「The Better Angels of Our Nature」 第6章 新しい平和 その1  

The Better Angels of Our Nature: Why Violence Has Declined

The Better Angels of Our Nature: Why Violence Has Declined


随分間が空いてしまったが第6章に進もう.


第6章は「新しい平和」と題されている.
ピンカーは,現在はかつてないほど平和な時代だが,それでも悲観主義者は危機をあおり立てていると指摘し,そのあおり立てられている現代における危機「内戦,ゲリラ戦,民族浄化,大量虐殺,テロ」という論点を取り上げる.


冒頭はこう始まっている.

結局西欧へのソ連の侵入はなかった.統一ドイツは第4帝国にならなかった.第三次世界大戦も核戦争も起こらなかった.それでもインテリは悲観的であり続けるのだ.


何故そうなのか,ピンカーは「批評家が楽観的では商売にならないからだという理由もあるが,基本的にはジャーナリズムとインテリが数字音痴だからだと思う」と手厳しい.このあたりはマット・リドレーのThe Rational Optimist(邦題は「繁栄」)では商売の都合とノスタルジーとされているところだが,ピンカーの切り込みはさすがの切れ味だ.


そして数字を見ると内戦も民族浄化もテロもここ20年で低下傾向にあるとし,それぞれ説明していくことになる.


<他の地域での戦争の軌跡>


内戦や民族浄化やテロは基本的に開発途上国の問題だ.ピンカーは,内戦などの問題に入る前に,前章までは主にヨーロッパを見てきたので本章ではまずヨーロッパ外の地域の戦争の歴史と統計を概述する.


1400年から第二次世界大戦までは,ヨーロッパ以外の戦争についてはそもそも戦争被害や戦死者のデータがあまりない.そしてある程度残されたデータによるとヨーロッパの戦争に比べても過酷なものが多いとまとめている.ピンカーがあげる過酷な戦争の例は南北戦争太平天国の乱,三国同盟戦争,ズールー戦争などだ.
私もこれを読んでちょっと調べてみた.三国同盟戦争(これは南北戦争と同じ頃パラグアイが,ブラジル・アルゼンチン・ウルグアイ同盟軍と戦った戦争.ウィキペディアによるとパラグアイは壊滅的に敗北し,総人口の半分が犠牲になったようである)については,日本では教えられることもなく全く知らなかったが,非常に凄惨な戦争であることに驚かされる.


1946年からはある程度定量的なデータベースがあるようだ.ピンカーはPRIOとUCDPを挙げている.


PRIOは世界中の戦争や争いを同じ基準で整理しようとしたもので,25人以上死んだか,1000人以上死んだかが1つの基準になる.死は戦闘による直接死と巻き添え被害までに限定されている.(ピンカーはこのあたりについてかなり詳しい解説を行っている.結局間接被害は,「もし戦争がなかった場合に何人死んだか」という仮想世界での推計との比較をせざるを得ず,それを広く扱うのは非常に難しい問題になるのだ)
また好戦勢力の片方が国家であればwar(戦争)双方が軍であれば conflict,一方的な実力行使は violence と定義している.


これをグラフ化してみると以下のことがわかるとピンカーは整理している.

  • 明らかなのは二つの世界大戦が圧倒的に悲惨だということだ.そして戦後の60年では低下傾向がある.
  • 「植民地戦争」は明らかに低下傾向.
  • 「国家間戦争」は,朝鮮戦争ベトナム戦争,イランイラク戦争が3つの山を作っている.山は少しづつ低くなっている(100万人/4年,160万人/16年,60万人/9年).90年代は湾岸戦争と,エトルリアエチオピア戦争だけ.2000年代にはさらに戦争は少ない,そして死者も少ない.インド・パキスタン戦争,エリトリアジブチ戦争も1000人以下.2004,5,6,7,9年には国家間戦争がなかった.


ピンカーは全体の傾向を「長い平和(大国による大戦争の減少)は世界の他の地域にも広がりつつあるように見える」と総括している.そして今や力を誇示するために帝国は不要になったのだろうとコメントしている.中国は平和な隆盛を誇り,トルコは「隣人ともめていないこと」ブラジルは「10カ国と隣接して140年戦争をしていないこと」を自慢するようになったのだ.


「戦争」についてはそういうことだとして,では「新しい平和」の論点である「内戦」「民族浄化」「テロ」はどうだろうか.ピンカーは順番に議論していく.


関連書籍


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同原書

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マットリドレーによる現代の悲観主義に対しての批判にかかる本.主題との関係で言うと邦題はあまりよいものではないと思う.原書に対する私の書評はhttp://d.hatena.ne.jp/shorebird/20100925,邦訳書へのコメントはhttp://d.hatena.ne.jp/shorebird/20101020