「The World Until Yesterday」 第10章 多くの言葉をしゃべる その3 

The World Until Yesterday: What Can We Learn from Traditional Societies?

The World Until Yesterday: What Can We Learn from Traditional Societies?


バイリンガルのメリットを整理した後,ダイアモンドは言語の絶滅危惧の話題を取り上げている.


<消えゆく言語>


バイリンガルにメリットがあるとしても,周りに他言語がなければそれを身につけるのは難しい.ダイアモンドは次に言語の急速な絶滅について議論を進める.


現代は非常に速いペースで言語絶滅が生じている.
もちろん過去にも言語絶滅はあったが,現代ではそのスピードが加速しているのだ.ここでダイアモンドは過去の言語絶滅の例としてローマ帝国によるラテン語の覇権や,インドヨーロッパ語,バンツー語の拡大をあげ,その中で日本語もあげている.沖縄諸語などのことらしい.


現代の絶滅危惧言語の例としてはアラスカ,北米,中南米ネイティブアメリカン諸語,オーストラリアのアボリジニ諸語などがあげられている.これらの言語はもはや子供たちに伝えようとしていないものが多い.これに対してアフリカではまだ話者が1万人以上いて自分たちも棄てようとしていない言語がかなり多く残っているそうだ.


<言語はどのように消えるのか>


まず直接的なものとして「話者を全員殺す」「言語使用を禁止する」などがある.
全員殺した例としては,カリフォルニアのヤヒ族のイシの話,タスマニア,北米大平原のマンダン語の最期があげられている.
言語使用の禁止の例としては次のようなものがあげられている.

  • 北米インディアン諸語:文明化させるためとして英語以外の使用を禁止した学校に寄宿させる
  • 日本:1879沖縄,1910韓国で学校の日本語以外の使用を禁止
  • ロシア:1939バルト三国でロシア語以外を禁止.これは1991年に回復
  • フランス:ブレトン語の話者は50万人いるが,小中学校でブレトン語で教えることを禁止している


しかし実際にはこのような極端な例は例外だ.多くの言語はもっとひっそりと死んでいく.

  • 小さな言語社会は,ほかの言語社会と政治的に統一されて,紛争はなくなり,多くの交易と通婚が生じる.すると若者はチャンスを求めて都会にでる.そこでは多数派の言語を習得することが非常に役に立つ.だから若者はバイリンガルになる.そして若者はほかの言語話者と結婚する.2世代目の子供はもはや若者の言語を覚えようとしない.多数派の言語を覚えた方が,学校でも遊びでも便利だしテレビも理解できる.だから第2世代はモノリンガルになる.そして元の言語は死ぬのだ.
  • そして最後の一人が死ぬと言語は真に死ぬが,そのかなり前から文法の複雑さは失われ,語彙も減り,別の言語の語彙と混ざる.


どのような言語が消滅しやすいか,ダイアモンドは要因として,話者の人口,その言語のシェア,公用語かどうか,話者の自語への態度(プライドを持っているか),スチームローラーにかかっているかをあげ,それぞれ解説している.


<マイノリティ言語は有害か>


ではこのような言語消滅はどう評価されるべきだろうか.ダイアモンドは言語消滅を嘆く記事にはかなり反発があると指摘しその批判者の議論は次のようになっていると指摘している.

  1. コミュニケートするには共通語が必要だ.
  2. 言語が異なると紛争や戦争の原因になる.世界の言語は統一された方がいい.


ダイアモンドの再反論は以下のようになる

  1. まず共通語の指摘は正しい.でもそれはマイノリティがその決断をしてバイリンガルになるのを妨げる理由にはならない.言語使用を禁ずる理由にはならないのだ.デンマーク人は皆英語をしゃべれるが,デンマーク語を使って幸福に暮らしている.
  2. 一言語なら平和になるというのは間違っている.戦争の原因は言語だけではない,宗教,政治的見解,民族性,服装などによっても生じる.

ユーゴ紛争の当事者はみなセルビアクロアチア語をしゃべっていた.ルワンダのフツ=ツチの争いも同じ言語話者たちだ.クメールルージュの虐殺もスターリンの粛正も同じ言語話者に対して向けられた.そしてもし,平和のために言語を捨てよという言い分が正しいなら,同じように宗教や政治的見解も捨てよというべきことになる.


ダイアモンドの反論は要するに「同じ言語でも戦争は生じるし,言語が異なっていても平和に共存する方法はある.それは宗教も同じだ.」ということだが,あまり説得的ではない.平和に共存する方法があるということとと戦争になる傾向があるということは別だ.ここで問題にすべきは本当に異なる言語間で戦争が生じやすいかということだろう.ピンカー本のように「統計的にはそのような関係は見いだせない」と指摘すべきだっただろう.ピンカーが引いているリチャードソンの統計分析によれば「共通言語は戦争を減らす」という仮説は棄却されている.


<なぜ言語を保全すべきなのか>


ダイアモンドは次の疑問「無理に殺す必要はないとしても,死んでいくのは放っておけばいいのではないか」に対してこう反論する.

  • そういう人には私はまずこう言うことにしている.「今世界統一言語を作るとしたらそれは当然話者の一番多い中国語だ.英語などを保つ意味はあるのか?」
  • 少なくとも2,3語ないと人はバイリンガルになれない.それは認知的な有利性,アルツハイマー耐性に重要だ.また人生を豊かにする.さらにサピア=ウォーフ仮説が正しいなら,言語を切り替えれれば,新しいものの見方ができるということになるのだ.このようなオプションを持つためには多言語を保全する価値がある.
  • 言語は人の心が作ったもっとも複雑なものだ.そして言語が消滅すると,それに伴い,文学,文化,その他の知識も一緒に失われる.
  • アイデンティティの中心としての価値:消滅言語の話者はおおむね社会的弱者だ.そしてこの人たちにプライドを持って世の中を切り開いてもらうには自分たちの言語とアイデンティティをもってもらう方がいいのだ.つまり社会経済政策としても安上がりだ.政府はマイノリティの言語をつぶそうとするより自信を持ってもらって共存するほうがより繁栄できる.さらに言語をアイデンティティとして持っている方が国も寿命が延びる.(ここでダイアモンドは,フランスがナチスに蹂躙され,ソ連はドイツと不可侵の協定を結び,まだアメリカの参戦が見込み難かったときのチャーチルの演説について触れている.もし英国がドイツ語を使っていればあの演説はあのように英国民を鼓舞できなかったかもしれない,そして全欧州は長い間全体主義のもとで苦しんだかもしれないのだと)


サピア=ウォーフ仮説に言及するところはやや微妙だが,価値観としてはあり得る立場だろう.


<どのように言語を保全するのか>


ダイアモンドは最後に保全のためにできることを並べている.

  • 言語学者:消滅する前に記録することができる.(彼らはごく最近まで言語消滅に注意を払ってこなかった)政府と社会は言語学者をトレーニングしてこれに資金を投入することができる.
  • 政府:政策を作り資金を投入できる.例としてはオランダ政府のフリージア語政策,ニュージーランド政府のマオリ語政策などがある.アメリカも1990年からネイティブアメリカンの言語に年間2百万ドル支出しているが,これはカリフォルニアコンドルの保全のための資金より低い.(ダイアモンドは「私は鳥類を愛するものとしてこの資金を言語のために回してほしいと思わないが,しかし明らかにプライオリティがおかしいとは思う.」とコメントしている
  • マイノリティ自身:ウェルズやケベックや一部のネイティブアメリカンのように努力すべきだ.子に伝え,政府のロビイングするのだ.


このあたりは絶滅危惧に直面している多様な言語に対するダイアモンドの偽らざる思いということなのだろう.

本章でのダイアモンドの議論は祖先環境における言語状況というあまり他では見かけないもので興味深いものだ.確かにニューギニアでは数キロごとに全く異なる言語が並ぶ状況だったのだろう.しかし農業以前も同じような状況だったのだろうか.移動性の狩猟採集民だと言語グループ同士はもう少し離れて分布していたのかもしれない.もっともいずれにしても交易通婚がある限りバイリンガルがごく普通にいたということはありそうだ.