「The World Until Yesterday」 第10章 多くの言葉をしゃべる その2 

The World Until Yesterday: What Can We Learn from Traditional Societies?

The World Until Yesterday: What Can We Learn from Traditional Societies?


言語についての基礎事情を整理した後,いよいよダイアモンドはマルチリンガル環境の是非という話題に進む.



<伝統社会の多言語主義>


まずバイリンガルマルチリンガルの定義が難しいので,ここでは特に定義をせずにアネクドータルに進めると断りがある.まあやむを得ないところだろう.


まず文明世界の実情を整理する.

  • アメリカはほとんどの人が一言語だ
  • ヨーロッパでは教養ある人は数言語話せる人が多い.しかしこれは実は最近の現象だ.ヨーロッパでも国民国家の頃は皆一言語だった.国家であればすでに人口は巨大だったし,国家は運営上も一言語を好んだからだ.

このあたりは日本も同じようなものだろう.


伝統社会では多言語的な事が一般的になる

  • 一言語の話者が少ないし,エリアも小さい.だから日常的に他言語者と出会う.
  • 子供の頃から家や社会で多言語を修得する


ここではいくつかの具体例を挙げている

  • アボリジニ 250言語:1人大体5言語ほどを習得している.またより離れた言語の人と結婚しようという選好がある.会話においてある言語を選ぶことで誰に話しているのかを明確化することができる.そのほか様々な語用論的な意味をどの言語を使うかによって示すことができる
  • アマゾン 1万人で21言語:やはりより言語外婚的:同じ方言内での結婚は1000カップルで一組.子供は両親から違う言葉を,近所の女性からいくつかの言葉を学ぶ.彼等は懸命に新しい言語を習得しようと努力する.特に発音には注意して同じになるように努力する.大体1〜2年で習得.発音が混ざったり,ある言語内で別の言語の単語を使うのは恥とされる.


発音に特に注して,混ぜないようにするというのはなかなか面白い.ダイアモンドは,このような社会的学習による多言語主義は私達の過去では普遍的であったと思われるとコメントし,最後に「但しこれはまだ推測だ.人口密度の低い地域や,スチームローラー直後は一言語的なのかもしれない.今後のリサーチが望まれる.」と付け加えている.


バイリンガルのメリット>


ダイアモンドはいよいよバイリンガルマルチリンガルのメリットに進む.まずよくある有害論を取り上げる.
アメリカでは有害論の論拠は主にこの2つになる

  • 移民の子が母語にこだわるとアメリカ社会に溶け込みにくい.
  • 同じ時間で2言語習得しようとすれば,どうしても中途半端になる.


これに対してダイアモンドの議論の骨子は以下のようになる.

  • バイリンガルがより社会的成功をしにくく,語彙も少ないというデータが60年代に発表されているが,これは交絡要因が吟味されていない.教育を受ける機会が少なく成功しにくい貧しい移民の子がバイリンガルになりやすいのだ.
  • 習得については「バイリンガルの習得は一言語習得とほとんど同じで,差があるとしても語彙の10%程度だ」ということがわかりつつある.これは一言語だと3,300語憶える間にバイリンガルは3,000+3,000の6,000語憶えているということだ.


デメリットがないとしてメリットはあるのか? ダイアモンドのあげるメリットは以下のようなものだ.

  • 全般的な知能には違いがないとされている.
  • しかし機能によって差があり,バイリンガル話者は「執行機能」が優れているとされる.これは不規則にルール変更がある環境下での適応能力に関連する.これはある単語を聞いてどちらの言語なのかを素速く切り替えるというタスクを日常的に行っていることによるものだろう.
  • さらに幼少時からずっとバイリンガルである話者はアルツハイマーの進行が遅いことが見つかっている.大体4-5年程度遅く,同じ症状の患者の脳の状態を見るとバイオリンガル話者の方が病変は進んでいる.これは同じ病変があっても症状が軽いということになる.


習得にそれほど負担がかからず,不規則環境下での思考にアドバンテージがあってアルツハイマーの進行が遅いのならなかなか魅力的だ.もっともこれは幼少時からのバイリンガルの話だ.成人になってからのバイリンガルでも効果があるのかどうかについて,ダイアモンドは今後の調査待ちとしている.