「The World Until Yesterday」 第10章 多くの言葉をしゃべる その1 

The World Until Yesterday: What Can We Learn from Traditional Societies?

The World Until Yesterday: What Can We Learn from Traditional Societies?


第10章 多くの言葉をしゃべる 


ダイアモンドの次の話題は言語だ.戦争や宗教や子供の扱いなどと比べて,言語環境が祖先環境で大きく異なっていたというのは,指摘されてみるとなるほどということだが,なかなか気づきにくいところだろう.


ダイアモンドはまず典型的なニューギニアの状況を語っている.20人ぐらいでしゃべっているときには数言語が入り交じるらしい.ニューギニアでは数マイルごとに言語が異なることは珍しくなく,皆マルチリンガルなのが普通なのだ.あるところで議論していた20人に聞いたところでは少ない人で5言語,最も多い人は15言語を操れたそうだ.


ダイアモンドは,今日アメリカではほとんどの人が1言語で,ヨーロッパでも教養ある人で2から3言語程度だが,祖先環境ではもっとマルチリンガルだっただろうと推測している.そして現在言語は急速に絶滅しつつあることを指摘する.


ではこれをどう評価すべきか.ダイアモンドの議論はこうだ.「多くの人は言語が統一されることは良いことだと考えているだろう.でもそうではないかもしれない.」そこに進む前にダイアモンドは言語について整理を始める.


<世界の言語>


概要

  • 世界の言語は約7000ぐらいあるといわれている.地域的には多様性に偏りがあり,アフリカとインドはそれぞれ1000,そしてニューギニアだけで1000ある.
  • 話者との対比でいえば,世界人口の2/3は9ジャイアントと呼ばれる,中国語,スペイン語,英語,アラブ語,ヒンズー語,ベンガル語ポルトガル語,ロシア語,日本語の話者ということになる.これを言語の1%である70まで増やすと人口カバー率は80%に増える.7000のメディアンである3500番目の言語の話者は2〜3千人,多くの言語の話者は60〜200人だ.


言語の定義:どこまでは方言でどこからが別言語になるのか
これは連続しているものを切るので基本的には恣意的になる.

  • よく使われるのは,互いにしゃべっていることの70%以上がわかれば同言語だという基準.しかしこれでも問題はある,連続して変化している数言語があるとそれぞれは方言だが,端と端は別言語ということになる*1.また方向により理解が異なる場合もある.ポルトガル語話者がスペイン語を聞く方が逆より理解しやすいという証言もある.
  • 政治的,民族意識的に別言語だとか同言語だと言い張る例がある.:スペイン語とイタリア語,おそらく彼らは70%以上相互にわかるし,ちょっと訓練すればそれ以上わかる.でも誰に聞いてもこれは別言語だと主張するだろう.また北部ドイツ地方のドイツ語とバイエルン地方のドイツ語はかなり異なるが,ドイツはこれらは同言語の方言だと言い張る.北イタリアとシシリーでも同じだ.
  • ヨーロッパでもテレビが普及するより前,60年前はおそらく現在よりもかなり地方地方で言語は異なっていた.
  • ニューギニアでは70%基準をとって大体1000言語あるとされている.もしイタリアと同じ人口があるならこれは10,000言語に値する.イタリアの各方言が別言語だと主張する人々もせいぜい1ダース程度の言語を主張するだけだ.だから多様性においてもニューギニアは際だっている.


70%基準でいうと,幕末当時ぐらいには東北弁と薩摩弁は異なる言語だったということになるだろう.切り分けは生物種よりさらに難しそうだ.


<言語の進化>


なぜ世界には7000もの言語があるのか

  • 40歳を越えた人なら数十年のうちに言語が少しづつ変わってきたのに気づいているだろう.そして話者が分離してコミュニティを持っていると,すこしづつ分岐していくことになる.:英語と米語,カナダケベック州のフランス語とフランスのフランス語,アフリカーンスとオランダ語
  • 2000年ぐらいすると別の言語になる:フランス語とスペイン語,英語とドイツ語,
  • 10000年で別系統の言語とされるようになる


なぜ交易や通婚でそれらは混じり合って一つにならないのか?

  • それは所属する集団のバッジになっているからだ.
  • 混じった言葉を使えば,どちらの集団からもIDを疑われる.それは伝統社会では危険なことだ.


<言語の多様性の地理学>


現在の言語の分布は偏っている

  • 10%の地域の世界の言語の半分がある.
  • ロシア,カナダ,中国は非常に広い地域を閉めているが,言語はそれぞれ100,80,300ぐらいしかない.
  • これに比べニューギニアは30万平方マイルに1000言語,バヌアツは4700平方マイルに110の言語を持つ.


言語学者はこれを生態要因,社会経済要因,歴史要因でいろいろと分析してきた.しかしこれらはさらに互いに相関がある.だから統計的に多元回帰分析が必要だ.その結果相関が認められたのは以下のような要因になる

  • 生態要因:緯度,天候の変わりやすさ,生物学的な生産力,生態の多様性:おそらく人口,人々の移動範囲,経済的な戦略を反映しているのだろう.ニューギニアは赤道直下で湿潤で大地は肥沃で生産力は高く,山がちで移動は限られる.
  • 社会的要因:狩猟採集集団は移動し,広い地域を占めているが,人口は少ない.アボリジニニューギニアを比べると,アボリジニの方が単位面積当たりの言語は少ないが,一言語あたりの話者は少ない.
  • 歴史要因:人口が増えると話者が増える,そして支配的な国家ができると,国家運営の観点からも言語を統一使しようとする.そして国土制服と合わせ,言語のスチームローラーとなる.


ダイアモンドはこのスチームローラーについては丁寧に解説している,これが言語の偏った分布,そして大量絶滅に特に大きく関連するからだろう.


スチームローラーの実例


農業や狩猟採集段階でもスチームローラーは生じる


いったんスチームローラーがかかっても時間がたつとまた分岐を始める

  • 1000年後:イヌイット語はアラスカから大西洋岸まで多くの方言があるが,まだ相互理解可能だ
  • 2000年後:ローマ帝国滅亡後のラテン諸語,バンツー諸語
  • 6000年後:オーストロネシアは8系統の1000言語に分かれている


スチームローラーがかからなかったレフュージアもある


このあたりのダイアモンドの記述がどの程度言語学の通説に沿ったものかは私には判断できないが,なかなか良くまとまっているように思われる.なおよく議論されるインドヨーロッパ語族の拡大がスチームローラーの実例として取り上げられていないのがちょっと気になるところだ.




 

*1:環状種のことを思い浮かべたのは私だけではないだろう