k}は,k離れた個体とのt期における同祖的な戦略共有確率だ.(uは突然変異率)


q^{t+1}_{k}=\frac{N-2}{N}q^{t}_{k}+\frac{2}{N}\left(\frac{1-u}{2}q^{t}_{k-1}+\frac{1-u}{2}q^{t}_{k+1}\right)


これを解いてやり,かつ集団平均との相対的な血縁度 r=\frac{q_{k}-\bar{q}}{1-\bar{q}} の形に直してやる.そしてu→0の極限を求める.ここの計算はなかなか難しい(ロピタルの定理が2回現れる)が最終的に以下の形になる.


r_{N, k}=1-\frac{6k(N-k)}{N^{2}-1}


そしてこの得られた適応度影響分と血縁度から包括適応度の効果を計算する.すると以下が得られる.

  • DBアプデートの場合

\frac{6}{N^{2}-1}( (b-2c)N+4(c-b))

  • BDアプデートの場合

\frac{6}{N^{2}-1}(-cN+(c-b))


これが進化するためには上記包括適応度効果が正であればいいので右側の括弧内が正になればよい.
つまりDBアプデートの場合以下の式になる.
(b-2c)N+4(c-b)>0
これは容易に大槻の式と同じに変形できる.
またBDアプデートの場合には括弧内が -b-(N-1)c となってコストがある限り正になり得ないことも容易に理解できる.


さてここまでは包括適応度理論を使って同じ結果が得られたということに過ぎないが,ここからが大槻たちに対する批判的な部分になる.

Thus, the analytic result of Grafen (2006) that the inclusive fitness approach gives exact results is confirmed here, and in addition it provides a biologically meaningful explanation of selection of cooperation on a cycle.


ここでいう2006年の論文とは包括適応度に関する総説論文のことで,前段は要するに同じ結論を得ていると言っている.問題は後半で,包括適応度を使った方がより生物学的に意味のある解釈ができるのだと主張しているのだ.
これは何を言っているかというと,要するに最初の大槻たちのコメントへの批判だ.再掲すると以下の部分だ.

Finally, we note the beautiful similarity of our finding with Hamilton’s rule, which states that kin selection can favour cooperation provided b/c > 1/r, where r is the coefficient of genetic relatedness between individuals. The similarity makes sense. In our framework, the average degree of a graph is an inverse measure of social relatedness (or social viscosity). The fewer friends I have the more strongly my fate is bound to theirs.


大槻たちは,得られた式がハミルトン則に似ていて,グラフのノード数がちょうど血縁度の逆数に当たっているのは,『社会的関係度』を表しているのではないかと述べているが,Grafenはこれが誤りだと指摘している.

  • まず包括適応度理論を適用するには適応度成分とゲームのペイオフを区別しなければならないがそうしていない.
  • そしてそうやって比べるとこの b/c>2 に現れる2という数字は『社会的関係度』から来るものではなく,DBアプデートの仕組み(そしてそれによるペイオフが繁殖成功に与える効果)から生じるものだということがわかる.つまり隣の個体i+1へのbの影響は,i+3の個体との競争とi-1の個体との競争の両方に現れる.そしてこのbの効果の半分はi+1とi-1の両隣の競争によって打ち消されてしまう.だから(Nが大きいときの)おおむね2という数字が現れるのだ.
  • そして実際の血縁度は(平均すると)非常に弱い勾配の上にあるので,2という数字にはほとんど影響を与えないのだ.(これは実際に血縁度の方程式をよく見るとわかる)


そしてこのように包括適応度理論に沿って考えると,なぜある戦略が進化できるかどうかが血縁(戦略共有)効果なのか,適応度に対してゲームがどう影響するのかという効果なのかに分けて考察できる.だから適切な解釈ができるのだと主張している.(このDBアプデートモデルについて言えば,それはアプデートの性質から現れるもので血縁性から現れるものではないという洞察が可能になるという意味だろう)たしかになぜBDアプデートの場合に進化できないかということを考えるとそれは『社会的関係度』では説明できないだろう.


そしてGrafenは,あからさまな包括適応度理論への賞賛とともに,論文の最後をこう締めくくっている.

The most important conclusion is that inclusive fitness theory is a very general and powerful theory, with great explanatory force. Models of social evolution should either be presented in terms of inclusive fitness or, if there are reasons for adopting an alternative approach, reconciled to it explicitly. Mathematical frameworks for easing this process are increasingly available (Taylor et al., 2000; Rousset, 2004; Grafen, 2006; Lehmann & Keller, 2006), and are currently being used to establish retrospectively the consistency of published work with inclusive fitness theory (e.g. Grafen, 2007; Lehmann et al., 2007).


この論文を読んだときの全体的な印象は,いかにも英国のエリートによる「ハーバードの諸君,君たちがんばって地道な計算をしているけど,結局解釈が甘いよ.このような問題はすべて(英国で磨き上げられてきた)包括適応度理論でエレガントに解けるんだからね,初歩だよ,ワトソン君.」とでもいわんばかりのものだというところだ.
これがハーバードのボスで共著者であるNowakをいたく刺激したことは想像に難くない.というわけでNowakたちにとっても英国の包括適応度陣営には返さなくてはならない借りがあるということなのだろう.


これに対するNowakたちの反応が今回のNature論文の一次元円環モデルの例示とその後の議論ということになる.



関連書籍


Grafenの本.そもそも著者として本を書いているのはこの一冊だけのようだ.幸運なことに邦訳がある.


原書

Modern Statistics for the Life Scientices

Modern Statistics for the Life Scientices


編者としてこの本にかかわっている.私の書評はhttp://d.hatena.ne.jp/shorebird/20060909


またAlan Grafenはハンディキャップモデルを数理的なモデルに仕上げたことで有名だ.
それに関する私のノートはhttp://d.hatena.ne.jp/shorebird/20070827以降にある.